「水と茶」斉藤志歩句集 感想

 すごく良い句集だった。ほとんど全編良いけどとりあえず10句上げて感想を書いてみる。


咳を詫び電話口より遠ざかる

 電話口と口元をちょっと離すだけなのに「遠ざかる」と言われると大仰な感じがしていい。大仰だけど言葉は単純なのもいい。電話と口元以外の何かも遠ざかっているような不思議な感覚になる。でも多分何も無い。わざわざ「遠ざかる」と認識している人の自意識も気になる(遠ざかる主体と遠ざかることに気付く主体が同一人物だとして)。


子雀の嘴にある鼻の穴

 なんだかしょうもない。小さな子雀の小さな嘴に徐々に寄っていって、辿り着くのは小さな鼻の穴。で?と思う。でもこういうふうに言われるからには何かあるのだろうと思って、また読み返してみる。小さな子雀の小さな嘴に徐々に寄っていって、辿り着くのは小さな鼻の穴。で?と思う。でもこういうふうに言われるからには…よくわからないが繰り返してしまう。思えば子雀の嘴にある鼻の穴なんて見たことない。ちょっと見てみたい。


豆の花テレビの端にマリオ死す

 「豆の花」はワールド1っぽい雰囲気がある。「テレビの端」だからステージから落ちたのかもしれない。あるいは複数人でわちゃわちゃプレイしていて画面端のちびマリオが敵に触れたか。自動スクロールのステージか(ワールド1には無いか)。スマブラの可能性も?いずれにしてもあまり上手なプレイヤーではないように感じる。でも楽しんでそう。これも「豆の花」の雰囲気。


船遊び手を振れば手は風を受く

 船遊びの最中に無邪気に手を振っていたかと思いきや、無邪気に手を振らなければ受けることも無かった風の感覚にふと気づいてしまう。楽しい時に意識がふと自分に向かって一瞬素面に戻る異様な感じ。言っていることはあまりにも当たり前だがちょっと畏怖。と同時に単純に風が気持ちよくて船遊びの楽しさも継続。


ボートより岸の姉呼ぶ声高し

 船シリーズ。ボートのエンジン音やら水の音やら風の音やらに対抗して遠くの姉に向かって声を張り上げたら普段と違う声色になってしまった。それに自分で気づく。姉に聞かれる。姉以外にも聞かれる。ちょっと恥ずかしい。でもボートは楽しいので羞恥心も一瞬で過ぎ去る、と思われたがこうして句に残ってしまう自意識(呼ぶ主体と声の高さに気付く主体が同一人物だとして)。


コンビニやビールでよいか聞く電話

 「や」がいい。コンビニという場面を提示しているだけだから「や」では切れていないはずだが、下五の「電話」と組み合わさった時にコンビニの内と外の対比が生じて広がりを感じる。「コンビニで」とか「コンビニに」だとそうはいかない。日常の些末なことを淡々と言っているだけなのに「や」ひとつで楽しめる。なお真似できる気はしない。


うつむきて夏着の縞を数へゐし

 なんでこんなことをしているのかわからない。単に俯いているのなら少し暗い気持ちなのかなと思うが、自分が着ている服の縞を数えようとするなら俯く必要があるわけで、必要に応じてしていることに対して特別な感情を読み込むこともない。ただ夏着の縞を数えていたというだけなのだろう。なぜかは知らないが。


札深くふたたびかぶる夏帽子

 衣料品店での試着の一場面を想像。値札が見えると着用時のイメージの妨げになるから帽子の奥に詰め込んだか。「ふたたび」と言うからにはある程度は気に入っているのだろう。ただこれだけの描写なのに未来に向けて心弾むような雰囲気。

月涼し道の向ひに二号店

 二号店があるからには当然一号店があって、それなりに繁盛しているのだろう。それを道の反対側から見ている。自分は店に入っていない。物理的にも心理的にも少し距離がありつつ、「月涼し」の心地よさが「二号店」のめでたさとうっすら繋がる。夜の光景としても明るいものが二つ並んで良い感じ。


柿好きで家具組み立てに来てくれる

 一読して知らんがな、と言いたくなる。「柿好きで」なんて情報ははっきり言って第三者からすれば不要。どうでもいい。でもこのどうでもよさこそが当人からすればかけがえの無さでもあって、何度か読むうちに「家具組み立てに来てくれる」の温かさにわけもわからず少し涙腺が緩む。


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