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Monster Sweeper scrub EpisodeⅠ「ニューフェイス【5】」

 「さてと。話はまとまった」
 Aはスクリーンからコントロールルームの方へ向き直った。
「BとCはあっち担当。電源補給箱(サプリキューブ)とケーブルをもって、シュワルツで向こうの輸送艇に向かい、まずは宇宙空間(そと)にいるジャプリウスをあの船に回収、それからバッテリーを充電して艇(ふね)が起動できるようにする。そのあと同行して、ジャプリウスをもとの生息地へ戻すのに立ち合ってくれ。シュワルツならあの輸送艇に載せられそうだからね。C、あちらさんあんまりベムに詳しくないようだから、いろいろアドバイスしてやって。Bは戻すとこまでしっかり確認してくれ」
「任しとけ。テキトーなことやったらどやしつけてやるよ」
 Bはそう言ってにっと笑い、Cもにっこり笑ってこくんと頷いた。
「俺とゲルニカはこのまま、パトラさんたちとエアバイクを載せて基地のあたりの星系まで戻って、俺たちがいつも頼む修理屋にエアバイクを持っていこうかと思うんだけど、ひとつ問題があって、俺たちの基地があるのはヴァルモッサ星系なんだ。ここから少し遠いんで、戻るのに何回か、小さいハイパージャンプをしなくちゃならない」
「それは……ちょっと困るわ。あたしたちはみんなこのあたりのタウリ星系が生活圏だし、ほかのメンバーとの待ち合わせ場所もこの辺にしちゃったから。エアバイクでハイパージャンプはできないし」
 パトラが応える。Aはため息交じりに「やっぱりそうか」と呟いた。
「――修理屋、この辺だったら心当たりあるわよ」
 不意にジュリアが片手を上げた。コントロールルームの視線が彼女に集まる。
「知り合いがサルヴァーノで整備工場やってるの。腕は保証するわよ。新品みたいにピッカピカにしてくれるはず」
「ちゃんとしたところですか? 費用とか支払方法とか、あんまりおおざっぱだとドーソンさんや俺の上の人が困るんですけど」
 Aがいささか厳しい口調で尋ねかえす。
「大丈夫よー、オーナーがちゃんとした奴だから……あ、そのオーナーがあたしの知り合いなの。規模はあんまり大きくないけど、業界での評判は上々よ。『SINOWORKS』っていう……」
「『SINOWORKS』う?!」
 パトラがすっとんきょうな声を上げた。皆の視線がそちらに移る。
「なんであんたが篠原さんと知り合いなのよ?!」
「えっ……知ってんの? 秀人のこと」
「なんで呼び捨てなのよ!!」
「いや、なんでって、怒んないでよ……あ、そっか、あんたも知ってんのね」
 頭から湯気が出そうな勢いのパトラに気おされて、ジュリアは苦笑いを浮かべながら後ずさる。パトラははっと我に返り、かあっと赤くなった。
「しっ……篠原さんはあたしが入ったころの“ストレイキャッツ”のリーダーで、その、すっごくいい人で、すっごく面倒見てもらって……でも、あの人がいなくなっちゃってから、次のリーダーになった奴が変な奴らとかかわるようになって、チームががたがたになっちゃって、それであたしたち、やってらんないって抜けたのよ。だから、その……」
「うん。言いたいことは分かった。大丈夫そうだね」
 Aがやさしい相槌を打ってくれた。それからLの方へ向き直る。
「旦那、じゃあ俺たちはサルヴァーノに行こう。宇宙港にゲルニカを停めたら、旦那はエアバイクを修理屋まで、ジュリアとパトラさんと一緒に引っ張っていってくれ。パトラさん、壊れているのは三台だったね」
 パトラは無言でこくんと頷いた。
「じゃあ牽引は三人で間に合うね。旦那、ついでに修理費用の見積もりとか、支払方法について確認してきてもらえるかな」
「了解」
 Lは片手をあげて短く応えた。
「お前はどーすんの?」
「俺はここからアーネストに報告して、いつものようにもろもろ手配してもらうよ。後始末は早い方がいいだろう」
「だな。そんじゃ行くか」
 Bは自分のシートから腰を上げ、スクリーンのドーソンに向かって言った。
「おっさん、今からそっちの船に行くぜ。ジャプリウスを回収するから、準備しといてくれ」
「あ、ああ、わかった」
「ドーソンさん、じゃあこれで通信を切ります。あとはBとCの指示に従ってジャプリウスをもとの星へ還して、こちらからの連絡をお待ちください。お疲れさまでした」
 Aの言葉とともにスクリーンの映像が宇宙空間に戻った。
「おし、C、行くぞ」
 Bが立ち上がり、ひと足先にコントロールルームを出ていく。
「はあーい、じゃあ行ってくるね」
「気をつけて。ドーソンさんとの連絡先交換も忘れないで頼むよ」
「わかった」
 にっこり笑ってCがその後に続く。Aはパトラとジュリアに向き直った。
「二人は格納庫に行って、待ってる三人に心配しなくていいってこととこれからの動きを伝えてください。あとはあっちの船がちゃんと発進するのを確認してから俺たちも動きますから、少し待っててください。」
「わかった。パトラ、行こ」
 ジュリアが促す。パトラは頷いて腰をあげた。AとLを順番に見て、無言のままぺこりと頭を下げる。それからジュリアの後について、コントロールルームから出ていった。
「――いい奴じゃねえの? どっちも」
 Lがぼそっと呟く。
「そうだね」
 Aが応える。二人は顔を見合わせ、どちらからともなく微笑んだ。

 ゲルニカに搭載されていた小型機『シュワルツ』が宇宙空間に漂っていた電磁ネットをアームから切り離し、それを牽引しながらドーソンの艇に入っていった。しばらくしてスクリーンに映し出されたBとCが、艇のエンジンが復活したことと、ジャプリウスの積み込みが完了したことを告げ、ドーソンの輸送艇は動き出した。すぐにその姿はゲルニカの視界から消え、ゲルニカ自身もサルヴァーノに向かって動き出した。
 宇宙港に入港の手続きを済ませ、割り当てられた場所に艦を停めると、Lは立ち上がった。
「それじゃ引率してくる」
「うん、頼む。一応、相手の修理屋のこともよく見定めてきてくれ。ジュリアやパトラはああ言ってるけど、知り合いフィルターかかってるってこともあるからね」
「そうだな、見とくよ」
「ありがとう、俺は同行できないけど旦那が行ってくれるから安心だよ」
「任しとけ。お前は報告か?」
「そう。アーネストも忙しい人だからね。なるべく早めに一報入れとくよ」
「毎度ご苦労なこったな」
「じきじきに頼まれたからね、ちゃんとやらなきゃ」
「――新人、今回のはなかなかいいんじゃないかと俺は思う」
 不意の言葉に、Aはびっくりした顔になった。
「旦那がそんなふうに言うのは珍しいね。意外だな。でも、決めるのは彼女自身だから」
「まぁそうだな。ここ以外でも十分使えそうだし」
「そうだね」
 Aの相槌にLは片手をあげると、コントロールルームから出ていった。あとに残されたAはひとつ息をつくと、コンソールにアクセスコードを打ち込む。程なくして、スクリーンに初老の男性が映った。
「明人、ご苦労様」
「お久しぶりです、アーネスト」
「私に連絡をくれたということは、密輸案件なのかな?」
「そうです、未遂ですけど。またステファンのお世話になることに……」
「構わないよ、さっそく連絡しておこう。詳しいことは後で送ってくれ」
「わかりました、よろしくお願いします」
 Aは頭を下げた。アーネストと呼ばれた男は、そんな彼を優しい目で見つめる。
「ところで今度の新人さんはどうだね?」
「有能ですよ。でも教師には煙たがられるタイプかな」
 穏やかな笑い声が返ってくる。Aの表情も自然とほぐれていた。

 格納庫に入るととたんに賑やかな声が耳に飛び込んできた。見ると、壊れてしまったエアバイクの傍らに、持ち主の三人とジュリアとパトラが固まって、バイクを指さしながら、ああだこうだと話している。持ち主の青年たちが自分のバイクについてあれこれ説明し、それを聞いたジュリアが褒めているらしい。彼女に声をかけられた者は皆、得意そうになったり嬉しそうになったりしている。時折、横からパトラがまぜっかえすようなことを言うが、軽くいなされてむくれる。だがその表情は何となく楽しそうで、五人でいるその辺りは和やかな空気に満ちていた。
 「あ……」
 入ってきたLに気づいたジュリアが喋るのをやめた。ほかの四人もそちらを見て、少し緊張した面持ちになる。
「えっと、旦那……さん? Lさん、だっけ」
「どっちでもいい、行くぞ。エアバイク繋げ。店まで案内しろ」
「は……い、わかりました」
 応えて五人はそそくさと準備をする。ジュリアにとっては今ひとつ、まだつかめない相手が彼だった。そもそも基地にいる時もめったにしゃべらない。たまに発するひと言は辛辣で、他の三人に対しても影響力大のようである。操縦の腕がすごくいいのは見たからわかっているが、表情もポーカーフェイスで読めない。BやCはわかりやすかった。Aは本心は全く見えないけれど、話をした分、なんとなく察せる部分もある。『苦手だわ、この人……』胸の内で呟きながら、ジュリアは自分のエアバイクで牽引の準備をした。Lは先刻Bが乗っていたエアバイクに、パトラも自分のエアバイクにそれぞれ壊れた機を繋ぐ。
「え……と、じゃあ出発します。後ろ、あたしに合わせて。ハンドル操作だけしっかりね」
 ジュリアの後ろに繋がれた若者がこくこく頷く。ジュリアも頷き返して、エンジンを起動させた。ゆっくりエアバイクをスタートさせ、ちゃんとついて来ていることを確認すると、少しスピードを上げる。Lが軽く片手を振って、パトラ組をスタートさせ、最後に自分が発進した。
 しばらく街なかを走り、中心部から少し離れたところに出る。広い敷地の工場や倉庫が立ち並ぶそのもう少し奥の方に入っていくと、前方に『SINOWORKS』と書かれている電光看板が見えた。ジュリアはそちらへ向かう道にハンドルを切る。ほどなくして、『SINOWORKS』の工場とその前の作業場に着いた。エアバイクが何台か、作業場に並んでいて、二~三人の男たちが、仕上げ磨きや微調整をしている。ジュリアのエアバイクに気づいて、彼らは作業の手を止めた。後ろについてきている青年とタイミングを計りながら、ジュリアはゆっくりとエアバイクを減速させて停め、ヘルメットを脱いだ。
「こんにちは、忙しいところゴメン。秀人はいる?」
 きょとんとした顔になる作業員たち。しかしひとりだけ、「あっ!!」と声を上げたものがいた。ジュリアがそちらの方を見る。
「あれ、フロイド?」
 名前を呼ばれた青年は慌てた様子で、バタバタと工場の中に駆けこんでいった。
「なんだ?」
 エアバイクを止め、ヘルメットを外したLが近づいてきながら尋ねた。その後ろからパトラもついてくる。壊れたバイクの持ち主三名は、自分のマシンの傍らで見ている。
「いや、知った顔が他にもいたんで……ここで働いてんのかしら」
 ジュリアは小首をかしげて工場の方を見やる。と、その入り口から二人の青年が姿を現した。先刻慌てて入っていった方の青年は、もう一人の後ろにおどおどと隠れるようにしている。
「お前、怖がられてんぞ」
 Lがぼそっと呟く。
「そんな怖がられる覚えはないんだけどなあ……」
 ぼやくように呟くジュリアの姿を見て、一緒に出てきた青年が笑顔になった。
「クイーン! お久しぶりです」
「ほんと、お久しぶり。繁盛してるようで何よりだわ」
 ジュリアも笑顔で応える。二人は歩み寄り、握手を交わした。
「どうしたんです? 今日は」
「あーうん、ちょっと込み入った事情なんで後から詳しく説明するけど、あの子たちのエアバイク、修理してやってほしいんだわ」
 ジュリアは振り向いて、ワイヤーで連れてきた三台のバイクの方を指そうとして、パトラに気づく。彼女はこぼれ落ちそうなくらい眼を真ん丸に見開いて口をぽかんと開けたまま固まっていた。
「……なんて顔してんの? あんた」
「なんだ、パトラじゃないか、久しぶり。元気だったか?」
 ジュリアと青年に話しかけられて、パトラははっと我に返る。二人を交互に指さしながら何度も見返し、それからぺこりと頭を下げた。
「お、お久しぶりです、篠原さん! 元気です、ありがとうございます! ってそうじゃなくて、クイーン?! クイーンって!!」
「ああ、うん。この人、女王(クイーン)・ジェイ。俺の前の“ストレイキャッツ”のリーダー。聞いたころあるだろ、お前も『憧れる~』とか言ってた……」
「わーっ! わーっっ!!」
 にこやかに答えた青年――篠原秀人(しのはら・ひでと)の言葉を、パトラは慌ててさえぎった。両手を振り回し、わなわなと震え、ジュリアの方に向き直る。
「あんた、クイーン・ジェイなの?! なんで?! なんでそれ早く言わないのよ!!」
「いや……自分で言うことじゃないでしょ」
 ジュリアは苦笑いしながら肩をすくめた。パトラは言葉に詰まり、頭の先まで真っ赤になる。
「――話が見えねえんだが、説明してもらえるか?」
 Lが口をはさんだ。秀人がLに気づき、途端に警戒心をあらわにする。
「失礼ですが、どちら様ですか? クイーンのお知り合い?」
「おっと、こりゃ失礼。ちょっと待ってくれ」
 Lはそう言うと、左腕の袖口についている小さなチップを指で触った。程なくして空間に、カード大の映像が映し出される。
「CP・カテゴリーB、第25特別部隊所属、リスト・ヴァースン。これ認識証な。おもにベム関連の業務全般を請け負ってる部隊だ」
「聞いたことあるかもしれません。もしかして“scrub(掃除屋)”さん?」
「CPんなかじゃ『ダストシュート』とも呼ばれてるがな」
 Lはそう応えてにやりと笑った。
「へえ……驚いた。クイーン、今CPにいるんですか? いつから? “ストレイキャッツ”辞めてから二年ぐらいたつけど……」
「研修の途中で回されてきたぞ。なんかどえらいことやらかしたらしい」
「ああ……」
「秀人! 何よその“納得”みたいな笑い!」
「いやあ、さすがだなあと思って。相変わらす台風みたいなひとですね」
 食ってかかるジュリアをくすくす笑いながら秀人がいなす。
「台風って……」
 パトラがぷっと吹きだした。ジュリアはますます不機嫌な顔になる。
「ここ二年くらいは大人しくしてたわよ! あんまり昔のことほじくり返さないで!」
「はいはい」
 返事はしたものの、秀人はまだくすくす笑っている。
「俺はもうちょっと聞きたいね」
「――やめてください」
 しれっと言ってのけるLに、ジュリアはげんなりした顔になった。
 やがてようやく笑いの収まった秀人が切り出す。
「すみません、話が途中になりましたね。それで?」
「ああ、うん。あいつら、ベムがらみのトラブルに巻き込まれて、バイクをやられた。俺たちの手伝いもしてくれたし、トラブルの原因がまぁ訳ありで、大ごとにしない代わりに修理費全額払わせる手はずになってる。このあたりに腕のいい知り合いがいるってあいつが言うもんで、連れてきてもらった。俺以外はみんな、そこそこ顔見知りっぽいが……」
「ああ、そうなんですか」
 事情がわかって、秀人の表情が緩んだ。
「ここの代表をしている篠原秀人といいます。俺とクイーンは“ストレイキャッツ”で一緒だったんです。“ストレイキャッツ”はご存じですよね」
「ああ」
「当時はクイーンがリーダーで俺がサブで。で、彼女が抜けた後は俺がリーダーになって。そのあと入ってきた世代にいたのがパトラです。俺が抜けた後、一年半ぐらいで例のトラブルで“ストレイキャッツ”がなくなって……パトラ、あん時お前、どうした?」
「解体されるだいぶ前に、仲間と抜けてました。篠原さんがいなくなってから、もうがたがただったから……」
 と言いかけて、パトラは秀人の後ろでこそこそ覗いている男に気が付いた。途端に表情が怒りモードに突入する。
「フロイド?! あんた、なんでここにいるのよ!」
「やべえ、見つかった! 篠原さん、俺、殴られる!!」
 フロイド、と呼ばれた男は首をすくめて、秀人の後ろに隠れる。だがパトラの怒りモードはそんなことでは収まらない。
「殴りたくもなるわよ! あんたたちがおかしな組織の片棒担いだせいで“ストレイキャッツ”なくなっちゃったんじゃないの。居場所失くした奴ら、どんだけいたと思ってんの?!」
 パトラに怒鳴りつけられて、フロイドはますます縮こまる。整備をしていたほかの従業員が、この騒ぎに思わず手を止め、何事かとこちらをうかがっている。その様子に気づき、秀人は厳しい表情になった。
「やめろ、パトラ」
「だって篠原さん……!」
「フロイドは俺んところの社員だ。お前が攻撃してくるんならおれは守るよ」
 パトラはぐっと詰まる。
「お前が怒る気持ちもわかる。俺だって最初はわだかまりがあった。だけどもう一度、きちんとやり直したいって思ってるやつを拒否すんのは違うだろ。フロイドも相応の罰を受けて、今こうやって働いてるんだ。それを手伝ってやるのが“仲間”じゃないのか?」
 秀人はゆっくりと、努めて穏やかにパトラに話して聞かせた。フロイドがその後ろからおずおずと顔を出す。
「パトラ……ごめん。あの時はほんとに、俺ら、みんなバカで……でも必死だったんだよ、“ストレイキャッツ”を弱くしちゃいけないと思って……みんな、反省してるんだ。俺はわりと早くに出られて、篠原さんに拾ってもらってやり直せてる」
「アンディとかジェイクは?」
「アンディは……そのままあっちの仲間になっちまった。今どうしてるかはわかんねえ。ジェイクはまだ服役してる。でも、すごく後悔してる。俺、時々会いに行ってるんだ。俺もひとりで服役してる間、誰も会いに来てくれなくてすごく寂しかったから……」
「刑期が明けたらジェイクにもうちに来てもらうつもりだよ。あいつメンテナンスの腕、良かったからね」
 あとを引き取るように、秀人が言葉を継いだ。パトラはまだ何か言いたそうだったが、二人の顔を交互に見て、はあ、とため息をつく。
「――篠原さんにそんなふうに言われたら、あたしはもう何も言えません。フロイド! あんた感謝しなさいよ!」
「お、おう、わかってるって」
フロイドは千切れるほどの勢いで首を縦に振った。パトラはぷいっとそっぽを向いたが、秀人に「よしよし、いい子だ」と頭をポンポンされ、真っ赤になってそれを振り払っている。
「んー若い! 可愛いなあ、若者は」
 しみじみとジュリアが呟く。
「年寄みてぇなこというんじゃねえよ。俺にしてみりゃ、あんたもそう変わんないぞ」
「いやー、あたしにはもうあの熱さはないなあ。眩しいわ」
 その言葉にかすかににじむ苦さにLは気づいたが、口には出さなかった。その代わり、パトラをからかっている秀人の方に声をかける。
「あんたが信用できそうなのはわかった。とりあえず、あいつらのバイクを見てやってくれ」
 秀人が我に返って、遠巻きにこちらを眺めていた三人の方を見た。そして、外で整備をしていた男たちを振り返って、何事か指示を出した。男たちはてきぱきと、引っ張ってきたエアバイクを作業場の中に運び込む。持ち主たちとパトラがその後ろについて作業場の中に入っていった。
「あ、なんか楽しそう。あたしも見に行ってい……いですか?」
 ジュリアが上目遣いで隣のLにお伺いをたてる。一緒にメンテナンスをするところが見たくてうずうずしているのが見てとれた。
「……いいよ。俺ぁこの人と細かいこといろいろ詰めなきゃならん」
「やった! あ……ありがと」
 つい声を上げてしまってからちょっと恥ずかしそうに礼を言って、ジュリアも小走りで作業場に入っていった。
「――いいひとなんですよ」
「ん?」
 ジュリアの背を見送っていたLの隣に、いつの間にか秀人が来ていた。
「面倒見が良くて、分け隔てがなくて。クイーンがリーダーだったときはストレイキャッツはいちばん人数が多かったけど、あのひとは全員の顔と名前をちゃんと覚えてた。みんな彼女のことを慕ってました。俺があとを引き継いだけど、とてもクイーンのように行き届いたことは出来ませんでした。おれのあとのやつらはもっとたいへんだったんじゃないかな。だから焦って……」
「結局、解体ってわけか。誰が悪いわけでもないんだろうけどな。喰いものにした奴らが一番の悪党だ」
「そうですね――クイーンはあなた方のチームに入るんですか?」
「さあな。今日の様子を見てるとなかなか使えそうなやつだ、とは思うが、それを決めんのはあいつ自身だ。CPにいちゃもったいないかもしれん」
「俺は残るんじゃないかと思いますけどね」
「そうか?」
「ええ。なんとなく合ってる気がするな、クイーンに。でも大変かもしれませんよ」
「なんでだ?」
 秀人はいたずらっぽい眼になる。
「正義感がね、強いんですよ。理不尽なことは許さないし、泣き寝入りなんて絶対にしない。味方にいると頼もしいけど、敵に回すと大変なんですよ。だからね……」
 思い出すようにくすっと笑う。
「彼女、ストレイキャッツでは“女王(クイーン)・ジェイ”でしたけど、仲の悪かったチームからは“災害(カラミティ)・ジェイ”って呼ばれてたんです」
「カラミティ、ね……想像に難くねえな」
 Lは呟いてにやっと笑った。そして、秀人の肩をポンとたたく。
「それじゃあ修理費用の支払いほか、もろもろ詰めさせてもらおうか。しっかり確認していかんとウチの鬼軍曹にどやされるからな」
「そんな怖い上司がいるんですか?! あなたが?! あなたも十分怖そうだけどな」
「あたりはソフトなんだが中身がキツイ奴なんだよなぁ」
 話しながら、二人も連れ立って作業場の方へ入っていった。

                     (【6】に続く:次回完結)

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