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転んでからのサブフォー はじめてマラソンで4時間を切った話

マラソンで完走の次にねらうのは、多くの場合、サブフォー、すなわち4時間を切ってゴールすることではないかと思います。

私も、例にもれず、この年、サブフォーをねらって、来る日も来る日も練習を重ねていました。

平日は、往復15km、土日は往復30kmの距離を走り込む練習をしていたのですが、それでも、なかなかタイムが伸びません。

もちろん、最初のマラソンで、軽々とサブフォーを達成できる人もいるにはいるのですが、私の場合、学生時代これといったスポーツを経験したこともなく、社会に出てしばらく経ってからマラソンを始めたので、サブフォーというのはひとつの大きな壁でした。

マラソンは、秋から本格的に、全国各地で大会が開催されます。人気のある大会ですと、参加者が抽選で選ばれたりするので、開催日が日曜祝日に特定されることもあり、実質的には、参加できる大会の数は限られてきます。

私は、この年4大会に出場することにしていたのですが、先行する3大会では、残念ながらサブフォーを達成することができませんでした。

そして迎えた12月の大会。

私にとっては、この年最後の大会。サブフォーのラストチャンスです。

でも、この大会のコースは、いわゆる山登り、坂道の多い大会であまりいい記録がでないコースでした。それでもチャレンジするしかありません。

みなさんは、マラソンはむやみやたらに全速力で走っていると思われますか?

実は、ちょうど電車のダイヤのように、例えば5kmの距離を30分でといった感じで、ペースを決めて走っているんです。最初はゆっくり走り出して、後の方で加速するのがよいと言われていますが、私の場合はいつも、イーブンペース、等速で走ることにしています。

この日のレースも途中までは調子よく、1kmあたり5分35秒のペースを守って走っていました。

そして迎えた30km。

ここから先にはきつい坂道が待ち構えています。なぜわかるんだって?折り返しのコースなので往路を走っている中に、復路の様子がだいたいわかってしまうんです。30kmからは今までの疲れが出てきやすい距離なのにまったく意地悪いコースですね。

案の定、坂道を見ただけでしだいに減速してきました。

サブフォーは、もうダメかもしれんな。

心の中でそうつぶやく声が聞こえて来ます。

そんな時、ふと道の脇を見ると、ひとつのテントが目に入ってきました。
テントの前では、専門学校でしょうか、女の学生さん達がスプレー状の冷却剤を持って選手に呼びかけています。

「冷却剤ありますよ。」

ちょうどいい、これで脚が復活するかもしれない。

そう思った私は、テントに近づいて行きましたが、
あと一歩で学生さんのところに手が届くかというところで、

「あっ!」

アスファルト舗装の継ぎ目に足を引っ掛けてしまい、

ずってん、ずずずず~。

転んだ上に、勢い余ってアスファルトの上を10cmくらい滑って行きました。

「痛っ!」

そりゃ痛いですとも、両膝はかなり長めの擦り傷、両手のひらにも見事な擦過痕、おまけにアゴまでアスファルトに打ちつけてしまいました。

こんな時、ランナーは何を考えると思いますか?

踏まれる。

とっさにそう思い、傷だらけの身体を道路の縁石のところまで持って行きました。

縁石に座り込むと、

もうあかん。

一言もらしてしまいました。

こうしている間も時間はどんどん過ぎていきます。サブフォーは夢だったのかな、あきらめようと思うまでになっていたのですが、

ふとその時、足元の靴ひもに目がいきました。

左の靴ひもはしっかり結ばれたままですが、右の靴ひもは解けてしまっています。

今朝、こいつに誓ったよな。サブフォー取ろうぜって。

いや、毎朝練習に行くたび、玄関でお前を結びながらそう思ってたよな。

だったら、立ち上がろう。

もう一度、靴ひもを結んでスタートしよう。

この坂さえ登り切ってしまえば、あとはゴールまで下り。脚は、これだけ擦りむいたんだから、これ以上痛くならない。

自分を励まし、靴ひもをしっかり結び直すと、もう一度スタートラインに並んだ気分で、

スタートダッシュ!

脚は痛いけど気のせいだ。俺は速いぞ、どんどん抜くぞ。

自分でも恐ろしいほど高速で坂道を登って行きました。沿道では、太鼓を敲いた応援が繰り広げられていましたが、いつもは自分のペースと合ってるなと思っていた太鼓のリズムも今日は断然遅く感じます。いつもは悲鳴に聞こえていた声援も、今日はしっかり元気な応援に聞こえます。

ほーっ、坂道を登り切りました。ここからは下り。

ほおに受ける風がいつもと違う。冷たいけど風を切って走ってるっていう感じがひしひしとします。マンガで人体の後ろに細い線が描かれているのはこんな感じなんだと思いました。

坂道を下って行きます、速度はぜんぜん落ちてこない。たぶん、このあたりでは1キロ5分を切っていたと思います。

なんだか涙が出てきてしまった、何でだろう。

脚が痛いからじゃないですよ。

最後の1km。

ここからがまた難関、急な坂道。しかし手元の時計ではサブフォーまで後6分残っています。

いける。

確信に近いものがありました。そうなると、もう無我夢中、残ってる力を振り絞って最後の坂を登り切ります。

ゴーーーーール。

3時間58分57秒

サブフォー達成です。

ゴールラインを越えるとすぐに医務室テントに連れていかれました。アゴから出血していたからです。レース中ちっとも気が付かなかったな。でも、きっとすごい形相だったんでしょうね。誰かに見られていたら恥ずかしい。

(おわり)

#エンジンがかかった瞬間

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