(詩) 「荒野にて」




五月はその顔に覆いをかけて
ひとつの気配を残して去った
足元に酸が撒かれている

それは
われわれから見るべきものを隠す
重い倦怠 体に鈍い鉛が入り込む
疲労がゆらぐ
陽炎 かげろうのように

水が堰の手前で留まって
ちいさな渦をつくっている
水が進路を決めかねている

例えば 時に
鴉と鳩の見分けがつかない
彼等の影と輪郭が滲む
何処へ行くべきか
何を避けるべきか
酸はじわじわ蒸発し
大気が酢のように変色し始める

この地上に
調和とは 永続しないのか
土すら空の下で
うずくまっている
流された血を吸い
埋められた屍を包みながら

川沿いに生命を呼吸する樹木は
この時緑を透明に純化していた
瓶底のような梅雨の夕刻でさえ
風をふるわせて
葉が繊細な調べを響かせている

樹の形態はただ美しい
樹は調和を失くさない
樹の内部に
環となって刻まれた時間

季節は今 空気の圧力で
人を沈黙させる
その不快は日常に紛れるが
執拗に反復していく
またここで言葉が煙になる
ならば体を売るように
私も瞳を閉じようか

何時か写真でみた 突然子を殺された
パレスチナの婦人の 大きく見開いた瞳が
私を覗き込んで 矢のように刺した

アラブの人々は静かに季節風 ハムシーンをやり過ごすと
また決意して荷物を畳み砂漠を流浪していく

知恵は何処にあるのか
取るべき書物とは何か

ともすると流砂に霞む
手元の羅針盤を磨いている

風の行く道に
荒野で瞳を凝らしている