見出し画像

「千と千尋の神隠し」の本当のメッセージ②

※この記事は、映画「千と千尋の神隠し」を視聴した方を対象としています。内容には大いにネタバレが含まれますので、ご了承ください。

千尋が迷い込んだのは「大人の世界」

トンネルの先で、千尋は不思議な世界に迷い込みます。
そこで、頼れるはずの両親が豚に変身してしまい、彼女自身の存在すら消えかける大ピンチを迎えます。
しかし、偶然出会った少年ハクの超優秀なサポートにより、油屋というお風呂屋さんで働くことができ、一命を取り留めます。

次々と出現する異形の存在たち
黒い影として油屋へ移動する者たち
当たり前のように魔法を使う者たち...
これらは現実から離れた不思議な世界へと引き込まれる要素ですが、この不思議な世界で描かれる要素は、一体何を意味しているのでしょう?

おいでおいで

この映画は、宮崎駿監督が子供向けに制作した物語であり、その点を理解すれば、その意味が見えてきます。
大人が子供に物語を作るとき、何を考えるでしょうか?
子供が楽しめるようにすることはもちろん、広く知られ、長く語られる物語であれ、一人の親が自分の子供に向ける物語であれ、そこには「現実の模擬訓練」の要素が含まれることが多いのです。

例えば、「桃太郎」の物語では、子供は架空の話を楽しみながら、大きな目的を達成するには協力者が必要である、また、協力を得るためには報酬を提供する必要があるといった、現実でも使える教訓を自然と理解します。

また、大人が「あそこにはお化けが出るぞ」と子供をおどかすときは、実際には危険な場所や不審な人物から子供を守るために、子供が理解しやすい恐怖のイメージ、つまりお化けや妖怪を利用したりしています。

「千と千尋の神隠し」の中の不思議な世界も、そうした意図を持って描かれたのではないでしょうか。
現在の子供たちも、成長とともに必ず大人の世界へと進むことになります。そのような子供たちに対して、映画は大人の世界の模擬体験の場としての役割を果たすと考えるのが自然なのかもしれません。

その視点で見れば、「千と千尋の神隠し」の世界は大人の世界を風刺しているとも言えますね。子供である千尋の視点から見れば、両親が夜の世界で欲望のままに食べ物を貪る様はまるで見苦しい豚のように映ったのかもしれません。
また、ふにゃふにゃと輪郭のおぼつかない黒い影たちは、夜の飲み屋街を酔っ払ってさまよう大人たちを象徴しているとも解釈できます。

烏帽子をかぶっていかにも偉そう

さらに、油屋を訪れる客は神様とされています。
そう「お客様は神様です」
――この言葉は、歌手である三波春夫さんが人前で歌うときの心構えを表したものですが、本来の意味とは違う方向で解釈され、客が「お客は神様だろ!」と高慢な態度で店員に接するときに使われてしまったりして問題視されることもありました。
油屋へ来る客が神様とされているのは、その言葉をそのまま絵にした形で子供たちに伝えているのかもしれません。

映画「千と千尋の神隠し」が公開された2001年当時、日本経済はバブル崩壊から10年が経過し、いわゆる就職氷河期の真っ只中でした。
また、2000年にはマクドナルドのハンバーガーが65円まで値下げされるなど、デフレ(物価の下落)が激しかった時代でもあります。
物の価格が下がるということは、物や労働の価値が下がり、相対的に金の価値が上がるということです。
さらに、「ブラック企業」という言葉がまだインターネットの片隅で使われ始めたような時期でもあり、パワハラやモラハラ、過労死に至るサービス残業がまだ社会問題として本格的に取り組まれていなかった時期でもありました。
経営者や上司の力が強く、下位の労働者は奴隷契約をさせられているような状況も多々見受けられました。

これらの要素が「千と千尋の神隠し」の世界と重なりますね。
店側は、価値の高いお金を支払う客を、まさに神様のように扱い、風俗店のようにお客様が気持ちよくなって満足して帰るように努めています。
(「風呂屋」というのがまた大人だけが分かるような皮肉が利いていますね(笑))
働く者たちは、奴隷支配ギリギリの契約をさせられこき使われています。そして何より、みんなの顔が大きい。
そう、でかいツラなんです。
上役になるほど顔が大きくなって、経営者の湯婆婆ともなると、顔だけで千尋の背丈ほどありそうなほどです。
これは、役職で自分が偉いと勘違いし横柄な態度を取る人たちを、文字通り大きな顔で描いて皮肉っているのかもしれません。

身も心もツラがでかい

千尋はまだ子供ですが、いずれは成長して大人の世界へ飛び込まなければなりません。
クレーマーな客、高圧的な上司、碌に賃金を支払わずに労働者をこき使う経営者…。
しかし働かないでいれば、社会では人間扱いすらされません。当時の子供たちは、将来迎えるそんな大人の世界に対して、少なからず恐怖を感じていたのではないでしょうか。
この映画が大ヒットしたのは、そんな当時の世相の影響もあったのでしょう。
ファンタジー世界を通し、大人の世界に立ち向かう千尋に、当時の子供たちは自分を重ねて、きっと勇気を貰ったことでしょう。

次回、「海原電車の意味するもの」

へ続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?