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愛の白くま劇場 #ひかむろ賞愛の漣

なんか、私は口下手で、むかしから、他人とうまく会話することができない。子どもの頃は、ミニカーで遊ぶのが好きで、おうちで一人、くるまの物語を作っては、ブツブツつぶやきながら遊んでた。

そんなんだから、友達も少なかった、いや、いなかった。そんな私を見かねた両親が、柴犬を買い与えてくれた。それからは、犬が話し相手になった。というか、父も母も、私に話しかけるのと同じように犬に話しかけていた。私は、一人っ子だったので、家族がひとり増えて、四人家族になったような感じがしたものだ。

高校、大学時代も、友達は少なかった。容姿の問題は別にして、当然モテるはずがない。しかし、なんやかんやで妻と付き合うことになったのだが、デートは、いつも、しゃべらなくて済む映画だった。結婚してからは、妻に、ブスッとして食べてるんじゃないよ、美味しいかマズいかくらい言ったらどうなんだと罵られる始末だった。

二人に女の子ができた。幼いころのパパとの遊びはお絵かきだった。休みの日、朝食を済ますと、娘が画用紙とクレヨンを持ってきて、私の前に座り、好きな絵を描きだす。私もそれに合わせて描き出す。少し形になってくると、描いているものを言い当てる。「チューリップ」、「ワンワン」、「くまさん」。

そんなある日、とあるファッションビルの映画館で映画を観て、ゲームセンターの前を通りかかったとき、クレーンゲームの中のくまのぬいぐみに目がとまった。取ってくれと言わんばかりの場所に寝転んでいるのだ。娘が最初に気が付いて、ガラスに張り付いた。1回100円。

1回目、頭が少し上がる。2回目、いったんお座りするがまた寝転ぶ、3回目、ゲームセンターのお姉さんからのアドバイス、「お腹を押してあげてね。」、

ボコ。

取り出し口にくまのぬいぐるみの顔が見えた。帰りの車の中、ファッションビルの名前にちなんで「ハルコ」と命名した。ほんとうは、茶色や黄色、ピンクのお友だちがいるくまなんだけど、白いから白くまになってもらった。

その日から、ハルコは、わが家のリビングに居座るようになった。うちは、和洋折衷のリビングで、ダイニングテーブルがあって、その奥に畳が敷いてあり、そのまた奥にテレビが鎮座している。ハルコは、畳の上のカーペットに乗るか乗らないかの隅っこの小さな椅子にいつも腰かけている。

彼女は、最初、素っ裸だったんだけど、娘の服を買って帰って彼女にあててみると、少し大きめだがよく似合ったので、娘には悪いけど、ハラマキとベストをハルコがお借りすることになった。これが今、アイコンのハルコが着ている衣装だ。

家族で、動物園に行ったとき、本物の白くまがいた。その白くまは、まだ、赤ちゃんだったんだけど、食パンが好きで、飼育員さんから食パンを水槽に投げ込んでもらうと、すぐ追っかけて水に潜り込み、上手に口に加え、何切れかに分けて飲み込んでいた。白くまは、パンが好物なんだ。三人でうなずいた。

帰りにあんパンを買って帰り、家に着くと、すぐさま、ハルコを私の横に座らせて、みんなでテーブルについた。四人用のダイニングテーブルなので、ちょうどいい具合だ。ハルコが、テーブルにつくと、対岸からは、タイトルバックの絵の一番右側の白くまのように見える。

さて、あんパンは、ひとつなので切り分けることにした。3切れか4切れか。ママが、十字に4等分した。お皿も4枚、みんなの前に置いて、ハルコの分は、パパが食べさせた。

もぐもぐもぐ、

「ハルコ、美味しい?」

と、娘の声、

「おいしいよ。」

と、パパのハルコの声。

ハルコの分のあんパンも、また、3等分してみんなで食べようとすると、

「ハルコのあんパンが食べられてしまう・・・。」

今度は、ママの声がした。

こうして、ハルコは、みんなとお話しできるようになった。「おはよう」、「おやすみ」、「いってらっしゃい」、「ただいま」、「あんパン」、「ブス」、「ブタ」、「はげ」、あんまり言うと頭をたたかれた。

ハルコが話せるようになってから、わが家は少し明るくなったような気がする、私がそう思っているだけかもしれないが、少なくとも、私の口数が増えたことは確かだ。

「今晩何食べたい。」

「ハンバーグ。」

「ハルコは、あんパン。」

「パパ、そこのお皿取ってくれない。」

「ハルコ、ママがお皿取ってって言ってるよ。」

「この服似合うでしょう。」

「白くまみたい。」

でも、それだけじゃなくて、面と向かって言うと恥ずかしいようなことも、ハルコを通じてなら言えるようになった。ほんと、ハルコのおかげで、いろんなことを話せるようになったよ。

誕生日、クリスマス、お年玉、プレゼントはなんでも、朝起きると、ハルコが少し首をかしげて持っていた。娘のバレエの発表会のときには、「熊野春子」の名前で花束が届いた。

「おねえちゃん。」

最後には、娘がお姉ちゃんにされてしまった。ほんと、ハルコは、よくしゃべってくれた。

そのお陰でかどうかわからないけど、娘は、高校生になったころから、ママとよくおしゃべりするようになった。学校のこと、ファッションのこと、ジャニーズやGACKTのこと、ママが話題についていけてるのかどうかは知らないけど、まあ、よくしゃべってる。高校生になると、親と話さないようになるのかなと思っていたけど、うちの娘は、違ってたようだ。 

ママに向かってひたすらしゃべり続ける娘の話を、パパは向かいの席で黙って聞いている。どきどき、ハルコが娘に話かけるのだが、

「うるさい、ハルコ、だまってて。」

と冷たくいい放たれてしまう。

そんなとき、パパとハルコは、向き合って、互いに目を見つめながら、

「ハルコちゃん。」

「パパちゃん。」

むぎゅー。

とするんだ。

ね、ハルコ。

この記事は、ひかむろ賞愛の漣 (さざなみ)に応募するものです。光室あゆみさん、素敵な企画をありがとうございます。

(おわり)

サポート代は、くまのハルコが大好きなあんぱんを買うために使わせていただきます。