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ケンタッキーフライドチキンを自宅で作る?!

※初出は2009年の『怖い噂』。5才児にカーネルサンダース書いてと言ったら、超面倒くさがって、泣かれた。

  みんな大好き、ケンタッキー。あの油っぽい、異様なやわらかい肉を突如として食い散らかしたい衝動に駆られる。あの肉、唐揚げの要領で家で作れないのか? ケンタッキーフライドチキン(以下、KFCと略)は秘伝の11スパイスをまぶして、圧力鍋で揚げられるという。スパイスは非公開、圧力鍋で揚げ物なんて恐ろしくて考えたこともなかった。自宅でケンタッキーは不可能なのか? 企業秘密とされるKFCのチキンを私の自宅で、つまりは馬込・フェイク・チキンに挑戦したのだ。

 脇バラから尻にかけてに相当する“サイ”をかじりながら、嫁が眉をひそめた。彼女にとって生涯3度目か4度目に食べるKFCのオリジナルチキンだ。
「チキンラーメンにコショウをかけた味がする」
 秘伝の11種類のスパイスなんだってさ。
「昆布だし入ってる?」
 ケンタッキー州に昆布はなかったと思うがね。
「コンソメ? わかった、中華スープの素!」
 ……キミは命知らずだなあ。夜道でカーネルサンダースに襲われても知らんぞ。
 そういうわけでKFCだ。自宅で作ることはできるのか? ポイントは門外不出とされる11種類のスパイスと圧力鍋を使うという特殊な揚げ方にある。
 同社のWebサイトでは体験学習で子どもたちがチキンを揚げている。やり方は

1.生の鶏肉を1ピースずつ、ていねいに検品します。
2.卵とミルクを溶かした液(MED液)にくぐらせます。
3.11種類のハーブとスパイスなどの入った粉(フラワー)を
  まぶします。
4.圧力釜を使って、最高185℃の高温で約15分間揚げます。
 
 「飲食店経営2001年1月号」にはケンタッキーフライドチキンの作り方をリバースエンジニアリングした記事が載った。リバースエンジニアリングとは<競合と同等の商品>を開発するために調理法を分析し、<同等の商品を作る>ことを指す。特許広報から圧力鍋での調理法を調べ、未公開の11種類のスパイスは<スパイス会社のベテランに調合を依頼>し、<鳥の製造メーカー、粉メーカーの中央研究所>に<極秘のテストキッチン>を作って研究した結果、<商品と同等の(95%程)のフライドチキン>を作ることが可能に!
 作り方は下処理されたチキンを

 1.バッターリング→卵とスキムミルクをぬるまで溶かしたMED=ミルク・エッグ・ディップに漬ける。
 2.ブレディング→11種類のスパイス・小麦粉・塩を混ぜたものをまぶす
 3.フライヤーで揚げる→<鳥が1に対しショートニング(植物油を固形化したもの)を2の割合>にし、180℃の高温で圧力をかけ、さらに<弱火にして10~12分ほど揚げる>
 4.油切り→30分間保管し十分に油切りをした状態で販売

 MED液とスパイスの配合は伏せてあった。
 KFCを自宅で作るべく奮闘した個人ブログ「おるとグルメ」(http://blog.livedoor.jp/knjymmt/)のレシピ(一部省略)は、

1.鶏肉を塩水とハーブ・香辛料に2時間以上つける。
2.牛乳、卵、溶かしバター、コーンスターチを混ぜる。
3.薄力粉、強力粉、香辛料を混ぜる。
4.1を2→3の順で入れる。
5.サラダ油を熱し。ラードを投入。4を揚げる。

 これは……間違いなく、KFCよりおいしいな。管理人が見つけ出した11種類のスパイスは白コショウ・ガーリックパウダー・ジンジャーパウダー・セージ・ローズマリー・タイム・ナツメグ・バジル・オレガノ・サボリー・メースであった。

 KFCの衣を再現して売っている会社があった。商品名はケンタミックスパウダー。これをまぶして家庭用の圧力鍋で揚げれば、KFCの味が再現できるという。圧力鍋での揚げ物は難しくはないらしい。
 販売元の吉祥園では<日清フラワー(薄力粉)をベースに、食塩、コーンスターチ、きな粉などのほか、11種類のスパイスやハーブ類、その他の隠し味をミックス>し……きな粉? 届いた商品の原材料には、<小麦粉、食塩、コーンスターチ、脱脂粉乳、きな粉、調味料(アミノ酸)、香辛料>と……アミノ酸?
 『大秘密―噂・都市伝説・憶測の真相あばきます』(ウィリアム・パウンドストーン /ハヤカワ文庫NF)に『ケンタッキー・フライド・チキンを自宅で』という章がある。KFCの作り方の秘密に挑んだものだが、筆者たちが食品研究所でオリジナルチキンの皮を分析したところ、<小麦粉、塩、グルタミン酸ソーダ、黒コショウという、わずか四種類の原料>しか見つからなかった! どこへ行った、残りのスパイス10種類! それにグルタミン酸って……本当なら、まさに大秘密。

 そういうわけで鶏1羽をKFCのように9つに断ち割った。半分をケンタミックスパウダーで、レシピ通りに揚げる。残り半分は『大秘密…』の発見に従い、小麦粉、塩、グルタミン酸ソーダ、黒コショウのみ。
 圧力鍋にショートニングを溶かし、粉をつけた鶏肉を入れて加圧する。加圧すること10分、ぐつぐつと油で煮え揚がった鶏肉、まさにKFC! 油を切っている間に嫁が本物のKFCを買ってきた。出来たて同士で味を比べようというわけだ。
 まずは本家のKFC。皮がサクッと香ばしく、意外と薄味。では『大秘密…』は?
「お肉のおいしさはこっちの方がよくわかるね」
 と嫁。でも言いかえれば単純。さすがにグルタミン酸だけでは本家の味にはならないようだ。ケンタミックスパウダーは?
「こっちの方がおいしいんじゃない? 味がちょっと濃いけど」
 衣が厚すぎた。粉は薄くつけないといけないんだな。味だけなら合格点以上。
 ポイントは化学調味料らしい。KFCの言い分はともかく、化学調味料を使えばスパイスの正体がわからなくても味が近づく。スパイスより衣のバランスとか圧力鍋での揚げ方の方が重要だ。
 私が力説するKFCの作り方を聞きながら、黙って手を拭いた嫁はポツリと言った。
「それにしても……アメリカ人ってなんでそんなに手間かけて鶏肉食べるの?」
 身も蓋もないな、キミ。

●目がないクチバシがない改造ニワトリ?! KFCを巡る噂

 企業も大きくなるといろいろ大変だ。今回KFCのことを調べるために2ちゃんねるを覗いたところ、昔流行った“KFCのニワトリはバイオ技術で足が6本”の噂がまだあったことに驚いた。そんな技術があったら、<ドラムだけ買って嫌な顔されるわけないだろ!>とKFCの元バイトという人物が怒っていたが、その通り。ケンタミックスパウダーだって<ドラムとウィングだけにして! こんな贅沢な注文がかなえられる>と謳っている。
 検索を続けていくと、もっとえぐい噂もあった。友人から聞いた話として、アメリカのKFCの鶏には<生まれたときから目とくちばしが>なく、<食用として「改良」された鶏を原料>にしており、だからアメリカでは「ケンタッキーフライドチキン」といわず、「KFC」と呼ぶ。<彼らが出している「チキン」はすでに鶏の形をしていないから>社名に使えないというのだ。ゾンビの日が来たら、カーネル・サンダースに脳みそ食われそうなご意見である。
 書き込みを見ていくにつれ、アメリカのテレビ番組で見たという人が多いことに気がついた。目と口ばしの退化(さらに羽根と足の退化が加わることも)も共通している。どうも元ネタがあるらしい。
 バッテリーヘン:battery henと呼ぶ。乾電池メンドリとでえも訳せばいいのか。養鶏場のメス鳥のことだ。身動きのできない籠の中に押し込められ、卵を産む以外のことができない一生を送る。
 バッテリーヘンのような密集飼いをするとニワトリはストレスから激しく喧嘩をする。時には相手を殺して食べてしまう。そこで養鶏業者は生後2週間ほどでデビーク(断嘴)を行う。高温に熱した刃でパチンと口ばしの先を切り落とすのだ。これはアメリカに限らず、日本の養鶏業者も行っている。さらに卵を効率よく産ませるため、鶏舎の照明は定期的に数ルクス(月明かりが約1ルクス)まで落とされる。
 そして籠の中で成鳥になったバッテリーヘンたちは、デビークされた短い口ばしを持ち、ストレスや病気で裸同然に毛が抜けた化け物のような姿となる。食肉用のブロイラーはバッテリーヘンよりはいくぶんマシな環境で育てられるようだが、デビークはされるし、攻撃性を抑えるために照明を落とした鶏舎で育てられる。雄鶏はさらに鶏冠や足爪の切除などを受けることもある。
 彼らは食用として「改良」されたわけではない。コストを最優先した劣悪な環境が普通のニワトリを薄気味悪い生き物に変えてしまったのだ。KFCのニワトリがそうしたニワトリかどうかは不明だ。しかし目が見えず口ばしがなく足が萎えて羽の抜けたニワトリは、間違いなく私たちの食卓に上がっている。
 バイオ技術なんか使わなくても、人間のやることは十分に業が深い。

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