見出し画像

ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由

古屋星斗
1986年岐阜県生まれ。リクルートワークス研究所主任研究員、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。


1.ゆるい職場の真実:働きやすさと不安の狭間で揺れる若者たち

「ゆるい職場」と聞くと、多くの人は理想的な職場環境を思い浮かべるでしょう。労働時間が短く、居心地が良く、ストレスフリーな環境。そんな職場があるならば、働きたいと願うのは自然なことです。実際、大手企業の新卒正規社員(入社1〜3年目)を対象に行われた調査によれば、労働時間は1999~2004年卒の週49.6時間から、2019-2021年卒では週44.4時間へと大幅に減少しています。

労働の負荷感についても、①量不可(労働時間が長い、仕事の量が多いと感じる)、②質負荷(業務が難しい、新しく覚えることが多いと感じる)、③関係負荷(人間関係のストレス、上司・先輩の指導が厳しいと感じる)の3つの分類で調査された結果、いずれも入社を追うごとに低下していることが明らかになっています。特に「量不可」と「関係負荷」が大きく低下し、2019-2021年卒の25.2%が、一度も上司から「叱責」されたことがないと回答しています。

さらに、「休みがとりやすい」という質問に対して「あてはまる」と回答した割合も、1999-2004年卒の38.0%から、2019-2021年卒の61.3%へと向上しており、現代の新入社員は、仕事の負荷が低く、風通しの良い職場環境を実感しているようです。

しかし、こんなにも理想的な職場環境にもかかわらず、若者たちはなぜか会社を辞めてしまいます。その理由を探ると、意外な原因が浮かび上がります。それは、ゆるい職場そのものが抱える「不安」です。職場がゆるくて働きやすい一方で、「自分は他の会社や部署で通用しなくなるのではないか」「成長に時間がかかるのではないか」という不安を感じる若者が増えているのです。

企業や上司にとって、これはこれまで直面したことのない新たな課題です。働きやすさを追求するあまり、若者たちが感じる「キャリアの不安」をどう解消するか。これからの企業は、ただゆるい職場環境を提供するだけではなく、成長と安心を両立させる新しいアプローチが求められています。ゆるい職場の真実は、働きやすさの裏に潜む不安と、それにどう向き合うかという難題を私たちに投げかけているのです。

2.仕事が「ゆるくて辞める」時代へ ー 若手社会人の新しい価値観

かつて、仕事の過酷さに耐えかねて辞めるという話はよく耳にしましたが、今や「仕事がゆるくて辞める」という新しい時代が到来しています。これは単なる職場環境の変化だけではなく、若者たち自身の価値観や経験の変化を反映した現象です。

現代の若手社会人は、前の世代と比べて豊富な「入社前の社会的経験」を持っています。中学・高校時代に複数の職場を見学したり、社会人の話を聞いたりする経験から、大学・大学院での長期インターンシップや社会人と連携した研究活動まで、多様な社会的経験を積んでいます。例えば、1999-2004年卒業生の中で「4回以上の社会的経験がある」と答えた人はわずか5.4%でしたが、2019-2021年卒業生ではその割合が11.5%にまで増加しています。

こうした豊富な社会的経験を持つ若手社員は、自分のキャリアに対する視野が広がり、自社に対する満足感も高い傾向にあります。しかし、満足感が高いにもかかわらず、なぜ彼らは入社後に辞めてしまうのでしょうか?

実は、この満足感の裏には「不安感」も潜んでいます。「社会的経験が多数ある」と答えた若手の41.9%が「不安だ」と感じており、「全く経験がない」グループの26.2%と比べても高い割合です。さらに、社会的経験が多い層ほど離職率も高いことが分かっています。つまり、自社に高い期待を抱いて入社した前向きな新入社員が、必ずしも定着しないのです。

これらの結果から見えてくるのは、現代の新入社員と企業の関係には新しい育成メソッドが必要だということです。若手社員の豊富な経験と高い期待をうまく活かしつつ、不安感を軽減し、彼らが長期的に活躍できる環境を整えることが求められています。

仕事が「きつい」から辞める時代から、「ゆるい」から辞める時代へ。そして、新しい価値観とともに働く若者たちに対応するために、企業側も柔軟なアプローチが求められるのです。若手社員の声に耳を傾け、彼らのニーズに応えることで、未来の企業文化を築いていく必要があります。

3.現代の新入社員と企業の新たな関係構築法

新入社員がなかなか定着しない――この問題に悩む企業は少なくありません。しかし、一体どうすれば新入社員が企業に根付き、成長してくれるのでしょうか?この問題を解決するための革新的なアプローチが、いま注目を集めています。その解決策は、2つのポイントに集約されます。

① 質負荷を高めながら関係負荷を減らす方法

通常、仕事の質を高めようとすると、人間関係の負荷も増加しがちです。しかし、それをどう切り離すかが鍵となります。その答えの一つが「横の関係で育てる」というアプローチです。これは、若手社員のみのチームを編成し、成果が可視化しやすい特定の業務を任せるというものです。例えば、「新入社員だけがスタッフを務める研修店舗」を設けることです。

研修目的の店舗とはいえ、一般の店舗と同様にお客さんが訪れます。ここには「上下関係」も「先任者」も存在しないため、新入社員自身が考え、行動するしかありません。「どうすれば売上が上がるか?」「クレームにどう対応すればいいか?」といった課題に対して、若手社員は自ら解決策を見つけなければなりません。

この方法を導入した外食チェーン店では、驚くべきことに離職率が急激に下がりました。この「横の関係で育てる」手法は、自由と責任が求められるため、「関係負荷なく質負荷が高い」育成環境を実現できるのです。

② 自律的な若手の離職率をどう下げるか

自律的な姿勢を持つ若手ほど離職率が高い――これは意外かもしれませんが、多くの企業が直面する現実です。この問題の解決策として、「職場の外を使う」というアプローチがあります。

これは、若手が会社の外で得た経験を自社に還元できるような環境を整えることです。例えば、副業や勉強会などで培ったスキルや知識を会社で活かす機会を提供するのです。こうすることで、若手社員は「自社での仕事」と「外側の世界」とを行き来しながら、その経験を自社に還元し、好循環を生み出せます。

具体例として、ある電機メーカーの女性SNSマーケターが、副業で中小企業の新規ブランド立ち上げに参加し、大きな成果を挙げました。その後、その経験を社内でアピールし、新規ブランドチームに抜擢されました。このように、自社の仕事と外部の経験を結びつけることで、若手社員にとっても企業にとっても大きなメリットが生まれるのです。

新しい時代の働き方を創造する

現代の新入社員と企業の関係を再定義するこれらのアプローチは、若手社員が自らの能力を最大限に発揮し、企業にとっても有益な存在となるための道筋を示しています。質負荷を高めつつ関係負荷を減らし、外部での経験を活用することで、若手社員の定着率は確実に向上するでしょう。

まとめ

一般的に、若手がやめてしまう職場の主な原因は、適切な指導やサポートが不足していること、長時間労働や過度なストレスがあること、成長やキャリアの見通しが感じられないことが挙げられます。これらの問題が積み重なると、若手社員はモチベーションを失い、より良い環境を求めて離職する傾向があるからです。この現象は職場がきつくても、ゆるくても起こるものであることから、適切なトレーニングやメンター制度の導入、働き方の見直し、キャリアパスの明確化が不可欠となるでしょう。若い人材を引き留めるためには、彼らの声に耳を傾け、積極的な改善策を講じることが重要です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?