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ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力

本田 哲也
本田事務所代表取締役、PRストラテジスト
「世界でもっとも影響力のあるPR プロフェッショナル 300 人」に 『PRWEEK』 誌によって選出されたPR 専門家。


1.ナラティブカンパニーとは何か?

『ナラティブカンパニー』というタイトルに込められた「ナラティブ」とは一体、どんな意味なのでしょうか?一般的には「物語」や「朗読による物語文学」を指すこの言葉ですが、本書の著者はこれを「物語的な共創構造」と定義しています。つまり、企業の活動が一つの物語となり、その物語の中に従業員や取引先、さらには消費者までもが当事者として巻き込まれていく構造を意味するのです。

では、具体的にナラティブカンパニーとはどのような企業を指すのでしょうか?著者の定義によれば、ナラティブカンパニーとは「物語的な構造を生み出し、その中でマーケティングや広告・PR活動を行い、業績や企業価値の向上を果たしている企業」を指します。このコンセプトを具現化している好例として、世界的なアウトドアブランド「パタゴニア」が挙げられます。

パタゴニアのナラティブ

1965年に誕生したパタゴニアは、環境保護を重視した企業活動で知られています。ペットボトルをリサイクルした商品を販売し、環境意識の高い消費者から注目を集めてきました。しかし、パタゴニアのナラティブは単なるリサイクル製品の販売に留まりません。

2017年12月、同社の公式サイトに「大統領はあなたの土地を盗んだ」という大胆なメッセージが掲載されました。これはトランプ政権がユタ州の国定記念物指定保護地域を大幅に縮小する方針に対する抗議でした。そして、大統領選を控えた2020年には「気候変動否定論者を落選させよう」というメッセージを掲げ、環境保護を訴え続けました。

これらの行動は単なる広告キャンペーンではありませんでした。パタゴニアが設定した「パーパス(志)」に基づくものであり、大統領が自然保護区を無くそうとする動きを阻止するための企業活動だったのです。この一連のナラティブにより、パタゴニアは消費者や環境保護団体を巻き込み、世間から高く評価されることとなりました。

物語の力で企業価値を高める

ナラティブカンパニーは単なる物語を語る企業ではなく、その物語に関わるすべての人々を巻き込み、共創する企業です。この共創こそが企業の強力なブランド力を生み出し、マーケティングや広告、PR活動の枠を超えた影響力を持つのです。

2.「ナラティブ」と「ストーリー」の違い

物語が持つ魅力は誰しもが感じたことがあるでしょう。しかし、「ストーリー」と「ナラティブ」という言葉が指すものの違いをご存知でしょうか?一見似ているこの二つの言葉ですが、その背後には深い違いがあります。著者が提案する「演者」「時間」「舞台」の三つの観点から、その違いを探ってみましょう。

まず、「演者」について考えてみましょう。「ストーリー」において、演者とは企業やブランドそのものです。つまり、企業が主人公であり、消費者はただの「聴衆」に過ぎません。一方で、「ナラティブ」の演者は「生活者」、つまり私たち一人ひとりです。企業やブランドも登場人物の一員ではありますが、主役は常に生活者。生活者が物語を紡ぎ、その中に企業やブランドが存在するのです。

次に、「時間」について考察します。「ストーリー」には始まりと終わりがあります。企業のストーリーは過去形や現在完了形で語られ、完結した物語として存在します。しかし、「ナラティブ」には終わりがありません。常に現在進行形であり、未来への展開も含まれています。ナラティブは進化し続ける、途切れることのない物語です。

最後に、「舞台」に目を向けましょう。「ストーリー」の舞台は企業が属する業界や競合環境です。企業視点の物語であり、企業のメッセージが中心です。対照的に、「ナラティブ」の舞台は「社会全体」です。社会起点の物語であり、社会全体で共有される価値観や考え方が反映されます。企業はその中で一つの存在に過ぎず、社会全体の物語に寄り添う形で存在します。

このように、「ナラティブ」は従来の「ストーリー戦略」とは大きく異なります。「演者」「時間」「舞台」という三つの視点から見れば、その違いは明確です。ナラティブは私たち一人ひとりが主人公であり、終わりのない現在進行形の物語を、社会全体を舞台に展開していくのです。

3.未来を切り拓く「新たなナラティブ」の重要性

変化①「共体験」価値の高まり

あなたが最近感じた心温まるエピソードは何ですか?友人と一緒に映画を観たときの感動、一緒に困難を乗り越えた同僚との絆、それが「共体験」の価値です。パタゴニアは、この「共体験」を環境保全の活動を通じて創り出し、企業価値を高めています。彼らの活動に参加することで、人々はただ消費者ではなく、共に歩む仲間としての深いつながりを感じるのです。現代では、一過性の共感ではなく、持続的で深い結びつきを持つ共体験が求められています。これが、企業と消費者との関係を強化し、ブランド価値を飛躍的に高めるカギとなるのです。

変化②「社会的距離」の見極め

今、企業と顧客の関係はこれまで以上に密接です。SNSの普及により、企業は顧客と直接対話し、リアルタイムでフィードバックを得ることができます。この新たなコミュニケーション手段は、単に情報を発信するだけでなく、顧客との絆を深める手段としても機能しています。ここで重要なのは、「社会的距離」の見極めです。適切な距離感を保ちつつ、リアルとデジタルの両方を駆使して、より親密で信頼される関係を築くことが企業の成功に繋がるのです。

変化③「自分らしさ」が問われる

企業にとって、「自分らしさ」すなわち「オーセンティシティ」が今、強く求められています。オーセンティシティとは、企業の信念と行動が一致していることを意味します。環境保護を謳う企業がリサイクルを考えないのでは、信頼を失ってしまいます。逆に、自分たちの信念を行動で示す企業は、消費者からの信頼を得ることができます。信念と行動の一貫性を持ち続けることが、これからの企業の価値を高め、長期的な成功をもたらすのです。

これらの変化を理解し、適応することで、企業は新しい時代を切り拓くことができます。今こそ、共体験の価値を高め、社会的距離を見極め、自分らしさを追求することが求められています。これらを実践することで、企業は持続可能な成長を遂げ、真の信頼を築き上げることができるのです。

まとめ

ナラティブとは、物語やストーリーのことを指し、人々が経験や出来事を理解し、共有するための手段です。それは単なる事実の羅列ではなく、意味や感情を持った一連の出来事として構成されます。これにより、聞き手や読み手に深い影響を与え、共感や理解を促す力があるのです。日常生活から文学、政治、マーケティングに至るまで、ナラティブは重要な役割を果たしていると言えるでしょう。

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