サウナ徒然草
今日も私は白濁とした草津の湯の横に設置された9脚の椅子の1つに腰掛け夜空を眺めている。
ほんのり感じる草津の湯の硫黄の香りと、
サウナ室から聞こえてくるブロワーの音。
そして熱波師の「ハイッ。」という力強い掛け声が心地良く空間を演出していく。
酩酊とした視界の先には仄かな湯気と少し濁った幾千の星達が私を包み込んでいく。
幻想的な世界だ。
私にとっての日常はどうやら非日常の様だ。
私は少し緊張した胸部とおぼつかない足元に幾許かの不安を感じながらも再びサウナ室へと向かった。
サウナ室前には長蛇の列が成している。
今日はたしか憂鬱な月曜日のはずだったが、これもまた日常の光景だ。
回転の良い飲食店の如く人々は感情を剥き出しにした表情を浮かべながら次々とサウナ室から出て行く。
皆、意識を保つのに必死だ。
それでも人々にはプライドがある。
片手に持ったサウナマットについた汗を丁寧に水道水で洗い流してはサウナ待ちをする同志にサウナマットを渡す。
皆、限界のはずだ。
それはとてつもなく美しい光景で大袈裟かもしれないが駅伝の襷を繋げるランナーを観ているかの様だ。
そんな襷を私も受け取り感慨深くサウナ室に入る時を迎えた。
薄暗いサウナ室に入ると熱波師がマキタの送風機を両手に抱えながら人々に熱波を送っている。
送風機の音がどこまでも心地良く五感を刺激した。
私はロシアンルーレットの如く1つぽっかりと空いた最上段の席に鎮座することにした。
サウナ室の最上段は灼熱で、温度計は丁度100℃を指す。
さらには本日はSSKという名物熱波師による爆風ロウリュの日だ。
熱波師が空間を演出していく。
ロウリュというものは本来は柄杓から優しくアロマ水をサウナストーブにかけるものだが、どうやら今日は違う様だ。
バケツに入った氷をサウナストーブに撒けると溶け出した氷達がゆっくりと蒸気を作り出していく。
その蒸気を熱波師が送風機から放たれる風を用いては攪拌し堕としていく。
これがまた究極に熱い。
例えるならデスバレー。
すなわちここが世界で1番熱い空間であり私は今確かに世界で1番熱い熱波に襲われている。
そして、おもむろに熱波師が私の前にやって来ては無慈悲にもマキタの送風機から放たれる熱波を私に送った。
私は必死に両手で乳首を守ったが、その分爪が痺れ出す。
私はあまりの熱さに俊敏に立っては無意識に叫んだ。
「エイドリアーン!!」
そして私はサウナ室の階段を小走りに駆け降り牢獄を脱出した。娑婆の空気を必死にふんだんに吸い込んでは眼を見開き行列に並ぶ友人に言った。
「今までで1番熱い。火傷する。あり得ない。チョモランマ。」
私は15℃の水風呂に緊急ビバーク。
数分クールダウンすると、視界は暗くなり酩酊とする私がいた。
少し胸部には緊張感がある。
足元はおぼつかない。
視界は暗くなりどうにか露天スペースに設置された9脚の1つに座ることが出来た。
意識が遠のく中、私は思い返していた。
それは昨日の出来事だ。
日曜日の夕暮れ時にいつものように競馬を外した傷心者は近所を散歩していた。
急な坂道を歩いた先には公園があり桜が満開で美しかった。
風が少し吹くたびに桜吹雪が舞い散る。
私は散った桜達の絨毯の上を申し訳なさそうに歩いた。
兎にも角にも美しい空間に私は魅了されていたが、前を向くことにした。
人はいつまでも下を向いてはいられないものだ。
そしてふと顔を上げると前方にはベンチがあり制服を着た高校生のカップルがそこにはいた。
カップルはお互いに向き合い、男性が下、女性が上にいた。
どうやら女性の下半身はリズム良く揺れている様だ。
私は呆然とカップルを見続けた。
少しすると私の気配を感じた女性が下半身の動きを止めては私を凝視した。
ほどなくすると男性も私を凝視した。
私は思った。
何故君達は堂々と私を見つめるのだ。
逃げろ。気まずさに耐え兼ねて一目散に逃げろ。それが青春だろ。
私が今ここにいることさえも素敵な青春なほろ苦い1ページにしてみせろ。
しかしカップルは微動だにせず私を凝視し続けた。
私は考えた。恐らくカップルは今逃げることさえも不可能な状況なのではないかと。
私は年長者だ。
君達の気持ちは痛いほど分かる。
そうだ私にも青春時代はあった。
ここは私が身を引こう。
私は大胆にも公共の場で不貞行為をするカップルを背にセンチメンタルな気分に浸りながら帰路につくことにした。
もし仮にだ、私がもっと早く彼等の存在に気付いてさえいれば私は動画撮影をしSNSに投稿していただろう。
いや、そんなことはしない。
私はこのサウナに通う日常が幸せだ。
君達がどれだけ気持ち良かったかは私には想像も出来ないが、私は君達以上に毎日が気持ち良い。
絶対に負けないという自負すらもある。
これはまさに「絶対に負けられない戦いだ。」
私にも青春時代があった。
それは決して誰にも邪魔出来ないものであり、誰にも理解されないかもしれないが間違った選択さえも肯定出来てしまう特別な瞬間だ。
人々には年に応じたそれぞれのステージがある。君達がもう少し大人になったら、おじさんとサウナでも楽しもうじゃないか。
その時までちゃんと付き合うんだぞ。
約束だ。
私は君達のことを決して忘れない。
大事なことだから、もう一度言おう。
〜私は君達のことを決して忘れない〜
お幸せに。
One Love.
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?