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銀皿の洋食

   ハンバーグは、箸で切りたい。
   切り分けたい分量の中央に箸を突き刺し、前後に力いっぱい切り裂いていく。無理だったら、箸を揃え直して、手前から切り込む。
    マナー違反かもしれないが、こんな食べ方が好きだ。
   でも、 デミグラスソースに染まった箸を見ていると、つい舐めたくなる衝動を抑えきれなくなってしまう。
   
   海老フライは、箸で挟んで、かぶりつきたい。
    タルタル山の中腹に、海老フライを突撃させて、飴細工みたいにクルクル回しても、まだ、付け足りない。タルタルを箸でつまんで、海老フライの頭に載せれるだけ載せて、少し重くなった胴体を箸で挟むと、こぼれないように慎重に口まで運ぶ。そして一気に、
   「がぶっ。」
   冷めていては、ダメ。揚げたての一口目がなんと言っても美味だ。はっきりいって、一口かじったら、後のエビはもう、どうでもいい。

   夏の日差しは、すべての物をきらめかせるはずなのに、この店のショーウィンドウは、軒先から少し奥まった所にあるせいか、薄暗くて、外とは別の世界にあるみたいだ。
   そのくせ、手書きされた値札は、日焼けして、値段が茶色く色あせている。
   ショーウィンドウの上には蛍光灯が付いていて、その光は、くすんだ食品サンプルをすすり抜けて、ラグビーボールのような銀皿だけを照らしているかのようだ。赤のコカ・コーラの商標の下に営業中と書かれた白い札。アルミニウムの枠に全面ガラスの扉が、少しだけ開いている。

    そんなお店にこそ、私の好きな銀皿の洋食がある。
     Aランチ。
    ハンバーグ、海老フライ、ポテトサラダ、スパゲッティ、ハム、トマト、レタス、キャベツ、パセリ。
    これらが、楕円の銀皿に盛ってある。別皿でライスが付いてくる。これで1000円いかないお値段かな。
    当然、目の前に置かれるのは、割り箸。箸袋には、お店の名前と、市内局番から始まる電話番号が書かれている。
     
    銀皿は、昭和時代の工業化の象徴か。今となっては、蛍光灯の下で、くすんだ光を放っている。
    洋食は、アメリカやヨーロッパへの憧れだったか。洋行帰りの料理人さんが日本に持ち込んだ味なのだろうか。憧れが消え去った今、フランチャイズとの違いくらいしか語れない。
   
    そんな銀皿の洋食を、箸で切り裂き、摘んで、挟み、時にはライスという名のご飯を載せて、ただ黙々と食べるのが好きだ。
     暑い夏、たまには、こんな昼食もいいかな。
(おわり)   

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