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アンケート、「その他」に書かれた思い

 みなさんは、アンケートの「その他」欄に記入されたことはありますか。自由に記述するあの欄のことです。①・・・、②・・・、③・・、④・・・、⑤その他[     ]とか、その他ご意見・ご要望をお聞かせください。とかの欄のことです。「その他」欄にわざわざ書き込むなんてめんどうだから、めったにしないですよね。めったに書かない「その他」欄にわざわざ書いたんだから、事務局さん本当に読んでくれますねと思われたことはありませんか。

 古い話になりますが、私は、ある地域情報誌の編集のお手伝いをしていたことがありました。そこの編集室は女性ばかりで構成されていて、主に地域の子育て情報やお母さんに役立つ情報を、月に一度B5版8ページくらいの小冊子にまとめ、公共施設やご協力いただけるお店に置かせてもらうという活動をしていました。

 私は、その編集室で、情報誌の各号の末尾に書かれているアンケートへの回答のハガキを取りまとめるお手伝いをしていました。①-A、②-B、③-Cのように選択肢に答える部分は、EXCELでちょちょいのちょいと集計して、グラフにでもまとめればいいわけで、そんなに手間はかかりません。でも、「その他」欄って、手間がかかります。ハガキに書かれている内容を要約し、グループ化して、わかりやすく資料化する。どうしても、うまくまとめることに意識が向いてしまいます。

 そんなある日、たしか、「ベビーカーでお出かけする時、どんなことに困りますか?」といったような質問だったと思います。当時は、道路や公共施設などのバリアフリー化(ユニバーサルデザイン化)ということで、歩道の段差をなくす、駅の階段を昇りやすくするなどの取り組みが全国的に始まりかけた頃でした。アンケートの「その他」欄も、例えば、「横断歩道と歩道の間の小さな段差でも、ベビーカーは、つまずく。」とか、「お店が狭くてベビーカーを置くのに困る。」とか、「バスに乗るのがひと苦労」とか、アンケートの趣旨にそった回答がほとんどだったので、要約して、かっこよくまとめることができました。

 そうやって、まとめた資料を、もとになったハガキといっしょに代表に見てもらいました。もちろん、私はうまくまとめたつもりです。ところが、代表は、私の資料とハガキを見合わせて、「なんで、このハガキの内容を除いたんですか?」と数枚のハガキを私の目の前に寄こしました。

 ハガキには、「そもそもベビーカーを買ってない。」とか「どこに出かけたらいいかわからない。」といった内容が書かれていました。私は、「今回のアンケートとは関係なさそうなので省きました。」と答えると、代表は、「それは、違います。『その他』欄書くのは、アンケートに答えるだけでは伝えきれない思いを伝えたいからです。その思いをムダにしてはいけません。」とおっしゃいました。わたしは、胸を打たれました。そして、自分の間違いを恥じました。

 電話でご本人に直接お話しを聞いてみると、ベビーカーを買ってないのは、お金がないからではなく、車での移動とだっこで十分だと判断しているということ、出かける場所がわからないのは、最近引っ越したので親子であそびに出かける場所がわからないということだとわかりました。ベビーカーを使わなくても、移動できている人がいるということ、親子の遊び場のような情報がうまく伝わっていないのではないかということなどが新たにわかってきました。今でこそ、親子の遊び場情報は、いろんなメディアで触れることができますが、当時は、そうではありませんでした。編集室でも遊び場情報は提供していましたが、まだまだ伝わっていない人がいるのだなというのが、その時の編集室の人たちの感じでした。
 

 また、イベントの託児についてのアンケートでも、そんなサービスがあったら利用したいという回答がほとんどでしたが、その中で「その他」欄に、子どもといっしょにコンサートを聴きたいという意見が書いてありました。当時は、子どもをどこかに預けることができたら、お母さんもコンサートを聴くことができるのではないかという発想まででしたが、現在では、親子で聴けるコンサートも開催されてますよね。

 誰の目にも触れることなく、暗闇をさまよう運命だった「その他」の声が、代表のひと言で、息を吹き返して、編集室のメンバーに共有されることになりました。私自身は、代表の指示に従って動いただけなのですが、みんなの声に飲み込まれてしまいそうな「その他」の声を丁寧に聞き取り、その思いを編集室のメンバーにお伝えして共有できたことで、「その他」の声の主さんや、編集室のメンバー、それに言い過ぎかもしれませんが、社会のためにも、ほんの少しだけ、お役に立てたのかなと思っています。

(おわり)

既出の記事をリライトしたものです。


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