ウミガメに出会って人生が変わった、一人の若者のストーリー。
ウミガメとの出会い
沖縄移住一年目の2021年夏、沖縄本島北部の本部町のとあるビーチで、偶然にもウミガメの赤ちゃんが生まれる(孵化)瞬間に立ち会うことができた。それから、ぼくの人生は大きく変わった。
ちょうどその頃、「沖縄の海にはウミガメが卵を産みに来て、運が良ければ赤ちゃんにも会えるかもしれない」と話には聞いていたけれど。
まさか、本当に立ち会えるとは…
今でも、「なんて奇跡的な出会いだったんだろう」と夢のよう。
その日からぼくの沖縄移住ライフは、ウミガメ中心の生活になった。
ウミガメの孵化(ふか)とは
全世界には陸ガメを含めて280種近くのカメが生息しており、そのうち海で暮らすウミガメは全部で7種(8種とも)とされている。アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイ。この3種類が沖縄で確認されることの多いウミガメである。
ふだんは海に暮らすウミガメだが、「産卵の時だけは、お母さんガメが砂浜に上陸」する。最も活発な産卵シーズンは、沖縄の梅雨(5月上〜中旬頃)から夏にかけて。お母さんガメは海から上陸し、ほふく前進のように砂浜を移動する。
そして、波打ち際から遠く離れたところで1m程度の深い産卵巣(産んだ卵を埋める穴)を掘り、一度に100個以上の卵を産み落とす。
砂浜から離れたところに卵を産む理由は、波で卵が水没すると死滅してしまうからである。産み落とされた卵から、およそ60日で赤ちゃんガメが産まれてくることが多い。産卵巣の中で卵の殻を破った赤ちゃんガメは、懸命に地上へ這い出して、よちよちと歩き出す。
小さな手足をバタつかせ、目も見えない状態で本能を頼りに大海原へと旅に出る。
砂浜での一期一会
沖縄移住一年目の夏、沖縄北部のとあるビーチでサンセットタイムを楽しんでいた時のこと。砂浜にそっと手を当てて、聴診器で何かの音を聞いている男性のすがたを見つけた。
その時、一緒にいたぼくの友人が「ウミガメの赤ちゃんかもしれない」と言った。ぼくは、「いや、まさか…」と半信半疑だった。
行動派の友人がその男性に話を聞きに行くと、その男性は地元に住む方だった。「これから赤ちゃんが出てくると思うよ」と教えてくれた。本当に赤ちゃんガメが孵化する直前のタイミングだった。
沖縄本島がウミガメの産卵地であること、
運が良ければ産まれてくる赤ちゃんを見られるかもしれないということ。
ちょうど友人から、そんな話を聞いていた。
まさかその日に、その瞬間に立ち会えるとは。
地元の男性からは「赤ちゃんが出てくるまで音を立てないように」と言われ、息を呑んでその瞬間を待ち続けた。
ウミガメの赤ちゃん、産まれる!
30分ほど待った頃、海の向かいにそびえる「伊江島タッチュー」に夕日が沈んでいった。水面に橋をかけるように、海はオレンジ色夕焼け色に染まっていた。
その直後、砂浜にあった小さな山の一部で、サラサラと砂が崩れて小さな穴ができあがった。
なんだろう?と思った次の瞬間、1匹、また1匹と黒くて小さな生き物が出てきた。それこそが、手のひらに収まりそうなほど小さなウミガメの赤ちゃんだった。
それからは、まるで巣穴から湧いてくるように、ものすごい数の赤ちゃんガメが次から次へと這い出してきた。まさに、この地球に命が生まれた瞬間。とても神秘的だった。
見るからに体はやわらかくて弱々しい。それでも力強く懸命に、一歩一歩、前に進んでいた。そして最後は、波に身を委ねるように海へ旅立つ。その姿を見た時の気持ちは、言葉に表せなかった。
その日に砂浜で見たできごとは、帰りの車中でもどこか夢のようだった。
そして、ウミガメについて知れば知るほど、赤ちゃんが誕生する瞬間に立ち会うなんて、砂浜から米粒を探すほど、希少な確率だと知った。
いつ、どこで産卵や孵化があるのか、それはカメにしかわからない。偶然にもぼくがその場面に居合わせたことは、本当に奇跡のようなできごとだった。
暗い砂浜でかろうじて撮影できたスマホの動画を何度も見直して、やっと現実味が湧いてきた。それからぼくの中では、いろいろな価値観が大きく変わった。
沖縄の海に対するイメージ、環境に配慮した生活への意識など、気づけばウミガメを中心とした暮らしになっていった。
赤ちゃんガメとの出会いが、ぼくの人生を豊かなものに変えてくれた。
まずは、もっとウミガメのことを知りたいと思い、沖縄で活動するNPOウミガメレンジャーCHURAMURAの事務所を訪ねた。海やウミガメについて教わりながら、自分にできることを日頃から考えるようになった。
「海にやさしい人になろう」
赤ちゃんガメの孵化に立ち会うまでは、沖縄の海をを見ても「きれいだな」と人並みな気持ちしかなかった。しかし今では、海を見るたびに、「命が生まれるとても尊い場所なんだ」と思うようになった。
また、ウミガメについて学ぶなかで、人間生活と海の密接さを知った。できるだけ使い捨てゴミを減らすエコライフへの意識や、生ゴミを捨てないためのコンポスト(生ごみを土に混ぜて分解させる)も始めた。また、海の水質汚染もウミガメの生態に重大な影響があると知り、洗剤や日焼け止めも環境負荷の少ないものを選ぶようになった。
そして、これが何より大きな変化。奇跡の瞬間に立ち会う経験をした人間として、そのことを世の中へ伝えることの使命感を抱くようになった。どれだけ文字や映像で情報を知ったとしても、実体験に勝る感動はない。
実際に立ち会ったぼくだからこそ、できること、伝えられることがきっとある。休みの日に地元の友人を交えて、ビーチクリーン活動をしている。
また、写真展やお話会などイベントを開催して、海に足を運ぶ機会の少ない人へ、沖縄の海のすばらしさをシェアする場を作った。自分の写真やグッズの販売を通して、NPOとして活動するウミガメレンジャーへの支援も始めた。
そして、SNSから情報発信を続けることで、沖縄の海の尊さや世界に誇れる価値を伝える人になろうと考えるようになった。
これからの夢
あの日ウミガメの赤ちゃんに出会わなければ、今の自分はいなかった。ウミガメの活動を通して出会った人と、ご縁が結ばれることはなかった。仕事以上に、情熱を注げるようなライフワークと出会うこともなかったと思う。
偶然だった一瞬の出会いが、ぼくに豊かな生き方を教えてくれた。生き物を慈しむ心、自然と寄り添いながら暮らすやさしい心、そして、人間生活によって苦しんでいる「海が出している無言のSOS」。本当にウミガメはたくさんのことを教えてくれる。まるで、人と海をつないでくれるメッセンジャーのように。
ぼくはこの出会いを通して、沖縄が海とウミガメにもっと優しい島であってほしい、と思うようになった。
砂浜の小さなゴミ一つでも、カメにとっては大きな壁になる。かつて産卵地だった海岸線にホテルが増え続けることで、カメたちは行き場を失い、絶滅へのカウントダウンは加速する。
この島の貴重な自然と命を大切にするために、ぼく一人では到底無力だ。
1人の100歩よりも、100人の一歩をつくるきっかけになりたいと思う。
そのために、海とウミガメにやさしい種まき活動をしていこう。
ぼくのような若造に、ステキな生き甲斐を与えてくれたウミガメとの出会いに、心から感謝している。これからも自分にできる恩返ししていこう。