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【短編小説】友だちとしてあなたが好き

いつから、そんなことを想うようになったんだろうか。
それを意識するようになったんだろうか。

友だちとしてあなたが好き


「この前、集まったのいつだっけ?」
「金本の結婚式じゃね?」

ゴールデンウィーク真っ只中。
騒がしい居酒屋の小さめのテーブル席に四人で詰め込まれた。
焼き鳥を突きながら、城田が答えた。

サークルを引退して7年、大学を卒業して6年ほど。
とはいえ、厚かましくもあの頃から何も変わっていない。
私も、ほかのメンツも。

「1年ぶりぐらいか。じゃあ、意外と会ってるな。俺ら」
「確かにそうやね。」
「マジで、いい結婚式だった」
「お、それはありがとう。まぁ、準備大変だったから。」
「だろうな。」

いや、変わったのかもしれない。
大人になると、1年に1回会っているだけでも『よく会っている』友だちになる。
そして、そんな友だちは、とても貴重になるのだ。

毎日のように顔を合わせていた感覚すら、もうよく思い出せない。

ビールを気持ちよさそうに飲んでいた紗奈が、そういえばと口を開いた。

「城田と真理子って時々会っているよね。」
「あぁ、最近は八木とか誘って、定期的に遊んでるな。」
「八木くん、最近彼女と同棲始めたんやって。」
「てか、聞いてや。八木がその彼女とマッチングアプリで出会ったんやけどさ。」

私の答えに間髪入れずに、城田が最近仕入れてきたかつての同期の事情を、言いたくて仕方ないと言った風に披露し始める。
相変わらずの話術に、さすがだなと城田を盗み見る。

流石は元サークル長。
お喋り上手で、多趣味で意外と面倒見もいい。楽器も上手い。
吹奏楽サークルの楽器が同じじゃなかったら、
絶対に仲良くなってないだろう。

吹奏楽は、メンバーがそれぞれ楽器を演奏し、1つの音楽を作り上げるところにフォーカスされがちだが、それだけではなく、同じ楽器を吹く2、3人が一心同体となり1つのパートを演奏する難しさも醍醐味の一つだと思う。

気が合うメンバーではないが、同じパートになったからには
リズムを、音を、心を合わせて音を奏でなくてはいけない。

城田は、私とは絶対に交わらない性格タイプだけど
吹奏楽を通して友だちになった。今や貴重な友だちの一人だ。

「東京組は会ってないの?」

城田の問いかけに、紗奈と金本は苦笑いを浮かべた。

「いや〜意外と会ってへんねんな。」
「私もそうやな。あ、てかこの前、城田も来たやつが最後かも。」
「東京出張行った時に、みんなで飲んだやつ?結構前じゃない?」

城田が苦笑いを浮かべながらビールを飲んだ。

「‥いいやん!誰がいたん?」
羨ましそうなリアクションをとりながら、私は思わず机の下で手を握った。

「えっとな…誰がいたっけ?」
「山内と、香織っちとケイ先輩やった気がする。」
「紗奈、全然覚えてへんやん。」

私のツッコミに、紗奈は悪気が全くなさそうに「結構、前やからな」と笑う。

金本は羨ましそうに「俺も誘ってよ」と言った。
新婚やから気を遣ったんだと、城田が謝りながらその時のエピソードを話し始めた。

それぞれの近況を話し、各自が仕入れた仲間内の近況を披露し合い、そして思い出話になる。 
いつものコースである。

22時前にはお会計を済ませ、真理子たちは居酒屋を出た。

「じゃあ、俺らはちょっと。」

含みのある笑顔で、城田と金本が駅とは逆側を指差す。
このやりとりも、大学時代からのお決まりのコースだ。

「まだやってんの、麻雀。」
「いやいや、そんなやで。せっかく金本も帰ってきたし。」
「俺、結婚してやってなかったから。久々やわ!」

意気揚々としだす2人に、私はやれやれと手を振った。
相変わらず、こいつらは。
大学時代、「神が創りしゲーム」だなんだと騒いでいた熱は、まだ残っているらしい。

「相変わらずやな。2人。」
「な〜。楽しそうで何よりやけど。」

駅に向かって商店街を進む。
ゴールデンウィークという名の通り、
掻き入れ時の飲食店が立ち並ぶこの通りは人でごった返している。
誰が、客で、誰がキャッチで誰が店員かも分からない。

「‥そういや、城田って彼女おったよな。割と長めの。」

喧騒の中で、ギリギリ聞こえた問いが、私の耳に小さく弾けた。
横を見ずに、答える。

「あぁ、おったね。今も、続いているっぽいよ」
「ふーん。じゃあ、結婚とかもあるんかな。」
「さあ、知らんけど。考えてるんちゃう?もう30やし。とか」

私は、うまく答えられただろうか。どうして。

「いや、城田が30歳か。変わってなさすぎて、見えんな。」
「それうちらにもブーメランやから。」

昼間の暑さと帳尻を合わせるように、まだ少し肌寒い風がほろ酔いの体に丁度いい。もっと風を感じたくて、紗奈の歩幅に追いつきたくて、私はわざと大股に足を進める。

「確かにな。ほんまに厚かましいけど、実感ないよな。29歳って。」
「‥‥もう10年ぐらい経つ?」
「卒業してから?そんぐらい経つな。早すぎる。」

もうn回はくり返しているこの話題は、「きっと気づいやら40代やで」というお決まりのオチに落ち着くまで繰り返される。

紗奈とはきっとこの話題を40代になるまで、続けていることだろう。
そう思える友だちがいるなんて、私は幸せものだ。

「いつ帰るんやっけ?」
「明日かな。実家にずっといてもすることないしな。」
「そっか。また、帰ってくる時教えてな。」
「うん。じゃあね!」

紗奈がホームに降りていくのを見送りながら、私は手を振った。

スラリとした長身にロングスカートがよく似合っている。
酔うとすぐに赤くなるところも、学生から変わってない。
久しぶりに城田に会って、楽しかったのだろうか。

大人になると1年に1回会っているだけでも『よく会っている』友だちになる。
そんな友だちは、とても貴重。だから大切にしないといけない。

こうやって時々会うだけで、私の心は元気を取り戻す。
それで十分なのだ。

私は、友だちとしてあなたが好きなのだから。




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