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『むかしむかし、あるところに、モグラの四兄弟が棲んでおりました――』 * * * 「今日からここが俺たちのひみつきちだぜ!」 頭を葉くずだらけにして、ヤンが言った。 梢が揺れる。葉がさわさわと音を立てる。高く昇った陽がすじをつくり、あちこちに光の固まりを落としている。沢の水面が、光のつぶを浮かべたようにきらきらと輝いている。 枯れ枝にくくりつけられた古布が、ヤンの頭上で、はためいている。 クソだせぇ、とリディオは言った。 隣にいたゲンランが
合議は、樹齢幾百歳(とせ)の大樹のある〈聖なる泉〉のほとりにて行われる。 樹には森を創った太陽ノ神が、泉には森を護る月ノ精がそれぞれ宿ると謂われており――一種の迷信であることは皆承知の上ではあるけれど――、ゆえにその一帯は、どの種の邑領(ゆうりょう)にも属さなかった。 リディオがヤンたちと駆けまわっていたのも、そういったところである。 その年は、太陽が高く昇るようになるにつれ、恵みの雨もよく降った。 むせかえるような緑と土の匂いにつつまれた、リディオにとっては三
その後、リディオたちはすぐに泉を離れた。マグィは、合議の席についた父親の後ろに巌のごとく佇んで、互いが見えなくなるまでリディオを睨み続けていた。 木から木へ、ヤンが器用に跳び移る。 ゲンランがとことこと地面を走って追いかける。 リディオは彼らの後ろを翔んでいた。 濡れた枝と土のぬかるみに足をとられ、二人は何度も転がった。リディオが手を貸し身を起こして、また進む。 だれも、なにも言わなかった。 やがて視界がひらけたところで、ヤンが止まった。 美しい――沢
「兄上」 森がそこかしこで紅く黄色く色づき、葉が落ちて、高く昇り始めた太陽に新緑が眩しくなってきた頃のこと。嗣子として強いられている勉学から逃げるように、こっそり家を抜け出して森へ向かおうとしたリディオを後ろから呼び止める者があった。 ――レゼル。 双子の弟である。背の高さも顔のつくりも翼の色合いやかたちまでもが瓜二つ。違いをあげるならば――体格と表情、だろうか。ほぼ毎日森を翔びまわっているリディオに比べて弟レゼルは少し細い。肩や背中が薄っぺたで――、 「今日は
「あれは――」 遠目からでもわかる異種の容貌。レゼルが戸惑いの声をあげた。 他種族の邑に許可なく足を踏み入れるのは、暗黙の禁忌とされている。しかし弟は固まったまま――動かなかった。動けなかったのだろう。 そのあいだにもゲンランは臆することなく突進してきて、リディオの胴に、ぶつかるように飛びついた。受け止めきれず後ろに倒れそうになる。とっさに翼を広げて、バランスをとった。 「ゲンラン」 なぜここに、いったいなにが――同時に浮かんだ問いがせめぎ合って喉に詰まる。
「リディオ、あそこ」 指さしたほうへ目をやると、織り重なった木の葉のあいだに人が見えた。ずいぶん高い位置にいる。枝をまたぎ幹に寄りかかって項垂れている。一目でヤンだとわかった。 下降を始めると、呼びかけようとしたものかゲンランが大きく息を吸い込んだ。リディオはとっさに腕に力をこめて制止する。灰狼(イーニィ)族の連中がどこで待ち構えているとも知れないのだ。 頑強そうな枝を選んでそっと降りた。かさかさと、梢が揺れる。 ちょうど体ひとつ分下――ヤンの顔を横から見上げるか
邑へ帰る途中、サクを調達した。ゲンランが以前使っていた傷薬のもととなる蔓草である。どうすれば傷に好いのかわからなかったから、とりあえず数枚の葉っぱを重ねて、蔓でぐるぐる手に巻きつけた。 邑に着く頃には、陽がずいぶん傾いていた。 家の裏手にひっそり降りたにもかかわらず、父が飛んできた。今か今かと待ち構えていたらしい。空の茜色を受けているのに一目でそれとわかるほど父は顔面蒼白だった。心なしか厳めしい顔がやつれて見える。 レゼルから聞いたのだろう。灰狼(イーニィ)族の