"最期の"髪を切る
じいちゃんが末期がんになったと連絡があってから2週間弱が経った。
この土日を使って、僕は、家族と一緒に田舎に帰省することになった。
じいちゃん本人と、ばあちゃんにはじいちゃんの余命についてはまだ告知していない。
だから、帰省した際には、それを悟られないように"演技"をしなければならない訳だけれど、それを思ってか、久しぶりに帰る田舎にも関わらず、その足どりは今までにない程に重たかった。
だけど、何年経っても変わらない故郷の景色や空気、匂い、日本家屋の高い天井、立派な梁の存在を感じる度に、そして何より、思っていたよりも元気そうなばあちゃんの姿を見て、いつしか心の緊張はほぐれていた。
3泊4日の帰省のうち、3日目の今日、じいちゃんが退院してきた。
数年ぶりに見るじいちゃんの顔は、少し痩せこけて、黒ずんでいたけど、声や表情は予想以上に元気そうだった。
末期がんであることがまるで嘘のように元気で、一人で階段も登れるし、医者も驚くほどにピンピンしていた。
「ハンバーガーが食べたい」なんて言うもんだから、思わず、笑ってしまった。
じいちゃんが、髪を切りたいと言ったから、母が洗面所で髪を切ることになった。
僕は、母に頼まれて、スマホのムービーを撮ることにした。
後頭部の薄くて柔らかな髪の間を、斜めに大きな裁ちバサミが入っていった。
水平にならされた毛先を見て、今度は立ててみたり、横にしてみたりと、ハサミを持つ母の手が器用に角度を変え、縫うように髪を切っていった。
最期であることを噛みしめながら、母は、父の髪を慈しむように触って、優しく撫でた。
僕がカメラ越しに写した洗面所の鏡には、サッパリして嬉々とした祖父の顔と、最期を知る者としての"惜しむような"母の姿が映っていた。
ー 大丈夫、この映像は、ずっと残るよ。
きっと、これからは何かをする度に、これが最期になるかもしれないことを意識することになるだろう。
最期の散髪、最期の外食、最期の談笑...。
僕はじいちゃんが立ててくれた「お茶」を飲んだ。
これが最期になるかもしれないのに、香るお茶の匂いを感じているうちに、不思議とこの時間が永遠に続く気がした。
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