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思考実験 科学が生まれるとき

榛葉 豊
慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。


1.思考実験の世界

人類が築き上げた知識の基盤は、ある特定の法則に支えられています。それでは、その法則はどのようにして確立されるのでしょうか?これこそが、私たちが本書『思考実験』で探求するテーマです。著者は、法則を確立する方法の代表格として「演繹法」と「帰納法」を挙げています。

まず、演繹法について考えてみましょう。演繹法は、最初に結論を定めず、根拠や事実に基づいて論理を展開し、最後に結論を導き出す手法です。これはいわば「推論」の一種であり、前提が「真」であれば、必ず「真」の結論に至るという特徴を持っています。しかし、この方法には一つのパラドックスが存在します。推論の過程で導き出される結論は、すでに前提に含まれているため、新しい情報が得られないのです。とはいえ、著者はこう述べています。「演繹法によって解や定理がわかっているからこそ、それを利用して具体的な実験ができるのであり、自然の予測や訓練ができるのです」。つまり、演繹法は前提から確実な結論を導くことで、法則づくりに不可欠な役割を果たしているのです。

一方、帰納法はどうでしょうか。帰納法は、複数の事例から共通する情報やルールを抽出し、普遍的な結論を導く手法です。具体的な観察事実を積み重ね、その中から一般的な法則を見出します。帰納法の最大の課題は、観察がどれだけ正確かによって結論の信頼性が左右される点です。著者はこの点についても触れ、「その代わりに帰納法は、世界についての新しい知識を私たちに与えてくれます。」と述べています。例えば、ある現象が繰り返し起こることを観察した場合、それが普遍的な法則であるかどうかを探る過程で、新たな発見が生まれることがあります。帰納法は、具体的な事例から普遍的な概念へと導く力を持っているのです。

2.判断力を磨く哲学の問い―トロッコ問題と功利主義の視点

私たちの日常生活には、瞬間瞬間で判断力が求められる場面が数多く存在します。些細な選択から人生を左右する決断まで、その判断力を磨くための思考実験があります。今回は、その代表例として「トロッコ問題」をご紹介しましょう。

トロッコ問題とは?

1967年に哲学者フィリッパ・ルース・フットが提唱した「トロッコ問題」は、人々の倫理観を鋭く問う、正解のない問いです。この問題は学術的な枠を超え、今なお世界中で議論されています。シンプルながらも深い問いかけが、多くの人々の心を揺さぶります。

シナリオはこうです。制御不能なトロッコが猛スピードで進み、その先には5人の作業員がいます。あなたの目の前には分岐ポイントがあり、レバーを引けばトロッコの進路を変え、5人は助かります。しかし、分岐した先には1人の作業員がいて、トロッコがその人を轢いてしまうのです。あなたは、5人を助けるために1人を犠牲にしますか?それとも、何もせずに5人が犠牲になるのを見過ごしますか?

功利主義の視点から考える

この問いに対する答えを考える上で参考になるのが、イギリスの哲学者ジェレミ・ベンサムが提唱した「功利主義」です。功利主義は、快楽を追求し苦痛を避けることを価値の原理とし、最大多数の最大幸福を目指す考え方です。この原理に基づけば、「より多くの人が助かる選択をすべきである」と結論づけることができます。

しかし、功利主義を適用するには状況や個人の違いを考慮する必要があります。例えば、5人の作業員と1人の作業員という構図が変わったらどうでしょうか?もしも1人の方がたまたまその場にいただけの無関係な人だったら、あるいは5人が10人だったら、判断は変わるのでしょうか?

現実の緊急医療現場との類似点

トロッコ問題と同様の倫理的ジレンマは、緊急医療現場のトリアージにも見られます。トリアージでは、患者の重症度に基づいて治療の優先順位を決めます。軽症の人は後回しにされ、重症でも助かる見込みがない場合は治療が行われないこともあります。また、限られた治療薬を1人に投与すれば確実に効果があるが、5人に分けると効果が薄くなる、といった場合もあります。このように、犠牲者の数や状況が変われば、本質的な判断基準も変わってくるのです。

トロッコ問題は、「どの選択が正しいか」という唯一の答えを求めるものではありません。むしろ、それぞれの立場や価値観、倫理観を深く考えさせるものです。この問題を通じて、私たちは自分自身の判断基準を見つめ直し、より深い理解を得ることができます。

3.決断のしかた

人生は選択の連続です。進学や就職、結婚、転職など、重要な岐路に立つたびに、私たちはどの道を進むべきか悩むもの。そんなときに、どのような意思決定をすれば最適な選択ができるのでしょうか?ここでは、著者が提唱する5つのステップをご紹介します。

  1. どんな状況か?

  2. 選択肢は何か?

  3. 何が起こるか?

  4. どれが幸せか?

  5. どれを選ぶか?

まずは自分の置かれている状況を的確に把握し、情報収集を行います。そして、考えうる選択肢をリストアップ。それぞれの選択がどのような結果をもたらすかをシミュレーションします。次に、その結果が自分にとってどれほどの「効用」—つまり満足度や幸福度—をもたらすかを測ります。最後に、これらを吟味し、意思決定理論に基づいて最適な選択を行うのです。

ここで注目したいのが「意思決定理論」の一つ、「ラプラス基準」です。「ラプラス基準」とは、すべての可能性が等しい確率で起こると仮定し、平均値で判断する方法。しかし、この方法だけでは限界があります。なぜなら、確率が非常に低い事象にも同じ重みを持たせてしまうからです。

そこで重要になるのが「期待効用最大原理」です。これは、観察や調査を通じて各状況の発生確率を求め、その確率に基づいた期待効用を最大化する考え方です。多くの試行ができる場合に特に有効で、個々の選択がもたらす満足度や幸福度を最大化するための理論です。

結局のところ、意思決定においては、起こりうること、その確率、そしてそれがもたらす満足度を考慮することで、最適な選択にたどり着けるのです。これらのステップを踏むことで、人生の重要な選択においても、自信を持って進むべき道を見つけられることでしょう。

まとめ

思考を巡らせることは、問題解決や創造性を高める上で重要です。自分の考えや信念を深く理解し、他者の視点も考慮することで、より良い意思決定ができます。また、新たなアイデアや解決策を見つけるためには、常に思考を刺激し続ける必要があります。

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