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小説『わたしのお婆ちゃんは元巫女さん』(3話目一気に最終回)

3話 温泉旅館の怖い部屋(一気に最終回)

私は胸のお祖母ちゃんのお守りをぎゅっと握って部屋を出て、アヤとユカの後を追いお風呂へ向かった

「遅れてごめんね!アヤ?ユカ?いるの?」

露天風呂の湯には二人がちゃんと浸かっている。
でも、いつもの煩いくらいの二人ではなく、無言で目は何を見ているでもない宙を見ているようだ。

「アヤ?ユカ?」

もう一度声をかけても、二人は静かに虚ろな目のまま湯舟を出て私の横を素通りし、露天風呂から出て行ってしまった。


二人が部屋に無言で帰っていくのを、私は後ろから着いていくことにした。
たぶん、私が平常なのはお祖母ちゃんのお守りのおかげだろう。部屋の前に立つと、二人はいきなり苦しむように怒り出した。

「何よこれ!邪魔よ!」

部屋の入り口に私が置いた盛塩を蹴散らしている。
塩なのに、蹴ったアヤが足が痛いと更に怒り出した。私は思わず息を飲んだ。部屋に入ると、お祖母ちゃんの塩のおかげか空気が清浄だ。準備しておいて良かったと胸をなでおろした。

「お祖母ちゃん、ありがとう。でもどうしよう。もう帰りたい・・・・なんか怖いよ」

私がポツリとつぶやくと携帯電話が鳴った。着信は母からだ。

「もしもし、お母さんよ。お祖母ちゃんが渡した塩の袋の中に、お札を入れたそうよ。なんか危ない感じがしたら使ってですって。貼るなら山側ですってよ。」

分かったと言って電話を切ると、すぐにお祖母ちゃんの袋の中を確かめた。
確かに塩の中にお札が入っている。
お祖母ちゃんの実家のお札。これのために外出していたのかと気が付いた。
私が慌てて山側に貼ると、空気がウァーンと水の波紋のように揺れて、誰かの小さな叫びが聞こえた気がした。

「うーん。あれ?寝ていた?」
アヤが起き、ユカも続いて起き上がって、
「あー、良く寝た!」
と伸びをしている。

私が怖かったのも知らず、なんて呑気なのだろう。
「夕食は新館のレストランですって。ねぇ、お腹空いたよね」
二人はせっせと今度は夕食に向かう支度をしている。今度は二人が私を急かすように新館のレストランに向かった。

「うわー、すごいご馳走だよ。来てよかった!」

食事は山海の珍味と言う感じで豪華で品数も多い。さすが予約困難な旅館だと思った。
旅館の女将さんがテーブルまで来て頭を下げた。爽やかな笑顔で、

「露天風呂は満喫されましたか?お食事はいかがでしょうか。お味は?量は足りますか?」
と、丁寧に挨拶していった。食べ終わるとユカは、
「部屋に帰る前にお土産ちょっと見ない?」
と、私を誘ったので、アヤだけ先に部屋にかえって、私とユカは新館のお土産コーナーで買い物をすることにした。

買い物を終えて部屋に帰ると、布団が敷いてあってアヤは既に寝ているようだ。
ユカがつまらなさそうに言った。
「なんだ、眠っちゃったの?大浴場いかないの? つまんないわね。ね、二人でお風呂行ってこようよ。」


どれくらい眠っただろう?

お風呂から出てすぐ布団に入って眠ったものの、ふと夜中に目が覚めた。
身体が動かない。周囲の空気がおかしい。

覚悟はしていたけど、やっぱりやってきたと思った。
首が動かずお札がちゃんと貼られたままかも確認することもできない。
ユカがうなされている。助けなきゃと思うけど私も身体が動かせない状態だ。

そのうち、山鳴りのような音がしてきて、無数の悲鳴や叫び声が部屋を充満してきた。
「助けて、助けて、助けて。」
そう言いながら足元から冷たいドロドロしたようなものが這い上がってくる感触がする。

「まずい。このままでは(魂を)喰われてしまうかも。お祖母ちゃん!」

今となっては時遅し。
一般人ならここは心の中で「自分のところには来るな」と念じて過ごすしかないのだけど、巫女の孫としては戦うしかない。

お祖母ちゃんが言っていた「戦う」意味がこの状況で分かるなんて。

枕の下に忍ばせておいたお祖母ちゃんの大量の塩を必死の念と力で引き出し、中の袋から鷲づかみにして部屋の空中に向かって投げつけた。
小さい頃からお祖母ちゃんに教わっていた清めの言葉も絞り出すように唱えた。
塩を投げつけるたびに切り裂くような悲鳴が聞こえる。

3~4回投げつけると、私の身体の自由もきくようになったので、起き上がって周囲を見回した。
部屋は半分埋まるような泥だらけで、浴衣を着た無数の人たちが泥に半分埋まってぎっしりひしめいている。

ユカの悲鳴が聞こえて振り向いた。
アヤが起き上がって、ユカの首を絞めている。私はアヤの後ろに回ると、念じて塩を投げつけた。

お祖母ちゃん助けて!私が心の中で必死にお祖母ちゃんへ助けを求めると、山側に貼ったお札が
「ブチっ!」
と裂ける音がして、泥も人々も瞬間的に無くなってしまった。
私はホッとしすぎて、そのまま倒れ気を失っていた。

いつの間にか朝になっていた。
起きると、二人は機嫌よく朝風呂から帰ったところだった。
何もなかったように、二人はいつものようにおしゃべりしながら浴衣のままくつろいでいる。

「私もちょっとお風呂行ってくる」
と言いながら、私は湯に入らずに露天風呂の外に行ってみた。

露天風呂の近くには小さな碑みたいなのが建っているが、石に刻まれた言葉は汚れかすれて読めない。
そこへ旅館の女将がいつの間にかやってきて隣に立っていた。

「本館にお泊りのお客様ですね。」
「はい。」

「この碑は、昔々この山が地崩れを起こして、家や畑、温泉旅館などと共に人々を飲み込んでしまった災害の慰霊碑です。
更に、この山の上には人家をも建てないようにという昔の人の注意書きみたいなものが彫ってあるそうです。
うちの旅館も災害時には本館の半分を飲まれたということでした。そこで、再び山側には建てずに道路側に建物を寄せたのです。
本館は営業にはあまり使わないようにしてきたのですが、この忙しいシーズンにキャンセル待ちをするお客様にはやむなく提供してきました。
世間に出ないのは、恐ろしさのあまりか噂にさえならないという。」

女将はうつむいた。そして深々と頭を下げると、
「本当に申し訳ありません。
ご宿泊代はいただきませんので、どうかお許しください。お友達はおそらくあまり覚えておいでではないはずです。
しかしお客様には怖い思いをさせてしまいました。」
私は首にかけて胸元に入れていたお祖母ちゃんのお守りを出した。

お守りだけが泥で汚れていた。

『わたしのお婆ちゃんは元巫女さん』終わり

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