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はらぺこキューピッド(6)

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第6話 なぎとなぎさ

 駅からおじいちゃんの運転する車で15分。
家に着くと、にゃぁとしゃがれた声で1匹の猫が渚の足元にすり寄ってきた。
祖父母の家には2匹の猫がいる。
名前は、やきいもとじゃがいも。
3歳になる猫たちはどちらもオスで茶トラがやきいも、キジトラがじゃがいもという名前なのである。
 昔から仲の悪い2匹はほとんど一緒にいるところを渚は見たことがなかった。
 今渚の足元にすり寄ってきているのはやきいもで、じゃがいもの姿はやはり見えない。
「君たちは相変わらず仲がわるいのね。」
やきいものあごを撫でながら、渚はやれやれと思っていた。
 荷物を下ろした渚は「お腹すいたぁ。」と思わず大きな声を出してしまった。
 時計はお昼の12時を回ったところ。
時計真下の壁際にじゃがいもが座っていた。やきいもがいなくなったのを見計らうようにしてじゃがいもが渚のもとにすり寄ってきた。
「ほんとにやきいもが嫌いなんだね。」
やきいもを撫でてあげたのと同じように、渚はじゃがいものあごを撫でてやるとじゃがいもは首を伸ばして気持ちよさそうにしていた。
「この子たちは相変わらずなのよ。今お昼ご飯食べようね。」
とおばあちゃんが笑っている。
「わぁい!もうお腹ぺこぺこだよ!」
キューピッドも渚の隣で大きくうなずいている。
 おばあちゃんが持ってきてくれたのは、大きなお皿いっぱいのおにぎりだった。
 そのおにぎりは、渚の知っているおにぎりとはちょっと形が違う。
「わぁ!すごくきれい!美味しそう!」
思わず声が出た渚はおにぎりに釘付けになっていた。
 半分に切られたであろうおにぎりからは、色とりどりの具が見えていてすごくカラフルだ。どれから食べようか迷ってしまうくらいたくさん種類があってワクワクする。
 渚は一番近くにあった、緑と薄茶をクリーミーにした色の具が入ったおにぎりを食べてみる。
「ん~!美味しい過ぎるぅ!」
具の中身はどうやら、ほうれん草とツナマヨのようだ。
 こっそりキューピッドにも食べさせてやると、美味しさのあまり床を叩いて悶絶している。
「おばあちゃんが作ったの?めっちゃ美味しいよ!」
「うふふ。ありがとう。これはねおにぎらずって言うのよ。」
「おにぎらず?」
「豆腐のパックを使ってご飯と具を交互に挟むの。それから海苔で包んで半分に切るだけの簡単おにぎらず。残ったら冷凍することもできるのよ。」
 テレビで見て作ってみたら手も汚れないし簡単だったの、とおばあちゃんは嬉しそうに教えてくれた。
「おばあちゃん、これわたしも作れるようになりたい!」
「もちろんできるわよ。お昼ご飯によくおにぎらずを作るから、一緒に作りましょう。」
「ありがとう!それとね夏休みの間、他にもたくさん料理を教えて欲しいの!」
 勢いよく言った渚におばあちゃんは驚いていたようだったけど、いいわよ、と嬉しそうに言ってくれたので安心して次のおにぎらずに手を伸ばした。
 次は紅色と黄色の具。これは鮭と卵だな、と渚は思う。
大きな口を開けてガブリと食べてみると正解!これも美味しい。
 あれもこれもと渚とキューピッドはおにぎらずを食べていた時に、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
「あ、来た来た。」
と嬉しそうにおばあちゃんが立ち上がる。
 お客さんかな、と渚が思っているうちにパタパタと廊下を走る足音が聞こえてきた。
「こんにちはー!あ、おにぎらずだぁ!わたしも食べていい?」
 渚は大きな声にびっくりして扉の方を振り向いた。
 するとそこには小学校低学年くらいの小さな可愛らしい女の子が立っている。前髪は眉の上で短く切りそろえられ、耳より高い位置で一つに髪をまとめている。
「この子は?」
「この子は近所に住んでいる子で、よく遊びに来てくれるの。なぎちゃんって言うのよ。小学校2年生なのよね。」
とおばあちゃんが女の子を見て言う。
「うん!そうだよ!」
 なぎという名の女の子は、既におにぎらずを頬張っていて、満足そうに答えた。
 祖父母の家にあまりにも馴染んでいる少女に呆気にとられていた渚だが、辛うじて自己紹介をする。
「わたしは、おじいちゃんとおばあちゃんの孫で渚っていうのよ。夏休みの間ここにいるからよろしくね。」
「おねえちゃん、なぎさっていう名前なんだ!なぎとなぎさってなんか似てるね!」
と嬉しそうになぎが言った。
 なぎとなぎさ。
 確かに似ている。急に目の前の少女に親近感がわいてきた渚は、一緒になっておにぎらずを頬張っていた。
 昼食を終え、なぎにせがまれ折り紙で散々一緒に遊んだ渚はなぎが帰った後ぐったりしていた。
「ふぅ。疲れたぁ。なぎちゃんパワフルだったなぁ。」
「ぼくなんて横にいただけなのに疲れたよ。しかもなぎちゃん見えてないはずなのにチラチラこっちを見るんだよね。ドキドキしちゃったよ。」
 キューピッドが苦笑いしている。
「なぎちゃんには見えてるのかもよ?小さい子はそういうの見えるって言うもんね。」
「えぇ!なぎちゃんに見られたら話しがややこしくなりそうで困るなぁ。」
と泣きそうなキューピッド。
「うそうそ。見えてたら何か言うだろうし、きっと大丈夫だよ。」
と渚はキューピッドをなぐさめた。
「そう言えば、あなたの矢の色がちょっと変わった気がするの。よく見せて。」

 キューピッドが矢を下ろし、2人でまじまじと見つめてみる。
 最初に出会ったときは毒々しい紫色だったのが、やわらかな薄紫色に変化しているようだ。
「おにぎらずをいっぱい食べたからかな?やっぱり色が変わってるよ!」
「本当だ!渚ちゃん、ありがとう!」
「いや、わたしまだ何にも作ってあげられてないからこれから頑張るね!」
「あ、そうか。でもすごく楽しみにしてるよ!」
渚はあらためて料理を作れるようになろうと決意した。

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門


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