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長風呂はボツリヌス菌も殺す?    お風呂を科学する

 野菜50度洗いをご存知だろうか。50度のお湯で野菜を数十秒から数分洗うと、野菜がしゃっきりと獲れたてのようにみずみずしくなり、甘みが増し、野菜の寿命も延びるという。
 なぜお湯で野菜がフレッシュさを取り戻すのか? その理由は複数ある。一番の理由は熱によって表面の気孔が開き、組織に水分が侵入してみずみずしさを取り戻すというものだ。非常に短時間で水分が吸収されることから、これが野菜が蘇る最大の理由だと思われる。また同時に細胞組織を粘着させているペクチンが熱によって細かく分割することもわかった。このため、組織に弾力が戻ると考えられる。
 ただしこれだけでは、野菜が長持ちしたり味が良くなる理由には不十分だ。そこで推測されているのがHSP=ヒートショックプロテイン(熱ショックたんぱく質)の働きである。

 HSPは細胞内にあるたんぱく質合成を補助する物質で、その名前の通り、熱などの外部からのショック=ストレスを細胞が受けると増加する。そしてストレスにより破損した組織を修復する際、細胞がたんぱく質を作る手伝いをする。またひどいダメージを受けて修復不可能なたんぱく質の自壊を促す。HSPにより細胞のたんぱく質は修復され、傷ついた細胞は健康な細胞へと生まれ変わる。
 野菜50℃洗いでは50℃という熱のストレスを受けて、HSPが増加し、野菜の空気中の酸素による酸化ストレス(褐変)を防ぐので、野菜が新鮮に長持ちするのではないかと考えられている。
 HSPを備えているのは植物だけではない。生きている物はほとんどストレス防御の手段として備えている。もちろん動物にもHSPはあり、生体防御機能を大きく亢進させる。
 修文大学健康学部の伊藤要子医学博士によれば、ラットの体温を40度に上げてから人工的にストレス胃潰瘍を起こすと、平時のラットよりも発症率を50%抑制し、33.3%の死亡率を0%に抑えることができたのだそうだ。腎不全も症状が軽減し、傷の治りも早まるという。
 ウイルスや細菌の感染にもHSPは有効だ。風邪をひくと熱が出るが、これは熱によってウイルスの増殖を抑えたり死滅させるための生体防御反応で、HSPを増産し、ウイルスに対抗している。HSPにはナチュラルキラー細胞を活性化させる作用があるのだ。また、体内に侵入したウイルスや細菌を貪食して排除するマクロファージも38~39度以上で活性が増加する。
 体温を上げることで、熱が出た状態と同じ生体防御作用を引き出すことができる。体を温めれば、風邪の予防になるのだ。
 風邪どころか、地球最強毒素であり生物兵器としても知られるボツリヌス菌の毒素から身を守る手段ともなる。マウスにボツリヌス毒素を与えたところ、体温を上げなかったマウスは全滅したが、体温を上げたマウスは28%が生き残ったという。
 HSPは細菌も備えている。食中毒で悪名高いO-157は、53度以上の熱を加えるとほぼ死滅し、47度前後ではHSPが1.5~1.8倍増加する。よって、恐ろしいことに47度で30分加熱した後では、53度以上で本来死ぬはずのO-157が、53度以上に加熱してもほとんど死ななくなるのだという。47度の熱によりO-157のHSPが増加、加熱に強いスーパーO-157に生まれ変わったわけだ。

 人間はどうか? 人間もHSPを備えている。だから人間を50℃で洗えばしゃっきり……とはならず、やけどする。人間の場合は、野菜よりも適切な温度がずっと低いのだ。詳しい話を聞くため、HSPを25年以上研究し、「ヒートショックプロテインがあなたを健康にする加温生活」(マガジンハウス)などHSPの著書を多数出版し、HSPについて造詣が深い修文大学健康栄養学部の伊藤要子医学博士にお話を伺った。「HSPは普段の仕事は目立たない付き人役、でもストレスを受けた時には増えてレスキュー隊として大活躍します。」
 「HSPはさまざまなストレスによって増加するタンパク質であり、必ずしも熱だけではなくどんなストレスでも増えます。やはりヒートショックプロテイン(HSP)と名付けられたように、熱ストレスが一番効果的に増えます。また、圧をかけたり(加圧トレーニングでも増える)、低酸素にしたりと他のストレスより熱ストレス(加温)の方が安全で、容易に実施できます。なんといっても熱を加える加温装置であるお風呂はほとんどの家庭に備わっているので、いつでも、必要な時にお風呂を使って自分でHSPを増やせるというわけです。」
 伊藤要子博士が試験前の学生を対象に血中のHSP量を調べたところ、試験当日に向けて急激に増加し、試験終了後、急速に減少していることがわかったという。
 HSPの増加がウイルスや細菌の感染を食い止める助けをする。緊張していると風邪を引かないというが、本当なのだ。
「試験という精神的ストレスでHSPは出てくる。でもあきらめるとストレスが無くなりHSPは出なくなる。」
 あきらめると精神的ストレスから解放されるため、HSPは減少する。だから試験前はHSPが増加するので徹夜をしても、食事を抜いてもHSPが守ってくれるので、病気や風邪にならないが、終わるとHSPが減って、翌日に風邪をひきやすいのです。
「運動も1つのストレスなので、HSPは運動でも出てきます。運動すると心拍数が上がり、酸素が少なくなり、pHが下がり、体温が上がり、体に負荷がかかるので、HSPが増えてきます」
 運動している人が病気にかかりにくいのは、HSPが増えているためかもしれない。

 運動以外で手っ取り早く体温を上げる方法は? もちろん入浴である。
 40度の風呂に20分入ると体温が38度まで上昇、HSPの産生が高まることが伊藤博士とバスクリンとの共同研究で明らかになった。
「38度が目安です。汗が出てくることも目安になります。」
 では湯温が高い方がいいかというとそういうものではない。熱いお風呂では長く入っていられず、体の芯まで温まらないのだ。42度で5分の入浴では体温は38℃まで上がらずHSPも増加しない。42度の場合は10分程度で体温は38度以上になりHSPも増加する。42度の風呂は長く入るには熱すぎるという人には、40度で20分がベストだ。そしてお風呂から上がってから30分程度保温する。体にタオルなどを巻く、厚手のスウェットの上下を着る、などで熱が逃げないようにし、夏場であればクーラーや扇風機をがまんする。そうやってゆっくり体温を下げ、およそ30分すれば終了だ。
 「血圧の高い人や体調の悪い人は無理せず入浴すること。心臓に負担の少ない半身浴(40℃25分)もお勧めです。」
 40度20分の入浴は慣れないうちは相当に長く感じる。最初は体温計を持って入浴し、体温を計りながら入浴すると感じがつかめるだろう。この時の体温は脇の下で測るのではなく、体温計を咥えて舌の下で測る(舌下温)。
「かなり汗が出るので、しっかり水分をとってください。入浴前にも水分を取ると汗がしっかりでます。」
 HSPは風呂から上がった直後は大して増えない。入浴後から徐々に増え始め2日後がピークで、1~3日後まで高い(人によってピークは異なる)。「ナチュラルキラー細胞の活性(免疫活性)も2日後にピークなっています。だからピークが過ぎたらまた入浴して週2回、体温38度入浴(HSP入浴)を行えば効果的です」
 他の日はカラスの行水でもぬるめの長湯でもよい。週に2日程度で十分に効果がある。とはいえ40度20分の入浴は、実際に行うと考える以上に大変だ。10分も経つとのぼせてくるので、途中で立っても、肩を出しても良い。
「炭酸ガスと無機塩類の入った入浴剤を使うと、40度20分を15分に短縮できます。入浴剤を使うと体温の上がりも良く保温力も高いので、効率的にHSPを増やせました。」
 これは炭酸ガスに血行を良くする作用があるためだ。
 入浴剤は成分によって異なる機能を持っている。硫酸ナトリウムや炭酸水素ナトリウム(重曹)などの無機塩類を配合した入浴剤は湯ざめを防ぎ、出た後も体はいつまでも温かい。バスクリンがこのタイプだ。無機塩類が皮膚のたんぱく質と結合して、表皮を覆い、体の熱を逃がさない。だから湯ざめしないのだ。
 対して風呂に入れるとシュワシュワと泡立つ炭酸ガス系は、直接、体を温める。
 炭酸ガスと無機塩類が両方入っていれば、言うことはない。きき湯やファインヒートがこのタイプだ。
 炭酸ガスは皮膚から吸収されやすい。炭酸ガスが血管に入ると体は炭酸ガスを排出しようと血管を拡張する。つまり血流が増す。血の巡りが良くなる。
「血の巡りが良くなれば、体温も上がりやすくなります。」
 炭酸ガスはやがて排出され、体には問題ない。また、炭酸ガスはお湯に溶けて作用するため、溶け切ってから作用が最大になる。炭酸を含む温泉は、概ねぬるめの湯である。ぬるい湯にゆっくり入浴した方が、炭酸ガスの効果を得ることができる。温泉ならいつでも炭酸ガスが溶存しているが、入浴剤は2時間以内に入浴した方が良い。
肩こりや腰痛のような症状には、炭酸ガスの入浴剤が、効果があるようだ。

 体を温めることはさまざまな効果がある。
 「うつ病は過度のストレスがもたらす病気です。ストレスでHSPが増加するといっても限度があり、障害されたタンパクの修復に充分でないこともあります。また、うつ病のように長期間ストレス状態が続くとHSPは低下し、そのままではストレスによる障害を修復することができなくなり、さまざまな症状が出てきます。よって、体を温めることでHSPを増加させ障害を修復、症状を軽減させるのです。桶狭間病院こころケアセンター精神科診療部長鈴木竜世先生との共同研究で、うつ病の患者さんはHSPが低いことがわかりました。また、HSPを高める入浴(HSP入浴)や加温でその症状が改善することが明らかになりました。」
 前述の伊藤博士がスポーツ選手を対象に加温実験を行ったところ、腕立て伏せの回数が69.4回から82.4回に増えるなど運動能力の向上が見られた。筋肉痛も大きく減るという。これを受けて、一部の選手には温熱トレーニングとして取り入れられている。
 年をとるとHSPの生産量は減少する。老人は病気にかかりやすく疲れやすくなるが、これにはHSPの減少が関わっているらしい。38度入浴や適度な運動で体温を上げることでHSPを増やせば、野菜の50度洗いのようにシャキッとフレッシュな体を維持できるのだ。

●入浴の豆知識 1
風呂に入ると肌はうるおう?

風呂に入ると皮脂が流されて水分が角層に吸収されるため、肌がうるおったかのように錯覚するが、実際は風呂から出て約10分後には、入る前の水分量に戻り、水分は減り続けて肌は乾燥する。スキンケアをするには入浴後10分以内が勝負だ。

●入浴の豆知識 2
一番湯の刺激は水道水中の塩素?

一番湯は刺激が強く、老人には良くないといわれる。刺激の原因は水道水中の塩素。塩素除去剤が入っている入浴剤を使えば一番湯でも問題ない。

●入浴の豆知識 3
美肌の湯はお湯がぬるぬる?

美肌の湯と呼ばれる温泉に入ると体がぬるぬるする。美肌の湯は泉質が弱アルカリ性であるため、皮脂や汚れを落とす作用があるのだ。その時に肌がぬるぬると感じる。綺麗になって、美肌になるのだ。

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