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NIKKI 2021.5.28 父と娘のモーニングカフェ

 娘は、生まれてすぐの新生児の頃は夜も3時間ごとに起きていて、大体23時、2時、5時がお腹が空いて泣き始める時間だった。夜、授乳のために起きると短くても30分はかかるので、率直に言うと辛い。

 けれども、最近は夜の睡眠時間が延びてきて、2時におっぱいを飲んだら7時の起床時間まで起きない日が続いていた。地球のリズムになれてきたのかなあ、これだったら俺が仕事に復帰してもなんとかなりそうだね、とか妻と話したりして、我が子の成長を感じるとともに夜起きなくていいことにちょっとホッとしていたのだけれど、育児ってのは思い通りに進まないことを忘れていた。一昨日からまた夜中に2回起きるようになったのだ。

 今朝も5時前に、ふがふが言い始めた。今日もかぁと憂鬱を感じながらぼんやりと目を覚ます。手足をビクッと動かしながら、ふがっ、ふがっとうなる娘の様子を見て、愛おしいという感情とめんどくさいという感情が同時に芽生えた。すぐに娘の横にはいかないで、あぁこのままもう一回寝てくれないかなぁと思いながらしばらく娘の様子を眺めていた。だが期待通りにはならず、しばらくすると大きな声で泣き始めた。

 観念して意を決し、娘のもとへ行くためにベッドから這い出る。寝ぼけたようにありがとうと言う妻に対して返事をしながら、娘を抱き抱えてリビングへと連れて行く。大泣きする娘の身体はその小ささからは信じられないほど温かく、生命の力強さと儚さが感じられる。

 娘をマットの上に寝かせて電気ケトルに水を注ぎ、お湯が沸くまでの間に哺乳瓶に粉ミルクをすり切り4杯入れる。すぐにミルクを冷ませられるように、ボウルに氷と水を張って準備を整える。その間娘はずっと大泣きだが、抱きながら熱いお湯を注ぐ訳にもいかないのでずっと放置である。もうすぐできるからね〜と呼びかけながら作るが、泣き声が止んでくれることはない。

 ミルクを作り終え、は〜いミルクが入りましたよ〜、といつもよりワントーン高い優しい声で哺乳瓶を持ちながら近づく。それまで目をつぶって泣いていたのが、遅いわと言わんばかりにこちらをじろりと見つめてくる。それと同時に安心したのか、すっと泣き止んだ。

 左右に首を振りながら乳頭にむしゃぶりつく娘。口が大きくなって乳頭の大きさがあっていないのか、ミルクが口の端から溢れてしまう。けれど、そんなことは大した問題じゃないのか、僕の目をじっと見つめながら一心にミルクを飲み続ける。溢れたミルクをガーゼタオルでそっと拭き取ってやる。

 なんだかおしゃれかなと思って、このnoteのタイトルに「モーニングカフェ」といれたが、実際は朝の授乳はそんなにおしゃれで良いものではない。目覚めの気分は優れないし、口周りはミルクで汚れてでろでろだし、飲みながら盛大な音と共に脱糞するし、飲んだ後のゲップと共に、吐いたミルクを服にかけられるし。

 それでも、覚めない頭と身体を使って授乳を終えたあと、お腹の満たされた娘が微笑みながら眠りに落ちていくのを見つめていると、僕個人にまつわる全てが解放されたような感覚になり、清らかな気持ちで心が満たされる。後悔、悩み、しがらみ、欲望、そういった僕の「自意識」は解けていって、なんというか、自然とか宇宙とか、そういうもっと大きなものと繋がったような神秘的な感覚を覚えるのだ。僕と娘の存在しか感じられない朝の静けさのなか、心はすっと落ち着き、早起きの気だるさも薄まっていく。子供といるとそういう感覚を覚えるときがある。

 この時間も娘の成長と共にいつかなくなっていくのだろうか。娘はどんどん成長し、色んなものから色んなことを吸収し、学び、人格を形成して、自意識を持ち始める。僕と娘の時間は、大きなものを感じるような神秘的な時間から、自意識と自意識がぶつかる、人間的な時間になっていくのだろう。

 うとうとする娘を揺すりながら、ぼんやりと窓の方に目をやると、カーテンの裾から朝日が差し込んでいた。その光が作るコントラストを見て、僕は美しいと思った。

 見えていたのに、見えていなかったものが、見えた。

 今日はいい天気だね、と娘に話しかけながら、僕はこのモーニングカフェの時間を忘れたくないと、強く願った。

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