はらぺこキューピッド(9)
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第9話 熱いアイスクリームには美味しいコーヒーを
今日は待ちに待った熱いアイスクリームを食べる日だ。
お昼ご飯はこの夏、もう何度目かのおにぎらず。
最初は海苔がうまく包めずに失敗することもあったが、回数を重ねるたびにうまくなった。
今では渚1人でもおにぎらずを作れるようになっていた。
例にもれず遊びに来ているなぎはすっかり家族の一員のように渚は思える。
いよいよまちに待ったおやつの時間だ。
「渚、今日は美味しいコーヒーの淹れ方も伝授してやろう。」
おもむろにおじいちゃんが言った。
そう。昔喫茶店のマスターをしていたおじいちゃんの淹れるコーヒは超絶に美味しい。
その淹れ方を伝授してもらえるなんて渚は嬉しくて嬉しく震えた。
「え、いいの?わたしがんばるね!」
「すぐに上手くはできないだろうけど、練習してごらん。」
とおじいちゃんが言った。
「美味しいコーヒを淹れたら、みんなで熱いアイスクリームを食べよう。」
渚は目の前に置かれた、コーヒ豆、ドリッパー、先の細いポットを見てなんと本格的なのだろうと、思わず武者震いした。
コーヒー豆は既に挽かれている市販のものだが、香ばしいにおいが漂っている。
「まず最初は何からすればいいの?」
渚はおじいちゃんに向き合った。
「1投目のお湯を注いでから30秒ほど蒸らす。2投目のお湯が沈み込んでしまう前に3投目のお湯を注ぐんだよ。の の字を書くように注ぐのがポイントだ。」
コーヒーを入れるためのフィルターをドリッパーにセットするまでは渚にもすぐできた。
しかしお湯を注ぐ段階に来ると、見るのとするのは全く違っていた。
のの字を書くのも難しいし、フィルターの中でコーヒーの粉が動いてしまい均等にならなくて渚はひたすら苦戦していた。
「おじいちゃんがお湯を注いでいるのを見ると、すごく簡単そうなのにやってみたらめちゃくちゃ難しいよう。」
何度やっても上手くできない渚は泣きべそをかきながら言った。
「そうなんだよ、これは意外と難しい。おじいちゃんも昔何度も何度も練習したんだ。」
実際に淹れたてのコーヒを飲んでみたが、同じコーヒー豆のはずなのに味が全然違うのだ。
渚には難しいことは分からないが、おじいちゃんのコーヒーはただただ飲みやすい。ミルクなんか入れなくてもそのまま飲めてしまう。反対に自分が淹れたコーヒーは何というか、渋いような酸っぱいような、そのまま飲むのはちょっとしんどい。
「これはまだまだ修行が必要だなぁ。」
渚はがっかかりしたが、その日から毎日コーヒーを淹れる練習をすることに決めたのだった。
「さぁ、熱いアイスクリームの仕上げだ。」
おじいちゃんがたっぷり油の入った中華鍋に火をつける。
油が温まってきたら、冷凍庫から昨日仕込んだ塊を取り出し、さっと揚げる。
「早すぎるとカチカチすぎるし、揚げすぎるとアイスクリームが溶けだしてしまう。この塩梅が難しいんだ。」
おじいちゃんはそう言いながら、次々と揚げていく。
あっという間にすべてのアイスクリームが揚げられ粉砂糖を上から振りかけたら完成。
香ばしいコーヒーの香りと、熱いアイスクリームの甘い香りが混じりあった部屋は幸せ空間そのものだった。
「いただきまーす!」
熱々のホットケーキをナイフで切るとじゅわぁっとアイスクリームが流れ出てきた。
渚は急いで口に運ぶと、思わず目を閉じた。
「熱い、でもアイスクリームが冷たくて幸せすぎる~。」
揚げているので、少し油っぽい感じもするが、口の中で熱さと冷たさが口に広がり渚はなんだか懐かしい気持ちになっていた。
「もしかしてわたし、これ食べたことある…?」
「ああ。渚が6歳ぐらいの頃、おじちゃんと2人で留守番をする日があってね。渚と食べようと思って用意していたんだ。案の定その日は渚はすごく不機嫌でおじいちゃんは手を焼いたが、熱いアイスクリームを食べるとすごく喜んでくれたよ。」
おじいちゃんは目を細めて話してくれた。
渚はぼんやりとした記憶がよみがえってきた。
「うん、なんとなく思い出したよ。お母さんやおばあちゃんがいなくて寂しかったこと。でもこの熱いアイスクリームがすごく美味しかったこと。何で今まで忘れてたんだろう。」
食べ物で記憶がよみがえることがあるなんて、渚はちょっと感動してしまった。
なぎもキューピッドもパクパクと熱いアイスクリームを食べている。
なぎもいつか今日のことを忘れ、同じ料理を食べて思い出す日が来るかもしれないと思うと渚は、なんだか今この時間がとても大切に思えたのだった。
渚の淹れたコーヒーはおじいちゃんにはまだまだ敵わないが、みんなありがとうと言って飲んでくれて渚は素直に嬉しかった。
まだ小学校二年生のなぎはコーヒーが飲めないので、ずるいずるいと渚の隣でずっとぶーぶ言っている。
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