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僕がやった小賢しさ その3

40歳を目前にしてIT企業に転職したものの、営業もダメ、営業が受注した資材の発注仕入れ・納品管理もダメ。

ある日、社長もついに匙を投げたのか渋い顔をして僕に言った。
「あんた、ほんとは何のしたかとね?」
そう言われても困りますってな顔してると、
「よかもう、あんたには期待せんけん。そんかわり、簡単に辞めさせんけんな」

結局、平社員のまま、実態は社長のおまけということになった。机も社長の机の隣である。
もちろん、社長秘書ではない。はたからみたら単に社長の話し相手になってるゴマすり野郎である。^^;

その社長は、経営者というよりもある意味マッドサイエンティストだった。
「おいが今までに分解したことがなかとは、家内と娘だけだ」と豪語していた。
高校時代は、数学の本しかカバンに入れてなかったそうだ。

それで、二人机を並べて具体的には何をやってたかというと、社長がプログラミングし、僕はそのソフトの検証をやっていた。

そんなある日、営業が大きな仕事を取ってきた。
長崎は港町、豪華客船を作っている造船所で船上で働いている作業員をリアルタイムで把握するシステムである。
会社の信用に関わる大事な仕事である。失敗は許されない。

「あんたも営業と一緒に行って、仕様ば決めてこんね」
そう言われて嫌とも言えず、客先担当者にシステムエンジニアですと紹介されてしまった。

そのシステムは、船上で働く作業員のデータをパソコンでカード(裏に黒い磁気テープがあるやつ)に書き込み、入退出のときにカードリーダーで読み込ませ、現場でどこの誰が働いているかパソコンで確認できるというものです。

システム開発あるあるですが、出来上がったソフトを客先担当者にみせる度に、細かい修正が入ります。
そのたびに、社長にソフトの変更修正を頼むのですが、例によって、
「何回も、おいに修正さすんなさ!おいも、そんげん暇じゃなかっぞ」
と、頭を叩かれ、座ってる椅子を足で蹴飛ばされるのです。(すぐ隣にいるので)

会社にいてもストレス、客先に行ったらいったで嫌味を言われる毎日でした。
もう、これ以上納期ものばせない状態でソフトは完成した。

ところがである。忘れもしない、生まれて初めて背中に冷や汗が流れるのを意識した。
社長のパソコンから3.5インチフロッピー(そのころはUSBメモリーなんてなかった)にコピーしたはずのソフトは、客先のパソコン画面を真っ暗にしたまま動かない。
おそらく、僕のコピー間違いだ。

「あっ、バグですね」
一言そう言って、客先を離れた。客先担当者の顔も見なかった。
会社へもどる途中、頭の中は社長になんと報告しようかということでいっぱいだった。

もう、頭を叩かれるなんてものじゃない。腕の一本ぐらい折られてしまうのかもしれないという恐怖が胸をよぎる。どうする、どうする…。

僕は決意した。
やられる前にやれ!である。

目の前に会社のドアがあった。
僕は思い切りドアを蹴った。
いきなり大きな音をたてて開いたドアの向こうで、社員数十人の顔が一斉に僕を見る。

「シャチョー!! おいは呪われとる!」
大声でそう言ってその場に立ち尽くした。
すぐに社長がやってきた。

ふだんおとなしい僕が、発狂したかのように大声出して帰ってきたのだから、さすがにびっくりしたようだ。
「なんや、どうした?落ち着けさ」
と、暴れ馬をなだめるように僕の肩に手をおいた。

僕の小賢しい芝居は成功した。

もう一度客先に戻り、社長との二人三脚で作ったシステムは無事納品された。
おかげで、豪華客船の内覧会にも招待された。

1回の投げ銭で、10匹の猫たちが喜びます。^^V