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Monster Sweeper scrub episodeⅠ「ニューフェイス【3】」

 現場はscrub基地とは少し離れた星域にあったため、ゲルニカは二度、小さなハイパージャンプを経たのち、タウリ星系の小惑星群に到着した。思った通り、ハイパージャンプもお手本のような運転で、乗っている方は全くストレスを感じなかった。Lの航行技術にまたもや感心しながら、ジュリアはコントロールルーム正面のスクリーンに広がった宇宙空間に目を凝らした。様々な大きさの星の破片が、そこそこの密度で点在している。中にはゲルニカの半分ぐらいの大きさのものもある。その間から中型の貨物輸送艇が見え隠れしていた。そしてその周囲に12~3台のエアバイクが見えた。
「ズームするよ」
 Cの声と同時にモニターの画像が拡大された。大写しになった輸送艇の後部が、不定形の半透明の物体に覆われている。ブースターの部分が完全にふさがれていて、エンジンを起動できなくなっているようだった。周囲にいるエアバイクが何とかそれを散らそうとしているが、バイクの先端が当たったところだけ小さく分割して離れ、また別のところにくっついてしまう。そのままエアバイクの先端に取り付いたり、エンジン付近に付着しているものもあって、バイクの方も混乱している。
「――どういう状況か説明してくれる?」
 ジュリアの問いにBが応える。
「ジャプリウスは電気を喰ってエネルギーにしてるから、メイン動力系の近くにとりついてるんだ。あの輸送艇からしこたま出てるから、どんどん集まってんだろ。あとエアバイクのエンジン付近もな。エアバイクの連中、一応あの輸送艇を助けようとはしてるみたいだな」
「なんかバイクのタンクにマークがあるよ……猫?」
 Cの言葉にジュリアの肩がぴくっと震えた。
「猫のマーク……エアバイクの走り屋チームかな? たしかストレイキャッツ(野良猫)とかいうの、いたんじゃねえか?」
「いや、ストレイキャッツは確か――」
「半年前に解体したわ」
 BとAの会話をさえぎったのはジュリアだった。ほかの四人の視線が自分に集まるのを感じながら、ジュリアは言葉を続ける。
「よくない組織の資金繰りの末端を担がされて、CPの治安部隊の一斉摘発に引っかかったのよね。おおもとの組織もろとも強制解体」
「じゃああいつらは?」
「わかんない。また集まってんのかもしれないし、全く関係ない違うチームかもしれない。それにあのマークは座ってる猫でしょ。ストレイキャッツのマークは走ってる猫だったから」
「どーでもいいんじゃねえか? そんなこと。この事態終わらせてからとっ捕まえて聞きゃあわかんだろ」
 言いながらBが自分のシートから立ち上がった。
「出るぞ。電磁ネットで回収でいいんだよな」
「ああ頼む。こっちもゲルニカで状況伝えながら追い込むから、指示してくれ」
 Lが前方のスクリーンから目を離さずに言った。ジュリアも慌てて立ち上がる。
「あたしも行くわ」
「大丈夫ですか? 勝手がわからないだろうから、業務に支障をきたすようなら中にいてもらった方がいいんですけど」
 Aの遠慮のない言葉に、Cが心配そうな顔になる。そのCに笑顔を返して、ジュリアは応えた。
「ヘルメットを通しての通信はあたしたち同士でしかできないんでしょ? エアバイク乗りには共通のハンドサインがあるの。あたしはそれ、わかるから、あのバイクたちに指示を出せる。まずトラブってるのを助けて、手伝ってもらえるところは手伝ってもらった方がいいんじゃないの?」
 ジュリアの提案に、Aは一瞬迷うような眼でLを見た。Lは一瞬考えこんだが、それより早く応えたのはBだった。
「わかった、来い! 遅れんなよ」
 言い放つと足早にコントロールルームを出ていく。ジュリアも小走りでそれに続いて出ていった。
「――大丈夫じゃねえか? Bがああ言ってんだし。俺たちはこっちでバックアップだ」
心配そうに見送るAとCにLが言う。二人は頷くと、それぞれの眼の前のコンソールに向き直った。

 Bは格納庫に入るとまっすぐ搭載しているエアバイクに向かい、エンジンをスタートさせた。少し遅れて入ってきたジュリアが自分のバイクのエンジンをスタートさせると、Bは彼女に手袋とスティックを放ってよこした。
「電磁ネットをじかに掴める手袋だからしとけ。スティックは高圧電流で一瞬だけあいつらを麻痺させて動きを止められる。もしもの時はうまく使え」
 『じかに掴むって……?!』聞き返そうと思ったがBはもうヘルメットをかぶりかけている。仕方なくジュリアもそれに倣おうとすると、小さな丸い平たいものを渡される。
「そのメット、まだ通信仕様じゃねえだろ。これ外側につけろ。俺らの通信拾ってそっちからも発信できるようになるからな」
「あ……ありがと」
 言われたとおり左側につけてヘルメットをかぶる。
「聞こえてるか?」
渡された手袋をはめていると、いきなりBの声が入ってきた。びっくりして視線を上げると、彼が自分のヘルメットを指でトントンと叩いてみせる。どう返事をしていいのか迷っているとまた声がした。
「そのまま喋ってみろ」
「あ……あ、大丈夫。聞こえる」
「おいA、大丈夫だとさ」
「了解。じゃあこっちからも状況を知らせるから、Bの指示に従ってください。くれぐれも無茶はしないように」
「無理そうだったら早めに言えよ! フォローする」
 言ってくれた言葉がなんだかとても心強い。緊張が少しほどけたような気がした。
「頑張ってね!!」
 最後に聞こえてきたCの声に、ジュリアの頬に笑みが浮かぶ。
「ありがと、C。がんばるわ。B、指示よろしく!」
「任しとけ。出るぞ! 旦那、開けてくれ!」
「了解」
 Lの冷静な声と同時に格納庫の搭乗口が開き始める。電磁ネットの入った射出用キャノンを積んだエアバイクにまたがったBが、少し浮き上がってから勢いよく飛び出した。ジュリアも自分の愛機にまたがる。
「よろしく頼むわよ、子猫ちゃん!」
 つぶやいて一度、車体を撫でる。それから唇を引き結び、アクセルを思いきり回した。
「出ます!!」
 声とともに、シャンパンゴールドのエアバイクが宇宙空間へ放たれた。

 最初に目に入ったのは、隕石群の間からのぞく大型の輸送艇だった。後部が半分以上透明なジェル状の何かに包まれている。顔も体もないかなり大きいものがぷるぷると身を震わせて広がろうとしている様子は今まで見たことのない光景で、背筋がぞわっとする。意志を持って動いているらしいのが見て取れて、その事実がジュリアの混乱に拍車をかけ、一瞬スロットルを回す手が止まってしまった。
「おい、大丈夫か!」
 呆然としていた彼女を、Bの声が現実へと引き戻した。はっと我に帰り、ジュリアは慌てて、改めて眼前の光景に視線を向け直す。
「ごめん、こんな生き物見たの初めてだから、ちょっと混乱した」
「あんまり考えんな。動けるなら、周りにいるエアバイクたちをちょっと散らしてくれ。ジャプリウスにとっつかまってるのも含めてな」
「わかった」
 応えてエアバイクの集団の方へ向かう。仲間のバイクにとりついたジャプリウスを何とか自分のバイクで引きはがそうとしているうちの一人がジュリアに気づく。ジュリアは右手を上げると、指と手の向きを使って彼にサインを送った。彼は最初、ひどく驚いたようだったが、ジュリアは構わず近づき、腰に装着していたスティックを取り出す。出力を最高レベルまで上げ、エアバイクにとりついているジャプリウスに触れる。うねうねしていた動きが一瞬で止まる。その隙に手袋をした手で掴み、力を込めて引きはがす。手に伝わるぶにゅっとした感触に背中が総毛だつ。それでも力を入れると、思ったより簡単にエアバイクから剥がれた。掴んでいた手を離すと、ジャプリウスはそのまま宇宙空間を少し漂ってから、仲間を探してまた動き始めた。
「よし、いいぞ。剥がしたやつはそのままほっといて大丈夫だ。自分で仲間に合流するから」
「スティックから電気をもらってお腹いっぱいになったから、もう襲わないんだよね」
 Cが教えてくれる。そんなもんなんだ――ジュリアは意外に感じた。
「その調子でほかのエアバイクも何とかしてやれ。とりつかれてたバイクは、たぶんジャプリウスに電気喰われてエンジンが起動できなくなってるはずだ。仲間にサポートさせて、下がってるように言え!」
「了解!」
 Bの指示に応えて、今しがた助けた二人にハンドサインを送る。『エンストしてるからサポート。離れて』ジャプリウスを追い払おうとしていたほうが頷き、ハンドルのスイッチを触ってエアバイクの側面から牽引用のワイヤーを出した。ワイヤーがもう一機のエアバイクのハンドルに巻き付いたのを確かめてから、ジュリアは次のエアバイクの救出に向かった。
 同じようにしてジャプリウスから三台のバイクを救出したところで、ジュリアはBに声をかけた。
「救出完了、全機後方に離れさせたわよ!」
「よし、じゃあ次はこっちだ。輸送艇の周りにいるエアバイクたちに少し離れるように言ってくれるか?」
 見ると、輸送艇の周りに八台ほど、車体に座った猫のシルエットがプリントされているエアバイクがいる。ジュリアは数秒彼らを観察し、そのなかのリーダーと思われるライムグリーンのエアバイクの方へ自分のバイクを走らせ近づいた。
 相手はすぐにジュリアに気が付いた。ライダースーツに包まれた華奢なその姿から女性であることが見てとれた。驚くほどのことではなかった。無法者集団のように思われている(実際そういうのも多いが)エアバイク乗りの集団だが、純粋に「乗って走る」ことが好きな者たちの集まりもたくさんある。そしてそういう集団では自然と、性別に関係なく、一番エアバイクに乗るのが上手くて人望のあるものがリーダーになることを、ジュリアはよく知っていた。自分の方に視線を向けてきたそのリーダーに、彼女はハンドサインを送った。
『これからあれを処理する。危険だから離れて』
 一瞬、相手のむき出しの敵意が感じられる。相手はハンドサインを返してきた。
『あんたの指図は受けない』
 負けん気の強さ丸出しの返答に、ジュリアはヘルメットの中で苦笑した。気持ちはわかる。かつての自分を見ているようで気恥ずかしい。
『安全のため。感情的になって仲間を危ない目に遭わせるな』
 相手の怒りがヘルメット越しにビンビン伝わてくるような気がするが、構わず続ける。
『こっちは専門家だから言うことを聞いて。助けも借りたい。頼む』
 相手は一瞬押し黙る。ジュリアは畳みかけた。
『迷ってる暇なし!』
 相手が渋々という感じでOKを示すサインを出した。それから自分の仲間たちに向かって手を挙げ、指示を出す。エアバイクたちが輸送艇から距離をとり始めた。ホッとする。
「話は通じたみたいだな。じゃあこっちに来てくれ」
 Bの声に応え、彼のエアバイクの方へ向かう。Bは電磁ネット射出用のキャノンを腰だめにして待っていた。射出方向には輸送艇と、かなり大きくなったジャプリウスがいる。
「さっきより大きくなってんじゃない?」
「電気喰って肥大してるからな。じゃあやるぞ」
 そういうとBはキャノンを肩に担ぎあげる。
「B、右側はゲルニカが回り込んでフォローする。ジュリアは左側に回って、とりついてるジャプリウスを包むように電磁ネットの端っこをコントロールして」
「ちょ、ちょっと待って!自分の手で掴んでやれってこと?」
「いや、できんだろ?」
 こともなげにBが言う。
「ずいぶんアナログなやり方なのね!」
「俺は素手の方が早ぇんだよ」
 あんたと一緒にしないでほしい、と心中で舌打ちする。
「取りあえず無理のない程度にやってみてもらえますか?」
「こっち側はAがアームでフォローしてるよ。電圧の調節は僕がするね!」
 Aのすまなそうな声とCの能天気とも思える口調に、なんだか不安になる。
「――こっちは何回も遭遇してる事案だ。Bの指示通りに動きゃあいい。大丈夫だ」
 ジュリアの気持ちを見透かしたように、Lがぼそりと呟いた。――そうか、この人たちは“経験者”で“専門家”。新米の自分が気を揉んだところで何にもならないんだ――そう気づくと、ジュリアの胸に沸いていた不安はすうっと収まった。
「わかった、動きの指示はよろしく」
「だいじょぶだよ、任せて!!」
 Cの声に元気づけられジュリアは一つ息を吐くと、きゅっと唇を引き結んだ。

「よっしゃ、行くぜえ!」
 威勢のいい声と同時に、Bは担いだキャノンをぶっ放した。射出された電磁ネットの細かいシールドが、布状に宇宙空間に広がる。撃ち終わったキャノンをバイクに戻すと、Bはジュリアに声を飛ばした。
「よし、そっち端をつかめ。そんでジャプリウス全部にかかるように持ってってくれ!」
 できるか、んなこと?! と思いつつ、ジュリアはそれでもとりあえず「了解!」と答え、エアバイクの鼻先を左に向けた。電磁ネットの左側に回り込む。Bは上部に向かい、待機していたゲルニカが右側に回る。機体から伸ばされていたアームが、いち早く電磁ネットの端を掴んだ。ゲルニカは流れるような動きで大きく回り込み、電磁ネットはスカートのように優雅に膨らんで、あっという間に輸送艇についていたジャプリウスの右側面をすっぽり覆った。
「右側、OKだ。このまま狭めていって、船から離すように持ってっていいんだよな?」
 Aの声がヘルメットの中に響く。
「頼むぜ。やっこさんこっちに気が付いたようだ。ジュリア、早くネットに近づけ!逃げようとして活発になるから抑え込めなくなっちまう。その前にネット確保しろ!」
「わかった!」
 応えたところで電磁ネットの左端に行きついた。手を伸ばしてその端を掴もうとした瞬間、急にジャプリウスが眼前に迫ってくる。本能的に身を引いてしまい、指先からネットの橋が遠のいた。『しまった!』一瞬ひるんでしまった自分に舌打ちする。
「大丈夫か?!」
 ヘルメットの中にBの声が飛んでくる。
「ごめん、大丈夫です。もっかいトライする!」
 応えながらBの方を見ると、すでに電磁ネットの一端にたどり着き、それを手で掴んでいるのが見えた。当然のことながらエアバイクは片手で制御して乗っている。
『うっそ……マジ?!』
 車体の重さを考えると、男で上背があるとはいえ、宇宙空間でエアバイクを片手で、それももう片方の手で別のことをしながら取り廻すことができる者を、ジュリアは今まで数えるほどしか見たことがない。もちろん彼女も体力的に無理である。
『どんだけ腕っぷし強いのよ?! そんで、すごいバランス感覚……』
 感心というよりあきれた気分で、ジュリアはもう一度ネットの端に手を伸ばそうとしたが、ジャプリウスの動きが激しくなってきた。どうやら拘束されかけていることに気がついたらしい。四方八方へ自らの本体を広げ、なんとかネットから逃れようとし始めた。
「おいC、電圧絞れ! こいつ、なんか電気喰って元気になりすぎだわ」
「今は無理! 弱めたらネットが広がらないし、抑えも効かなくなるよう」
 Cの申し訳なさそうな声に、Bの悔しそうな舌打ちがかぶる。
「大丈夫、もう一回やってみる!」
 ジュリアは叫ぶと、もう一度ネットの端に目を凝らした。タイミングを見計らって手を伸ばしたが、ジャプリウスの予想外の動きのせいでまたもや指先が空振る。それどころか、どこかわからない目で正確に見定め、ジャプリウスはジュリアに向かって真っすぐ襲い掛かってきた。
『まずい……!』
 避けようとしたその瞬間、目の前の網がぐいっと引っ張られた。覆いかぶさる勢いだったジャプリウスが抑えられ、ネットの内側に閉じ込められてじたばたもがく。
『……ワイヤー?!』
 ジャプリウスを抑え込んでいるネットの端を掴んでいるのは、エアバイクの牽引用のワイヤーだった。ワイヤーの先には先刻のライムグリーンのエアバイクとあと二台。グリーンのエアバイクの乗り手がハンドサインでほかの二台に指示を出し、三台でネットをコントロールし、暴れて広がろうとするジャプリウスを抑え込もうとしていた。
「――そうか!!」
 ジュリアは思わず声をあげた。
「おいなんだ、ほんとに大丈夫か?!」
「大丈夫! そうよ、あたしこっちの方が得意だった!」
「はあ?!」
 聞き返すBには応えず、ジュリアは自分のワイヤーを勢いよく射出した。ワイヤーは電磁ネットの端の狙ったところをぴたりととらえる。
「あんたにつられて手で掴もうとしたのが間違いだったわ。あたしワイヤーワークの方が慣れてる。あの子らと同じだからね!」
 ジュリアの言葉に、通信機越しのA、B、Cが全員絶句する。それに構わず、ジュリアはワイヤーを伸ばしながら、ライムグリーンのエアバイクの乗り手にハンドサインを送った。
『協力感謝! このまま移動させる。急に動くから気を付けて!』
 相手が親指を立てて応え、ほかの二人に指示を出した。4基のエアバイクが息を合わせ、ジャプリウスの左側をすっぽり覆うように電磁ネットを広げる。
「おっ、いいぞ! そのまま左側から包み込め! 任せたぞ!」
 ヘルメットの中にBの上機嫌な声が響く。そう言いながら彼もいち早くジュリアたちの動きに呼応して、右側に回り込んできた。
「A、ちゃんとネット広げろ!」
「簡単に言ってくれるなよ、このアームコントロール難しいんだぞ!」
「二人ともがんばれー」
などとヘルメットの中で飛びかう会話には構わず、ジュリアはエアバイクの三人とネットのコントロールに集中した。輸送艇の一番近くにいるのは件のグリーンだった。バイクを微調整で操りながら、機体とジャプリウスの間に網を潜り込ませる。ジャプリウスの張り付いていた本体が、少しずつネットの端によって輸送艇から引きはがされてゆく。一番船から離れているジュリアは、彼女がうまくネットを進められるよう、角度を見ながら自分側にある本体を同じように引きはがし、ネットで包めるようにワイヤーを繰り出す。
「こっち側はだいたいはがしたぞ!Cが電圧調整して動きが鈍くなったっから、一気に引きはがせ!」
 ヘルメットの中にBの指示が響く。続けてCの声もする。
「電気を吸い取る仕様に変えたから、少し元気なくなってきたと思うんだけど!」
 いわれてみると、ジャプリウスはいまだ抵抗は続けているものの、先刻ほどの勢いはない。
「わかった! ちょっと待って!」
 ジュリアは応えると、自分とグリーンのエアバイクの間にいる二台にワイヤーを外すように合図を送った。それから一番端のグリーンにもハンドサインで呼びかける。
『外側に思い切り走って!』
 相手が大きく手を振って、OKサインを送ってよこした。二人はタイミングを合わせ、同時に右と左に向かって走り出した。間のネットが張り詰められ、やや強引にジャプリウスを輸送艇から引きはがし始める。ネットの端が船体にゴリゴリこすれて傷を入れている。『あーやっちゃってる……ゴメン!』心の中で謝った。
 ようやくジャプリウスの本体全てが機体から離れた。ジュリアはネットのもう片方をとらえているグリーンのエアバイクに、くるんと指を回してて見せた。相手もすぐに理解して、片手をあげて応える。
『行くよ……せーのっ!』
 二人はタイミングを合わせて、ネットを上方に引っ張り上げるようにエアバイクを走らせ始めた。ジャプリウスがネットの真ん中に落とし込まれる。抵抗するように本体が収縮しているが、その勢いはは先刻よりだいぶ弱まっている。
「よーし、そのままこっちまでネット持ってこい! んで、そこでワイヤー切り離せ、Aが受け取る!」
 ヘルメットの中にBの声が響いた。見ると、Aが捜査しているアームがすでにネットの片方をまとめて袋状に持っていた。その脇でBが大きく手を振っている。追いかけるようにヘルメットの中にAの声が聞こえてきた。
「できればクロスするような感じで一人ずつ切り離してくれると受け取りやすいです」
「わかったわ、ちょっと待ってて」
 ジュリアは応えてグリーンのエアバイクにサインを送った。指で宙にばってんを描き、それからワイヤーを切り離すしぐさ。自分が先に出るから、見てるように。相手が親指を立ててそれに応える。
「オッケー、行きます。最初はあたしからね!」
「おう、慌てんなよ」
「切り離すときにワイヤーに絡まらないよう、気を付けてください」
 BとAが声をかける。「ありがと!」と応えて、ジュリアはスタートした。大きく弧を描くように上へ向かって走り、グリーンのエアバイクの上部を通過、それからAの操作しているアームに向かって下降する。ネットの端がアームにぎりぎりまで近づいたところで、ハンドルについたワイヤーの切り離しスイッチを押す。がくん、と機体が大きく揺れて急に抵抗がなくなり、はずみではじき飛ばされそうになったが、ハンドルさばきでなんとか態勢を立て直した。
「よーしキャッチしたぞ! 次来い!」
 Bの声。振り向くと、ジュリアが切り離したネットはAのアームにしっかりキャッチされていた。ほっとしながらもう一方へ目をやると、グリーンのエアバイクはもうスタートしていた。ジュリアと反対の方向へ同じような動きで弧を描き、それからこちらへ向かってくる。そしてスピードを緩めず、どんぴしゃのタイミングでワイヤーを切り離した。リバウンドを難なくいなし、走行姿勢はほとんど崩れない。『うーん、いい腕!』ジュリアは感嘆のため息をもらした。
 自分の時は操縦にかまけて全然見る余裕がなかったけれど、電磁ネットを受け取るAのアーム使いも見事だった。ワイヤーが離れ宙に浮く電磁ネットを、ジャプリウスを逃すことなく受け止め、既に集めていたところにひとまとめにする。あっという間に電磁ネットは、袋状になった。
「はーい、じゃあネット閉じまーす!」
 Cの元気な声が聞こえる。電磁ネットの端がドッキングして、ジャプリウスを中に閉じ込め、動きに合わせて形を変えながら、宇宙空間に浮いているような感じになった。
「密封完了、ジャプリウスをおとなしくさせるね」
 再びCが言うのと同時に、ネットはみるみるサイズダウンした。
「え? どうなってるの?」
 思わず声に出てしまったジュリアに、通信機からAが応える。
「えさを与えつつ実は吸い取ってる――って感じです。電圧の微調整が難しいんだけど、Cはこういうの上手いから」
 えへへ、と嬉しそうなCの笑い声が聞こえる。
「外回りは苦手だけど、こーいうちまちました作業は得意なんだよな」
「ちょっとB、それ失礼なんじゃない?」
「そうか? 褒めてるつもりだけどなぁ、俺にはぜってー出来ねえし」
 文句を言おうとしていたジュリアは言葉に詰まる。
「あまり気にしないでください。Bはもともとこういう物言いの人なので」
「そーだよ、ジュリア。僕、慣れてるから気にしないで」
 AとCに立て続けにフォローされて、ジュリアは釈然としない気分で黙り込んだ。そんな言い方されたらあたしが悪者みたいじゃない。まぁどーせ新参者ですけどね! などと一人でやさぐれた気持ちになる。だが、そんな彼女の気分など、通信機では伝わるはずもない。
「おい、ところであの壊されたエアバイクども、とりあえず修理してやんなきゃ可哀相だろう。俺とお前で二台、あとあっちの頭(ヘッド)っぽいやつに一台引っ張っらせてゲルニカに乗せるように言ってくれや。」
 Bの指摘にジュリアははっとして、手伝ってくれたエアバイク集団の方に注意を戻した。集まっているのを改めて数えてみると、全部で一二台と思ったより少ない。そのうち三台が、ジャプリウスにやられて自力で走行できなくなっているようである。無事だったエアバイクのワイヤーで動けないものを連結するよう、あのライムグリーンのリーダーが指示している。近づいて行くと、気づいた彼女は全身から威嚇する空気を発してきた。本当に、CPのことが嫌いらしい。あまりにもわかりやすくてつい苦笑がこぼれた。
『バイク、こっちの艦(ふね)に乗せて。修理するから』
『――必要ない。自分たちでする』
 ハンドサインで帰ってくる言葉も必要最小限の素っ気なさで、意地を張っているのが見え見えである。ジュリアの頬から笑みが消える。ちょっと肩をすくめると、彼女はやや厳しい調子でサインを返した。
『ここをワイヤーで繋いだまま走る方が危険。仲間を危ない目に遭わせる気?』
 痛いところを突いたらしく、相手は一瞬黙り込む。振り返って仲間の方を見て、それからしぶしぶ「了解」のハンドサインを出した。よしよし、わりと素直じゃん、などとニコニコしながら、ジュリアは指示を続けた。
『動けない三台をけん引してこっちに乗せて。残りの人たちは別の場所で待たせてて』
 リーダーは仲間の方を振り返り、ヘルメットを指でコツコツと叩いた。仲間同士で会話できる通信システムがあるらしく、ひとしきり話し合ったあと、無傷のものはその場を去り始めた。落ち合う場所はまとまったらしい。動けない三台を別の三台で引っ張り、六台の先頭に立ったライムグリーンのエアバイクが流れるようにこちらに近づいてくる。ジュリアの目の前に停まると、彼女はハンドサインで言った。
『あたしも同行する』
 まあリーダーならそう言うわよね。胸の中で呟いて、ジュリアはOKのハンドサインで応えた。

 ゲルニカは大型の宇宙艇なので、エアバイク三台を収容するのに十分な広さの格納庫を持っている。片隅には機動性の高い小型の宇宙艇も載せていた。動けないものを各々ワイヤーで繋ぎ、ジュリアの先導で下腹部に空いた搭乗口から乗り込むと、牽引していた三台はワイヤーを外し、リーダーに軽く合図をしてゲルニカから降りて行った。先に戻っていたBが搭乗口を閉じ、格納庫内の気圧調整を示すランプがグリーンになると一番最初にヘルメットを脱いだ。それを合図にジュリアも、ほかのエアバイク乗りの面々もヘルメットをとる。汗で前髪が額にへばりついていて、結構いっぱいいっぱいだった自分に気づく。
「おう、お疲れ! 何もわかんねえのに参戦したにしちゃ上出来だ、助かったぜ!」
 Bはジュリアに歯を見せて笑い、親指を立てて見せた。あまりにストレートに褒められすぎてこそばゆくなり、ジュリアは「はあ……」と口ごもりながら応える。Bはエアバイクを壊された三人の方へ近づいていき、おろおろしている持ち主たちには全く構わず、しゃがみこんで破損の状態を確認し始めた。
「あー、べっこりやられてるな。これエンジン全取っ換えかもなあ」
「マジですか?!」
 ヘルメットを外した持ち主たちが悲鳴をあげる。いずれも20歳そこそこのごく普通の若者たちである。
「まいったなー、そんな金ねえよー」
「俺も」
「俺もだあー」
「あー心配すんな、この修理代、たぶんウチから出るから」
「えっほんとですか?!」
「任しとけって、スゴ腕の交渉人がいっからよ」
 にやにやしながらBが応える。どういう意味? と首をかしげたところで、ジュリアは背後の気配に気づいた。このエアバイク集団のリーダーであろう、ライムグリーンのエアバイクの主がそこに立っていた。既にヘルメットは取っている。思った通り、若い女性だった。エアバイクを取りまわしているだけあって、細身で華奢だがひ弱な感じではない。小さな顔の周りに見事なプラチナブロンドの髪がきっちりまとめられている。目の前に立たれると同じくらいの高さに顔がある。整った鼻筋、瞳はうす碧でまるで湖面のようだった。
「――“自由猫(デラシネ)”のパトリシア・パーキンス。仲間はパトラ・キャッツって呼んでる」
 ぶっきらぼうな口調で自己紹介をする。精一杯すごんで見せているのが可愛らしくて、ジュリアはつい笑ってしまった。
「挨拶したのに笑うなんて失礼じゃない?」
 相手がにわかに気色ばんだので、ジュリアは慌てて片手を振った。
「ごめん、そんなつもりじゃなかった、悪かったわ。こっちはCP第25特別部隊、ベム(宇宙生物)のトラブルシューティングをしてる――ってこれでいいんだっけ? Bさん」
「まー平たく言えばそんなもんだ」
「だ、そうです。あたしも配属になったばっかりで、あんまりよくわかんないんだ」
 ジュリアはそう言って、てへへ、と笑った。
「あのハンドサイン知ってるってことは、あんたもエアバイク乗りなの?」
「んー、昔はね。あんたたちは、解散した“ストレイキャッツ“の一派なの?」
「あいつらと一緒にしないでよ!」
 急に語気が荒くなる。Bとジュリアは目を丸くした。頬がうっすら赤らんでいる。
「あんな悪党たちとなんか関係ないわよ! あたしたちは解散のだいぶ前にあそこから抜けてるんだからね」
「ああ、わかったから怒んないでよ。あんたなかなかいい腕してるわね。それによくあの輸送艇のこと、助けようと思ってくれたわね、ありがと」
「あ……え、だって困ってるみたいだったから……」
 突然お礼を言われて開いた口の行き場が見つからなくなり、パトラは渋々口をつぐむ。そんな女子同士の微妙な言い合いを、Bと他の若者たちはにこにこしながら眺めていた。
 と、その時。格納庫にAの声が響いた。
「向こうの輸送艇と通信がつながった。コントロールルームまで来てくれ」
「おっ、おいでなすったな。待ってろ、これからAが修理費ふんだくるからな」
 ゴキゲンな口調でBが言う。彼を除く他の皆が「?」という顔になり、ジュリアだけが「うわあ……」という顔になる。着任した時に、Aに柔らかな物言いでけっこう辛辣なことを話されたのを、彼女は忘れていなかった。
「よし、行くぞ」
「あ、待って!あたしも一緒に行く、うちの仲間のことだもの!」
 パトラが慌てて言うと、Bは一瞬目を丸くしたが、すぐに「いいぜ」と応えた。ジュリアもにっこり微笑んで肩をたたく。
「せっかくだからチューンナップできるくらい修理費見積もってやりなよ。多分、Aは獲ってくれるわよ、ね!」
 Bに相槌を求めると、彼も大きくうんうんと頷いた。
「あんたたちはここで待ってて。心配しなくても大丈夫だから」
 パトラの言葉に、エアバイクを壊された三人は素直に頷き、床に座り込んだ。
「よし、行くぞ。こっちだ」
 Bに促されてパトラがゲルニカの中へと入ってゆく。ジュリアもその後に続いた。

                          (【4】に続く)

サポートしていただきありがとうございます。もっと楽しく読んでいただけるよう、感性のアンテナを磨く糧にします! そして時々娘3号と、彼女の大好きなAfternoon Teaにお茶を飲みに行くのに使わせていただきます。