岸井ゆきの×内山拓也 丸裸になったわたしが『若き見知らぬ者たち』で見つけたもの(前編)
映画『若き見知らぬ者たち』で、磯村勇斗演じる主人公・彩人の恋人の日向役として、俳優・岸井ゆきのが切りひらいた真骨頂。前編では、ひたすらに己と向き合いつづけた撮影期間について、監督・内山拓也と語り合います。
目を背けてきたものを、日向の中に見つけた
(岸井ゆきの 以下、岸井)
『若き見知らぬ者たち』の日向を演じるにあたり、役作りのための作業や話し合いみたいなものはなかったですよね。
(内山拓也 以下、内山)
はい。どういうことを目指し、そういったことを何故しないのか、ということを伝えにいきましたね。
岸井
脚本を読んでも疑問や質問がない。この役は自分と全然違うな、とか、なんでこの状況でこうしてしまうんだろうとか、そんな風に感じることもなかった。それは、本当に完成された脚本だったことが大きい。それから、わたしは日向というひとりの人間に、理解ができたというか、感じられるところがあったんです。
内山
日向のどんな部分が理解できると思いましたか。
岸井
何かを受け止め続けてきたこと、でしょうか。今はそう思っていないんですけど、わたしは、我慢できる範囲が人より広いのかも、と感じていたところがありました。奥歯を噛み締めながら笑ったり、辛いことを明るさで蓋をしてきたんです。自分の感情に蓋をしないで、丸裸になって向きあってみたときに、日向の気持ちがわかる、日向になれると。
内山
なるほど。
岸井
だから特別な役作りとか、型を作るみたいなことではなく、今まで自分が目を背けてきたことを、日向の中に見つけたっていう感じです。ただ、それがすごくしんどかった。
内山
はい。岸井さんが、日向が、深淵をのぞくように落ちていく手前から臨まれていたので、こちらから手を差し伸べながら、でも安易に引き上げることはしないで、一緒にその状態を保つようにつとめました。
岸井
撮影にはいる前、普通に生活を送りながら、じゃあこれからカメラの前に立って、急に日向の顔ができるかって思ったら、できないかもと考えたんですよ。それで、内山さんがつくってくれた音楽プレイリストをずっと聴いていました。
内山
撮影前にスタッフ、キャスト全員に共有したプレイリストですね。みんながどれくらい聴いているのかまでは確認しませんでしたが、大和役の染谷さんもすぐに反応してくれたり、僕らはロケハン中の車中で流したりしていました。
岸井
ずっと、もうそれしか聴いてないくらい聴きこみました。インの頃にはもう、身体もその音しか受け付けなくなってきて、撮影が始まったって感覚がありました。
内山
日向の撮影期間は毎日ではなくて、二日に一回とか、三日に一回とかだったので、間に時間があった。その間を、岸井さんが日向を掴んだり、余白を受け止めていく作業時間にしてもらいました。そしてまた、日向おかえり、と現場で出迎える。そんな繰り返しだったように思います。
岸井
現場では恐怖感があって、どんどん自分のゲージが減っていくのがわかったし、撮り終えた後はどうなってしまうんだろうと心配になるくらいでした。でも、そうじゃなければ到達できないと信じていたから。あと、内山さんがケアしてくださったので。ここではどんな言葉とは言えないですけれど、カメラがまわる前にかけてくれる言葉があったり。
内山
そうでした。辛いなどの「感情」のことではなく、痛いなどの「感覚」のことや、気持ちの温度みたいなものを共有したように思います。話したり、行動や目で語り合ったり。わたしたちは水の上にゆらゆらと浮かぶ器のように、お互いが溺れないよう繋ぎ止めた時間を共有しながら、今ここに至っているという感じです。
嘘の理想を押し付けるなんてことはできなかった
内山
劇中で、日向と麻美(霧島れいか)が相対するシーンがありますが、当初は、壮平(福山翔大)を含めた三角形の演出を想定していたんです。でも壮平には別の眼差しを向けて、二人だけの食卓の時間にすることにしました。
岸井
そうだったんですか。
内山
今回の脚本を書いていく際に、女性性についてすごく考えました。それは、元警察官の父親である亮介(豊原功補)の姿や、残されたものに囚われてしまった家族を中心としている物語だからです。大きな社会に掌握された小さな集合体、とも言い換えられ、事実としてまだまだ男性性は日本全体を覆っているように感じます。
昨今、ジェンダー平等の流れや、多様性の考え方は以前より進んできているように思いますが、それでも諸外国に比べると依然として遅れをとっていて、生み出されるプロダクトには矛盾といいますか、まだまだ溝があります。特に物語る作品において現代の女性を描くときに、嘘になっていることが多いと感じています。日本が抱えている負といいますか、変えていかなければいけないことはまだまだ沢山あるからこそ、現実はきちんと見つめなくちゃいけない。フィクションと現実のきわで物語るからこそ、日向に嘘の理想を押し付けるなんてことは、とてもじゃないけどできないと思いました。
岸井
そんな経緯があったんですね。
内山
日向という役は、岸井さんなしでは到底たどりつけなかったと思っています。(続)
取材・編集 峰典子
撮影 向後真孝
■映画『若き見知らぬ者たち』2024年10月11日(金)新宿ピカデリー他で全国公開
オフィシャルサイト:http://youngstrangers.jp
映画公式note:https://note.com/youngstrangers
映画公式X(旧Twitter):https://twitter.com/youngstrangers
映画公式Instagram:https://www.instagram.com/youngstrangers_movie/
原案・脚本・監督:内山拓也
出演:磯村勇斗、岸井ゆきの、福山翔大 他
製作:「若き見知らぬ者たち」製作委員会
企画・製作:カラーバード
企画協力:ハッチ
配給:クロックワークス
©2024 The Young Strangers Film Partners
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