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サウナ徒然草〜ニューヨークの奇跡〜

タトゥーをしていると大変だ。

本日は右肩に永遠とタオルを掛けているおじさまがいた。

右肩のタオルはさながら戸愚呂兄。

常に姿勢は崩さずにタオルが落ちないように細心の注意を払っている。

サ室でも常にライトサイド。
(右端に位置すれば他者からは右腕は見えない。)

水風呂でも常にライトサイド。

外気浴も常にライトサイド。

右端だけは絶対に譲れない。
右肩と対峙するのは常に壁だ。

彼はライトサイドを支配する。

それはさながら往年のルイス・フィーゴ。

彼はライトサイドに君臨する裸の王様だ。

そんな彼も若かりし頃はまさかサウナにハマるとは思ってもいなかっただろう。

心中お察し致します。

そんな彼が酩酊としながら水風呂に入る時だけがタトゥーチャンス。

この時ばかりは永遠を約束したはずの右肩のタオルが水面に浮かぶ。

しかし彼はお決まりのライトサイドからは微動だにもせず冷静にタオルをキャッチしては定位置へと戻した。


お見事!!


タトゥーをしていると大変だ。

私がニューヨークのハーレムに住んでいた時、20代の黒人の女性が話かけてきた。

「ねえ、あなた日本人でしょ?最近私は漢字のタトゥーを入れたのよ。strongとかそういう意味なんだって。この漢字がちゃんと合ってるか見てくれない?」

そして彼女はおもむろに右肩を私に差し出した。

そこに刻印されていた文字は「腕白」。
私は絶望としながら彼女に言った。

「この漢字の意味は腕が白いという意味だよ。」

彼女は言った。
「私は黒人よ。私の腕は白くない。」

彼女は泣きじゃくりながらも私に訴えた。

そして気付けばそこには数多くの時間を持て余したストリートの住人達が集まっていた。

ストリートの住人達は朝から晩までストリートに立っている住所不定の隣人達。

その中の1人は言った。

「お姉ちゃんの腕は黒いのに腕が白いという意味のタトゥーとは傑作だ。若者は失敗から学べば良いんだ。気にするな。」

少しだけ深いことを言ったストリートの住人は満足気だが、明らかに黒人女性に追い討ちをかけていた。

居た堪れなくなった女性は震えながら「私の腕は白くない。」っと言っては泣きながらその場を立ち去った。



無知とはとても浅はかなものだ。

私は人類に問う。
何かアクションを起こす際には一歩踏み出す前に立ち止まろう。

この便利すぎる世の中だ。少しだけでいい。少しの努力が、後の人生の助けになるはずだ。


幾許かの罪悪感に苛まれた私はアパートメントに戻ると念の為「腕白」という言葉を検索した。





「ワンパク」



..........





無知なのは私だった。

音読みだったのか。
完全に私は「うでしろ」と読んでいた。

私は自らに問いたい。

人に質問された時は少しだけ立ち止まろう。

そして、よーく考えよう。

お金は大事だよ。


とはいえだ。「ワンパク」という単語は果たしてStrongとイコールなのか!?

日本語ネイティブの私からすればNoなのだが、細かいことは気にするな。

ここはどこだ?

ニューヨークだ。


don’t think, feel!!


居た堪れなくなった私はアパートメントを飛び出し彼女を探した。

ハーレムは隈なく探したし、タイムズスクエア、ユニオンスクエア、イーストビレッジ、さらにはブルックリンブリッジを渡りブルックリンの街までも探し回った。

明け方の街 桜木町 旅先の店 新聞の隅

こんなとこにいるはずもないのに。


気付けば私はSOHOにいた。

スキニーパンツを穿いた小洒落た私にゲイのお洒落なお姉さん達が話かけてくるが、それどころではなかった。

私は彼女に真実を伝えなければいけない。

それは今このモーメントの私の宿命だ。

こんなにも夢中になったことが果たしてこの人生であったろうか。

いや、ない。

そして私は夕暮れのマンハッタンを再び当てもなく無計画に歩き回ったがついぞや彼女は現れなかった。

心が折れた私は地下鉄に乗り最寄りの135 St Stationに戻った。

しかしニューヨークの日は長い。

時刻は20時を回っていたが、まだ夕暮れが続いていた。

私は微かな希望を胸にハーレムの街を北上した。

そして140th StにあるBig Lの肖像画の前に私は辿り着いた。


彼女はそのBig Lの肖像画の前に悲しげに座っていた。

私はようやく彼女を見つけた。
この広いマンハッタンで。
162万人の中から1を探しだした。


少し疲れていた私だったが必死に声を絞り出しては彼女に話かけた。

「Hello Excuse me.」

彼女は頭を上げた。

私は言った。

「君の腕は白くなかったんだ。」

彼女は言った。

「どういうこと!?」

「だから、つまりは君の腕は白くなかったんだ。そしてストロングだ。誰よりも。」

彼女は再び言った。

「本当に!?私の腕は白くないの!?」

私は再び言った。

「そうだよ。君の腕は白くない。黒く美しい。さらにストロングだ。」

感極まった彼女は泣きながら私に抱きついた。

私も力強く彼女を抱き締めた。

それから再びストリートの住人達が集まってきた。

ストリートの住人は言った。

「彼女の腕は白くなかったらしいぜ。これはめでたい。盛大に祝福しよう。」


今夜は宴だ。


1人の日本人と1人の20代の黒人女性、そして年老いたストリートの住人達は夜な夜な1ドルのピザと黒い袋に包んだ缶ビールを持ち寄っては盛大に彼女の門出を祝ったのだ。

ワイヤレススピーカーから流れる音楽はR&Bだった。

私は質問した。

「この曲は何!?すごく良いよ。」

ストリートの住人は言った。

「チャーリーウィルソンのThere Goes My Babyだよ。ソウルフルだろ!?こんな夜にピッタリだ。」


最高の夜だった。


私は夜のウェイターの仕事があったので21時にこの場を後にすることにした。

別れ際、彼女は私に言った。

「今日はありがとう。また逢える!?名前は!?」

「私の名前はツヨシです。日本の漢字でストロングと書いてツヨシ。ここら辺に住んでるからまた逢えるよ。こちらこそ今日はありがとう。」

多分これは運命だ。

胸一杯の私はこの場を惜しみながらも後にして仕事へ向かった。



しかし、その後このハーレムの街で彼女に逢うことはなかった。

人生とはComplicated。


複雑に様々なことが混じり合う。

例えそれが運命だったとしても、私達は再び出逢うことはなかった。

だがそれでも私は言いたい。

この特別な1日を過ごせた事実だけでも、それはきっと運命だ。

いつかまた君に逢える日を私は心の底から楽しみにしている。

君の顔はもう忘れてしまったが、君を探しだすことは簡単だ。

そう、その右腕の「腕白」というタトゥーが、また2人をいつか繋げてくれるはずだ。

One Love.

Charlie Wilson - There Goes My Baby (思い出の1曲)

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