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夢はなんですか?

最近、あなた自身の夢を語りましたか?
最後に語ったのはいつですか?

そう聞かれて、ドキリとした。
ちょっとしたミーティング中の会話だった。

ここ数年、仕事の目標とか会社がこうあってほしいということは、
散々考えてきたけれど、それは夢ではなく実現可能な計画や目標値である。
夢とは、現実の在り方とは別に心に描くものであって、近未来に達成させるための仕事の目標とは違う次元のものだ。

私の夢・・・
なんだったっけ?
聞かれて即答愚か、自問自答に入り込んでしまった。
その昔、若い私は何をしたかったんだっけ?

親の会社の2代目として、20年近く会社にすべてを捧げてきた気がする。
自分の人生をかけて、ブランドを守らなければという使命感で、時に
人に嫌われようとも、やるべきこと正すべきことはしてきたつもりだ。
それでも自分がしたいなと思うことは、仕事とうまくマッチングさせてより自分の持ち味も出そうともしてきた。
でも、「それがあなたの夢なのか?」と聞かれれば、使命ではあっても夢とは少し違う。家業として、次世代に繋げるための役割として、使命をもって仕事をしてきていることについては、誇りを持ち大切にしている。
が、「あなた自身の夢は何ですか?」と聞かれたら、それとは違うのかも。
質問をされて、改めて気づく。この歳で「夢」を語るということを完全に忘れていたのかもしれない。

20年という月日の中で邁進していると、もちろん女性としての迷いなどもあったし、荷の重さを感じた頃もあった。それでも、自分の目標は一歩ずつ前に進み、一つずつクリアしていることは確かだった。達成感もあるし、生きがいとも思えることも多々あった。
しかし、先日51歳という歳になり、自分自身の夢について考える羽目になると、なんだかもどかしかった。今まで会社以外のことで考える暇があまりなかったし、そのことに気づいてはいたが見ないふりをしていたのだから。いつのまにやら、私の立ち居振る舞いまで、すべて仕事モードではないか!そんな風に思えてきた。
たぶんこのタイミング、この時代の変化の中で、自分のこともちゃんと考えようと真剣に思えるきっかけがきたのだろう。
私は、何がしたい?
何が夢?
届きそうで届かないくらいの夢なのか、壮大な夢なのかはなんでもいい。
どんな夢があるのだ?

ひとつ、思い出した。
20代のころ、数年かけて日本一周旅行がしたかった。高速道路を使わずに、
車に大量の本とペットを乗せて、産地のものを食べ、郷土料理を教わりながら記事を書く。そんなことがしたかった自分がいた。島も全部回りたかったんだった。シマダスという本まで買って、部屋に日本地図を貼って、思いを巡らせていた時期があった。
もう一度、仕事とは関連付けない夢を熱く語る自分がいたらいいなと思う。
「仕事があるから」とか「もう少し楽になったら」とか、そんなこと関係なく、自分が何をしたいのか。

たぶんそれが思いついたら、そうできるように仕事も生活もシフトしたり、そこで初めて、仕事とマッチングさせたり何か行動に移せばいい。
仕事を言い訳にしない夢があったほうがいい。
今私はそう考えられるようになってきた。
さあ、本当に何がしたい?何が夢? 私よ思い出せ。
思い出そうとしたら、ある人が言った言葉を思い出した。
「周りのみんなが幸せでいてくれることが私の夢です」というのは、
とても素晴らしいことだけどそれは夢なのかなって思う。
それは「願い」だ。現実を帯びた願いであって夢ではない。
私はそう思う。
夢は、ワクワクと一生できないかもしれないけれど、実現させてみたいくらい壮大な突拍子もないこと。だから夢なんだと思うのだ。
さあ、ワクワクするような夢、あなたにはありますか?

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