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【小説】晴れた日の月曜日なんだけど 第2話

 主人公の絵美子さんは火曜日、区役所の福祉課に出勤した。高齢者に安否確認の電話を入れ、時々話し相手にもなるこの仕事は絵美子さんが好きな仕事だった。おじいさん、おばあさんたちの自宅を巡回する見回り班と連携して電話連絡をこなしていく。


2.私たちは近くにいるから


 次の日の火曜日、絵美子さんは区役所に向かった。
 住民票を取りにいくのではない。仕事のためだ。
 玄関を入って、通路の奥にあるエレベーターで3階に昇ると、さらに奥に向かって廊下を歩き、福祉課の大きな部屋に入った。部屋の出入口から遠い窓側にパーティションで囲われた一角があった。

 パーティションの隙間から中に入った。
「おはようございます」
 中には、4つの机が中央にまとめられて、すでに3人が座っていた。
「おはようございます」
と3人が一斉に応えてくれた。
 スーツ姿の女性が立ち上がり
「絵美子さん。私の隣が空いているので、ここに座ってくださいね」
と声をかけて、そのままパーティションの外に出て行った。
 そして、戻ってくると
「課長を呼びました。すぐに来ると思いますので、このまま待っていてください」
と言って、席に戻った。
 課長も、ほどなくパーティションの中に入ってきた。
「おはようございます。福祉課長の小林です」
「おはようございます」
「今日は、ここにいる4人一組で電話の作業をしてもらいます。今日の電話班リーダーは主任の加藤さんです」
 さっき課長を呼びにいったスーツ姿の女性が座ったままお辞儀をした。
「そして、お手伝いいただくのが、鈴木さん、田中さん、そして竹本さんです」
 呼ばれた順番に会釈した。
 あいさつが終わると課長が
「みなさん、一度は顔をあわせていますよね」
 主任が
「絵美子さんは最近加わったばかりで、お二人とは初めてでしたよね?」
「はい。竹本絵美子といいます。いつも下の名前で呼ばれていますので、絵美子と呼んでください」
 二人とそれぞれ顔をあわせて、あらためて会釈した。
 課長が
「それではこれが今日の対応先のリストです」
 4人にステープラーで留められたA4用紙が配られた。
「1ページ目の先頭に自分の名前を書いてください」
 絵美子さんは机にあったボールペンを取って、言われた通りA4用紙1ページ目の先頭に『竹本絵美子』と書いた。
 他の3人も同じように名前を記入した。
「2ページ目から、今日電話していただく高齢者のお名前、性別、年齢、電話番号そして住所になっています」
 主任以外の3人はうなずいた。
「リストは3つのグループに分かれています。最初が『安否確認』していただく25名。その次が『おしゃべり会話』を希望されている10名。そして最後は参考として載せたのですが、見回り班が自宅に向かうことになっている高齢者25名です。見回りは5班に分かれて、それぞれの班が午前に2名、午後に3名を回る予定です。すでに出発してお昼に一旦帰ってくることになっていますが、いつも遅れて戻ってきます。午前中に回った先の情報共有は午後の作業が始まる前にお伝えします。電話班の分担は主任にお任せしていいですか?」
「はい。安否確認の電話は私と絵美子さん。おしゃべり会話は鈴木さんと田中さんでお願いします。安否確認の電話も相手によって時間がかかってしまいます。時間のメドはわかりません。安否確認、おしゃべり会話、どちらであっても早く終わったら、他の人の担当分も手伝ってください」
「はい」
 課長がまた話し始めた。
「それと、席を外すときはこのリストを主任に預けてください。そして、主任が席を離れる時は書類ボックスに入れて鍵をかけておくように。メモ用紙として、リストの後に白紙を10枚追加しています。必ずそこに書き込んでください。ご自身のメモは使わないように……。というか、個人のノートやメモ類、スマホ、携帯は机の上に置かないことになっているのですが、大丈夫ですよね」
「はい」
「いつもと同じ説明をしてしまいました。みなさんにとってわかりきった内容とは思うのですが、毎日注意点を話さなければいけないことになっていますので……。それではよろしくお願いします」
 話し終わると課長はパーティションの外に出て行った。

 主任は絵美子さんに
「安否確認は、まず私が1本かけてみます。絵美子さんはそれを聞いていてください。かけ終わったら、会話内容を二人で確認しましょう。その後で連絡先のリストを分担しましょう」
「はい」

 主任の加藤さんは受話器を取って、リストの先頭にある電話番号を押した。
 絵美子さんも自分の前にある受話器を取って、受話器の口元部分をカバーしながら、スピーカー部分に耳をあてて会話を聞いた。

「もしもし」
「あー。…。もしもし」
「吉田さんのおじいちゃんですか?」
「あー。はいはい」
「区の福祉課の加藤です」
「あー。加藤さんか」
「ごぶさたしています」
「そうだね。ごぶさたしています。どれくらいぶりかね」
「私は1か月ぶりだと思います」
「そんなになるか」
「でも、福祉課からは別のメンバーが電話していますので、こちらから電話するのは1週間ぶりだと思うのですが」
「うん。そのくらいだと思う。だれだったかな。先週も電話してくれたからね」
「覚えていてもらえましたか」
「あー。まだ、そんなに耄碌もうろくしとらん」
「よかった。お元気ですよね」
「あー」

「お食事は摂れていますか?」
「あー。おたくのサービスで昼食と夕食を持ってきてくれるので、助かっている」
「ちゃんと残さず食べていますか?」
「あー。食べてる。だけど、夕食はごはんを残したなあー。夕食は量が多いんだよ」
「そうですか。おかずが多いのですか? ごはんが多いのですか?」
「そうだな。ごはんを少し減らしてもらうと、ちょうどいいかもしれん」
「それでは、夕食のごはんを少し減らすように手配しますね」
「ありがとう」

「他に困ったことはありませんか?」
「あー。今のところは他にはないかな」
「そうですか、何かあったら連絡してくださいね」
「あー、次に電話してもらえるのはいつ頃になるのかな?」
「そうですね。1週間後の同じ曜日、火曜日になると思います」
「また、あんたから電話をもらえるといいのだが。親切だから」
「ありがとうございます。でも、当番制なので、誰が電話するかはわからないんです。ごめんなさいね」
「あー。いいよ。いいよ」
「それでは失礼します」
「はい。失礼します」

 主任の加藤さんはリストの後ろにあるメモに箇条書きで要点を書きながら話していた。電話が終わった後に会話のポイントを整理することになっているのだが、加藤さんのメモはそのまま記録として残すことができるほどきれいにできあがっていた。

 さて、お弁当の変更を依頼しなければならない。夕食の弁当のごはんの量を減らさなければならないのだ。すぐに変更を依頼すれば今日の夕食からごはんを少なくできる。
「絵美子さん、パソコンのお弁当業者のページを開いてもらえますか」
「はい」
 パソコンのデスクトップにたくさん表示されている中から、お弁当業者と書かれているブックマークをクリックした。
「A4用紙のリストの最後に業者一覧があって、そのなかにお弁当業者があります。複数の業者が載っていますが、一番上の業者のところにある6桁の番号を、画面の業者コード欄に入力してください」
「はい」
「業者のホームページが表示されると思います。区の福祉課向けのページであることを確認してください」
「はい」
『〇〇区福祉課様』とヘッダーに表示されていた。
「今度は検索の欄に今電話した吉田のおじいさんの電話番号を入力して検索ボタンを押してください」
 A4用紙のリストにある吉田さんの電話番号を入力して『検索』ボタンをクリックした。
「あっ。出てきました。吉田さんが言っていたように、毎日、昼食と夕食を配達しているようですね」
「ええ。その『夕食』の文字をクリックしてください」
「はい。……。項目の中に『ごはん』があります。でも、ごはんの量が『一番多い』になってますよ」
 5段階のうち、一番右側にチェックマークがついていた。
「そうか。誰かが変えちゃったのかしら。もしかしたら、これまでの電話連絡でごはんが少ないって言われたのかもしれないわね。そうだとしても、いきなり『一番多い』にチェックするのはちょっとどうかしら」
「2番目の『多い』にしておきますか?」
「いえ。『普通』に戻しておきましょう。2番目の『多い』も高齢者には大変な量になると思いますから」
「画面の『更新』をクリックして終わりですか?」
「ええ。ごはんの量を変更したことは私のメモに追加しておきますね」

「電話の内容を文章として記録するシステムがあれば便利なのに……。メンバー間で共有できればこれまでの経緯も簡単に検索できるし……」
「いまのお弁当屋さんへ連絡する仕組みもやっとできたところなの。電話対応のシステムは優先順位が低いと言われて後回しにされたの」
「どちらかというと、最初に記録を共有する仕組みを作って、そこから業者の人への連絡網を作るのがいいと思ったのですが」
「そうか。そういう考え方もあるわね。次の予算の時に提案してみるわ」
「いつごろになるのですか?」
「来年の春かしら」
「そうですか。まだまだ先ですね」

「それまではメモを束ねていくしかないのよね」
「メモが紛失しないかが心配ですよね」
「それは大丈夫。保管場所があって、厳重に管理しているから。パーティションの外に持ち出さないようにというルールにしてあるの」
「でも検索できないですよね。吉田さんのお弁当のことも、どのような経緯でごはんが多くなっていたのか。これではすぐにはわかりませんし」
「そうよね。たしかに。改善点はいろいろありそうね。システムを早めに作れないか課長に相談してみます」
 主任の加藤さんはすぐに動いてくれそうに思えたけど、課長やその上の人たちが動いてくれるかは、よくわからなかった。

「それじゃ。絵美子さん。リストの次の人から電話を願いします」
「山本さん……、ですね」
「そうですね。もの静かなおばあさんですよ」
 リストに載っている電話番号にかけた。

 プルルルー。プルルルー。……

 つながらない。
 主任の加藤さんが次の電話をかけようとしていた。主任が電話で手が離せなくなる前に相談しておいたほうがいいかもしれない。
「あのー、山本さんが電話に出ないのですが」
「少し耳が遠いので、呼び出しを続けてもらえますか」
 主任は自分で電話するのをやめて、絵美子さんの電話がつながるのを待つことにした。椅子に座ったまま絵美子さんの方に向いた。
 30回呼び出し音が鳴ったがつながらなかった。
 絵美子さんが
「一旦、切りましょうか?」
「ちょっと、そのままにしていて」
 加藤さんは念のためと思って正面に向き直し受話器を取って電話をかけた。山本さんの番号だ。
 通話中のプープー音がなった。
 電話番号を間違えてかけて、誰かの留守宅を呼び出している可能性は低くなった。
 加藤さんから
「一回切って、もう一度電話番号をかけ直してください」
と指示があった。
 絵美子さんは右手の人差し指で電話機のフックを押さえた。受話器から音がしなくなったのを確認してから、フックから指を離した。
「『再ダイヤル』ボタンではなくて、電話番号を押し直してくださいね」
 そうか、『再ダイヤル』ボタンだと電話機が記憶した番号にかけ直してしまうので、もし間違っていたら、その間違った番号を繰り返し呼び出してしまうことになる。リストの電話番号欄を見ながら、電話番号を押し直した。
 そして呼び出し音が鳴り始めた。加藤さんももう一度、その電話番号にかけ直した。加藤さんがかけた電話はやはり、話し中だった。

 山本のおばあさんは電話を取ってくれない。
 また30回、呼び出し音が続いた。
「加藤さん、どうしましょうか」
「見回り班に、山本さんの自宅に寄ってもらえないか聞いてみます。山本さんが電話に出たら、会話を続けて、できるだけ引き伸ばしてくださいね」
 加藤さんは、警察の逆探知のような指示をしてから、パーティションの外に出ていった。
 呼び出し音はずっと続いていた。
 加藤さんが課長を連れて戻ってきた。
 その課長は携帯でだれかと話している。
 絵美子さんは加藤さんに
「まだ、つながりません」
「そのまま続けて」
 課長が
「見回りのために出ているB班が山本さんの自宅に一番近いので、向かってもらっています。絵美子さんは山本さんが電話に出るまで続けてください」

 何十分も呼び出し音が続いているように感じた。
 課長は折り畳み椅子をパーティションの中に持ってきて、絵美子さんの隣に座った。電話でB班との連絡を続けていた。
「着いた? どう?」
「……」
「そう。部屋の中から電話の呼び出し音が聞こえているそうです。ドアに鍵はかかっている? そう。開かないのね。それじゃ、ドアをたたいてみて」
 課長はB班からの報告をいちいち復唱しながら携帯と会話した。絵美子さんたちにも様子を伝えようとしているようだった。
 課長はしばらくだまっていたが
「ドアが開いて、山本さんが出てきたそうです。眠たそうな顔をしているようです。大丈夫かな?」
と電話班に伝えてから、また携帯電話に向かって
「中に入っていいかを山本さんに承諾してもらえるかな。山本さんに付いていって部屋に入って、山本さんには電話を取って会話するように促してください。その様子も把握しておいて」
 10秒もしないうちに電話がつながった。
「もしもし、山本です」
「山本さんですか。区の福祉課の竹本絵美子といいます。あー、電話がつながってよかった」
「あら、福祉課の人だったら、家に来てますよ」
「ええ。今日は安否確認のお電話の日なのですが、なかなか電話に出てもらえなかったので、見回り班に山本さんの自宅に向かってもらったんです。具合はいかがですか?」
「あら、そう。あっ。そうそう。今日は電話の日でしたね。覚えてますよ。電話が鳴る前にトイレに行っておこうと思って。座ったらなんか眠くなっちゃって。ごめんなさいね」
「いえ。いいですよ。こちらは何の問題もありません。見回り班はできるだけ近くにいて駆け付けられるように準備していますから。何かあったらこちらの福祉課の電話にかけていただければご相談に乗ることができると思いますよ」
「竹本さんでしたっけ。絵美子さんでしたっけ。名前のほうが言いやすいわ。絵美子さん、どうもありがとう。それじゃ、電話番号も覚えておきますね。来ていただいた福祉課の方が電話に出たいようですけどいいですか? その方に代わりますので」
 一瞬、静かになり
「高橋です」
と聞こえたところで課長が電話を代わってくれと右手を出してきたので、受話器を渡した。
「あー。高橋くん。ご苦労さん。どう。どんな様子だったの? うん、うん。病院に連れていくの? あっ、そう。いや、救急車を呼んだほうがいいんじゃないかな。大丈夫? そう」
 課長が受話器を置いて電話を切った。
「山本さんはトイレで寝ちゃったみたいで、電話に気がつかなかったらしい。B班が到着してドアをたたいて、それで気がついたようです」
 主任の加藤さんが
「病院に連れていくとか、救急車を呼んだ方がいいと言っていたようですが」
「いや。念のためです。救急車で連れていってもらったほうがいいんだけどな」
「そうですか」
「この件はB班にまかせますので、他の人への電話を続けてください」
 課長は折り畳み椅子を持ってパーティションの外に出ていった。

『おしゃべり会話』を担当している鈴木さんが主任に
「加藤さん。今日のおしゃべり会話は中止して、安否確認に変更したほうがいいのではないですか?」
 おしゃべり会話は安否確認にプラスして、日常的で差し障りのない話しをのんびりと続ける電話対応のことで、このサービスを希望する高齢者が多かった。通常1時間。安否確認の何倍もの時間がかかるので希望者全員には応じきれなかった。
「そうですね。鈴木さんと田中さんはおしゃべり会話の相手にも安否確認の内容だけで会話を切り上げてください。相手にはていねいにお詫びしてくださいね。それが終わったら私と絵美子さんの安否確認の電話の残りも手伝ってください」
 主任の加藤さんは安否確認の次の電話番号をかけはじめ、絵美子さんも山本のおばあさんの次の電話に移った。それ以降はみんなすぐに電話を取ってくれて、順調に進んだ。


 11時半を過ぎた頃に、主任の加藤さんが
「みなさん。午前の電話はこれで終わりにして、食事にいきませんか?」
「いいんですか」
「今日は大変な案件から始まったから。早めに気分転換しましょうよ」
「といっても、職員食堂ですよね」
「ごめんなさい。この時間は外のレストランはどこも混みはじめていますからね」
「いいですよ。ここの職員食堂は雰囲気がいいから」
 4人は最上階の7階にある職員食堂に向かった。
「間に合った。まだ、行列にはなっていなかった」
「そうよね。お昼の12時を過ぎると食堂の外まで列ができて、20分は待たされちゃうからね」

 トレイに好きなものを選んでレジで支払うカフェテリア方式だ。4人は一番奥の窓側のテーブルに陣取った。
 絵美子さんは
「この職員食堂は眺めがいいですね。お庭が見えて」
「7階建てで周りの建物のほうが高くて囲まれているのだけど、中庭になっている庭園を眺められるのはいいわよね」
「絵美子さんはこの食堂は初めてなの?」
「ええ。初めてです」
「だれでも入れるから、担当ではない日でも利用できるわよ。それに安いし」
「区から補助が出ているのですよね。確か……」
 主任の加藤さんが
「ええ、区が半額は払っているはずなのだけど」
「補助があってもこの値段なんですか。もう少し、安くしてほしいな」
「そうじゃなければ、品質を上げてほしいわよね」
「もっといいものを食べたいときは、外のレストランに行っちゃうけどな。時間に余裕があればだけど」

 田中さんが
「そういえば、さっきの山本のおばあさんは、その後、どうなったんですか?」
 主任の加藤さんが
「あまり詳しくはわからないのだけど、結局、救急車で病院に連れていったそうよ。寝込んでしまっただけかもしれないけど、どこか悪いところがあって寝てしまったかもしれないし。職員だけでは判断はむずかしいから、お医者さんに連れていったほうがいい、ということになったそうよ」
「そうか」
 絵美子さんは
「山本さんの電話は呼び出し音が長い間続いたのですが、留守録にすぐ切り替わってしまうところもありますよね。その時はどうするのですか」
 主任に代わって鈴木さんが応えた。
「ちょっとあいだを開けて、かけ直すことを何回か繰り返すの。自宅にいる時間を教えてもらっていて、その時間にかけているのだけど」
 田中さんが
「うっかり、買い物に出かけたっていうおじいさんもいたわよ。ちゃんと家に居てよって怒りたくなっちゃったけど。時間をあけてかけたらそのおじいちゃんが電話に出て、区の福祉課ですって言ったら、電話の日だったことを思い出したみたいで必死に謝り始めるし。気持ちとは反対に『こちらは大丈夫ですよ。気にしていませんからね』って言ってなだめるのよ。本当に怒ったらこのサービスの意味が無くなるから、しょうがないのだけどね。まあ、電話をかける相手に基本的に悪い人はいないので、会話を始めると自分の怒りも収まってくるからいいのだけど。この仕事も大変よね」
 鈴木さんが
「約束の時間に家でじっとしてなくてすいませんでしたっていう電話が折り返しでかかってくることもあるのよね。その時は家の中で倒れたりしていなくてよかったと思うのだけど、そのおばあさんは『これに懲りずにまた電話してください』って。嫌われて電話がかかってこなくなることを心配しているのよ。そんな感じよね」
 主任の加藤さんが
「相手が折り返してきたときのために、回線を1本分、余分に確保してあるのだけど、4人とも電話で手を離せないことがあって、課長が走って取りにきたこともあるわよね」
 絵美子さんが
「パーティションのすぐ近くの人が取りに入ってきてくれてもいいのに」
「だめなのよ。パーティションに入っていいのは、その日電話対応する4人と課長だけというルールになってるの」

 絵美子さんが主任の加藤さんの方を向いて
「そういえば吉田のおじいちゃんは夕食のお弁当のごはんが多くて食べきれないって言っていましたよね」
 田中さんが
「吉田のおじいちゃん? もしかしたら、先週、私がかけた電話の時かな。ごはんが少ないって言うから、すぐ業者のページを見たんです。『少し多い』になっていたので、『ごはんを多めに盛っていますけれど、もっと食べたいのですか?』って聞いて、そうだというから『一番多い』に変更したんです」
 鈴木さんが
「吉田のおじいちゃんだったら、1か月前にもごはんを多めにしてくれって。私が『少し多い』にしました。ごはんを少なめにという人が多いのに珍しいなと思って『本当に食べられますか?』って確認しても大丈夫だから増やしてくれって。その時はちょっとあやしいと感じて『残しておいて翌日に食べるなんてことはしないでくださいね。食べ物が痛んだりしたら、それを食べておなかを壊すことがありますから』っていう説明はしたんですけど」

 主任の加藤さんは
「やはり、ごはんの分量を『普通』に戻して正解だったかも。次回の電話で食べきれる量にしておいてくださいねってもう一度言っておいた方がいいかもね。田中さんも鈴木さんもその時のことをメモに書いておいてもらいましたよね」
「ええ。詳しく書き込んでおきました」
「私も。ごはんを翌日分に残すための希望かもしれないので、『要注意』って赤のボールペンで書いておいたと思います」

 絵美子さんが主任の加藤さんに
「やっぱり、記録のためのシステムを作ってもらったほうがいいんじゃないですか」
「そうそう。システムを作ってもらったほうがいいと思いますよ。それだと、会話している間に打ち込みもできますし、電話が終わったあとで、多少修正するぐらいで記録が完了できます。紙への書き込みだと清書するのに時間がかかるから……」
「私もそう思います。検索できれば、過去のやりとりを確認しながら話しができるので便利だと思いますよ。いまだに紙に書き込んでるって時代遅れだと思うのですが」
「早めに作ってもらえないか課長に相談してみましょう」

 12時近くになり、食堂の入口には外まで列ができはじめていた。入った時にはほとんど人がいなかった絵美子さんたちのテーブルの周りにもだんだん人が近づくように座ってきたので、4人はおしゃべりをストップして、席を立った。
 結局、食事の間も仕事の話しになってしまった。それぞれの趣味や娯楽の話しで盛り上がればいいかなと思ったのだけれど、やはり、言いたいことは電話の話しだった。それぞれが思っていたことを吐き出したので、気持ち的には楽になった気がしたのだけれど。


 (晴れた日の月曜日なんだけど 第2話 終わり)


 

※念のための注意点です

これはフィクションです。
登場人物や企業、団体などは架空のものです。
また、この小説の中に出てくるルールやサービスも私の想像にすぎません。
同じような名前や社名、団体名、グループ名、規則などが存在したとしても
この小説とは何の関係もありません。
ご了承ください。

(和泉佑里)

 

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