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エピソード96 般若

96般若

般若は鬼女として今では使われているが、元はサンス
クリット語であり、悟りを開き、真理を認識する最高
の智慧という意味であった。
それが今日のように鬼女の意味で使われるようになっ
たのは、能の「葵上(あおいのうえ」の影響である。

元は源氏物語の逸話で、葵の上という光源氏の妻を、
源氏の愛人である六条御息所が、嫉妬から生霊になっ
て邪魔をしようとするが、修験者の経文によって撃退
される。その時に六条御息所が、
「ああ恐ろしい。まるで鬼のような般若声」
と言って逃げて行く。
その逸話が色々な経緯を経て、鬼女=般若面という
イメージが固まっていった。


96般若 オリジナルストーリー

ここは大正時代の帝都東京、仲の良い夫婦が上野に住
んでいた。
そしてとある朝。

宗一郎:
須美子、お前最近食欲が無いって言ってたよな。
良かったらこの薬飲んでみなさい。
帝国大学の薬学部の友人が処方してくれた胃腸薬だ、
きっと効くと思うぞ。

須美子:
宗一郎さん、ありがとう。
体の弱い私の為にいつも気をつかって頂いて申し訳あ
りません。
私、早く良くなりますからね。

須美子は宗一郎が差し出した青い薬を飲んだ。
宗一郎は大学に出勤していった。

薬を飲んで半日が過ぎた頃、朝にはふらついていた須
美子はすっかり元気になり、ひさしぶりにこの大きな
古い家の奥の部屋をかたずけていた。

須美子:
あぁ~、おじい様から譲り受けたこの家とても住みや
すいのだけど、モノが多すぎのよね~。
あら、この箱何かしら?

かなり古そうな小さな小箱があった。

須美子:
なんでしょ~、あ開けてみましょ。 
きゃ!...びっくりした。
すごい怖い顔をした般若のお面ね。
なんでこんなモノが?...
...あ、いいこと思いついた!

夕刻、須美子は家から少し先にある神社の鳥居のわき
に隠れ、宗一郎が帰ってくるのを待っていた。

須美子:
宗一郎さんもこの般若のお面知らないはずだから、
私がこれを被って飛び出したらびっくりするわ。
宗一郎さん転んじゃうかしら、フフフ。

須美子は鳥居の所でお面を被って宗一郎を脅かす練習
をしたりして2時間ほど待ったが、宗一郎はなかなか
帰ってこなかった。

やっと宗一郎らしき影が見えたが、一人ではなかった
横にきれいな若い女が一緒だった。
須美子は飛び出すのを止めて隠れ、二人の話を盗み聞
きすることにした。

宗一郎:
すっかり遅くなってしまった。
お前が帰らないでと何度も何度も止めるからだぞ。
もうちょっとなんだ我慢できんか?
妻には友人に預かった毒薬を今朝飲ませた。
すぐには効き目が出ないらしいが、もし後で検死され
てもけっして分からない成分らしい。
そうしたらあの家も俺達二人の物になる、それまで少
し我慢しろ。

須美子は二人が通り過ぎると鳥居の陰から出てきて、
神社の方に走って行った。

須美子:
なんていうこと!私という妻がいるのに他の女にうつ
つを抜かして、さらに私を殺そうだなんて......。
けっして許さない宗一郎!!!

須美子は般若の面を神社に投げ捨てると、髪の毛をか
きむしった!
すると須美子の頭からは二本の角が生え、口も耳まで
裂け、目にはメラメラと鬼火が燃え出した!

そしてその鬼の形相で宗一郎を追い駆け走り出した。
宗一郎の姿が見えた時には女は別れ一人で歩いていた
須美子は宗一郎に後ろから飛びかかった!

須美子:
宗一郎~よくも私というものがありながら~しかも私
を亡き者にしようとは、絶対に許さんぞ~!!!

宗一郎:
お、お前は須美子なのか?
なんというあさましい姿に!あの薬の影響だな。
や、やめろ俺は死にたくない!!!

宗一郎は持っていたカバンで須美子を殴り、その隙に
神社に向かって走り出した。
神社にたどり着くと賽銭箱の裏に隠れながら、必死に
神様に祈った。

神社の神主が声をかけてきた。

神主:
早くこの中に入りなさい!
あなた達話はおおよそ聞いていた。あなたは妻を元の
姿に戻したいか?
それなら一つだけ方法がある。
この般若の面をあなたの妻に被せ、この呪文を唱え祈
るのだ。
かなりの危険を伴うがそれしか方法は無い、
やれるか?

宗一郎はこのままではいずれにしろ殺されると覚悟し
追いかけてきた鬼の形相の須美子に飛びかかりその顔
に般若の面を被せた。
そして教わった呪文を唱え神に祈った。

般若の面は真っ赤に輝き、須美子の顔から落ちた。
須美子は元の顔に戻っていた。

そして横には宗一郎が倒れていた。

神主:
奥様、申し訳ありません。
あなたの鬼の呪いを解くにはこの般若の面を被らせ、
呪文を唱えるしかなかったのです。
ご主人には自分の命と引き換えになると申したのです
が、ご主人は快く引き受けてくれました。
すばらしい愛情です。
しかし、奥様にはつらい思いをさせてしまった...。

須美子は家の者を呼んで、宗一郎の遺体を引き取ると
涙を流しながら神主に頭を下げ神社を後にした。

神主:
帰って行ったか。
それにしてもこの般若の面もいい仕事をしてくれた。
この面に魅入られた者は鬼になるのだ。
そして誰かの命を捧げるまではけっして元には戻らな
い。
今回はあの男の命だったが、あの女も副作用で毒の成
分までもが仮面が吸収し死なずに済んだんだ、俺が恨
まれることは何も無いはずだ。
フフフフフ。

そう言って神主は笑って般若の面を置いた。
部屋のろうそくに照らされた神主の影には
腕が6本生えていた。

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