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スマホに謎のもやもやが住み着く話

202211022104

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夜中夜勤明けの昏睡から覚めると、スマホの液晶画面に得体の知れないもやもやしたものが住み着いていた。

寝ぼけて見る幻覚の類だろうとさほど気にせず放っておいたが、なかなか消えない。
もやもやはどろりとした粘体で、ほぼ透明に透けている。ぱっと見た印象では美容液の類のようにさらふわりとくびれて見えるのに、動きがやけに鈍いのだ。
意思を持った生命体の類では無いように思えたが、柔らかく呼吸するように微動している。
しかも何とも言えず薄気味悪いのは、明らかに液晶画面の下に住んでいる事だ。
液晶画面の透過率が七十五パーセント程度に低下し、顕微鏡の世界のような黒背景に揺蕩うもやもやが見える。

もやもやと暮らす内、どうやらこのもやもやは生活と連動しているらしい事が分かってきた。
疲労感が増す事がある度にどろりと粘性が増し、濁っていき、不純物が混ざっていく。

三週間前の元カノの夜景写真はかなり効いた。
間違えてリアクションしてしまって焦って消したら、急にもやもやが彼女の顔を呑み込んだように見えた。
その時点まではまだ水銀のような粘体だった筈なのだが、見る影もなくグロテスクな姿になり、しまいにはボコボコと脈動し、全体が蠕動するようになったのだ。

先週の店長からの出勤要請のメッセージを受けた時も酷かった。
夕勤が二人休んだから夕勤の時間から出てくれ、との事だったのだが、おかしな事にその通りにすると十一連勤になる。
カッとなった瞬間、もやもやに血脈が走り、目玉がギョロっとこちらを見たように思えた。
この時点で画面の透過率は十五パーセント程度まで低下し、ほぼ本来の画面は見えないも同然の状態だった。

朝、スマホの背面が僅かにボコっと出っ張っている事に気付いた。

流石に動揺し、近くのスマホショップを調べようとした瞬間、
ボコボコっとタチの悪い蕁麻疹のように背面が盛り上がってきた。何かが蠢いている。ぬるり、とした感触。
スマホからはもやもやの産声のように通知音が鳴り響いている。地震発生時のアラートのような耳障りな音が反響して聞こえる。気持ちが悪い。吐きそうだ。
思わず道路脇の川にスマホを投げて、後はもう無我夢中で家まで逃げ帰った。バイトは、スマホが無いとシフトが分からないので行かなかった。

数日間、それはもう平和だった。誰からも何の連絡も来ないし、誰の事も分からない。何なら予定もやるべき事も分からないから無いも同然だし、ひたすら家でゴロゴロしたり、暇潰しに近所のゲームセンターに行ったりしていた。
スマホを他の人が持っているのを見ると自分もまた取り戻そうと思うのだが、何となくその度にあの気持ちの悪いもやもやを思い出して踏み止まる、という事が続いていた。

しかし、どことなくうら寂しい気持ちだった。それはバイト代が入らないとひもじくなる来月への不安かもしれなかったし、何かまったく違う感情かもしれなかった。

夕方、川原に向かうと、バキバキに割れたスマホが落ちていた。もやもやは消えていた。
そして、その上にひよこが一羽。

水没していなかった事が幸いして、スマホのデータは引き継ぐ事ができた。バイト先には謝って勤め続けているし、元カノはなぜか死んだらしい。
ひよこは、育てたら鶏になって、卵を産んだ。
仕方がないから、その卵でオムライスを作った。
何が何だか分からんが美味しかった。

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