小説『わたしのお婆ちゃんは元巫女さん』(2話目)

2話 温泉旅館に着きました。

温泉旅行当日。

アヤとユカと一緒に電車で駅弁を食べながら楽しい旅が始まった。
都会を離れていき、車窓は緑濃い山間へ。ローカル電車の揺れも心地よい。
旅館の最寄り駅へ到着頃には、私たちは結構なハイテンションに仕上がっていた。

ところが下車すると、駅へ送迎のバスが来ているはずなのに見当たらない。アヤは駅のロータリーの端まで歩いて出て見回してみた。
「見当たらないよ。来る様子ないんだけど。暑いー、日焼けしちゃう。もうクレームものだわ」
アヤはイライラして、ロータリーの端のお地蔵さまがずらっと並んでいるところで座り込んでしまった。

「お地蔵様も待たされたら嫌だよね。あ、頭暑いよ。冷やしてあげるよ」
アヤは手に持っていた飲みかけのメロンソーダをお地蔵さんにかけだした。

「ちょ、ちょっとアヤ、それってバチあたりな・・・」
止める間もなく、アヤはほとんどのお地蔵さんの頭にメロンソーダをかけてまわり、熱されていた頭からは甘い香りがあたりに漂ってきた。

「あーあ、ガキみたいなことするなよ。何考えてんの」

ここで初めて、いつも笑顔を絶やさない可愛いユカの顔から、いつのまにか笑顔が消えているのに気が付いた。言葉も乱暴で、まるで別人のように。

降り立った駅は緑の山々に囲まれた空気の美味しいところだった。
私が深呼吸をして、胸いっぱいに酸素濃度の濃い空気を楽しんでいると、横でアヤとユカが更に様子がおかしくなってブツブツ言っている。

「え?なに?聞こえなかった。どうしたの?」

私が二人に話しかけると、こちらを振り向こうともしないで地面に荷物を叩きつけて怒っている。
確かに到着しているはずの旅館の送迎バスが来ていない。
だからといって、そんなに地面に叩きつけるほど怒るかなぁと不思議だった。

「ねぇ、ジュース飲む?」

自動販売機でジュースを買うと、二人に手渡そうとした。やはり振り返ろうともしないので、顔を覗き込むと目が血走って眼球が飛び出しそうな感じだ。

「ねぇ、具合悪いの?」

やはり二人は答えない。
そのうち旅館の送迎バスが到着し、落石があって通行止めのために遅れたと運転手がしきりに謝っている。
それでも二人は、謝っている運転手をスルーしてバスの席に座ってしまった。

私は運転手に迎えのお礼を言いながら乗った。
「落石ってよくあるんですか?大変なところお迎えありがとうございます」
「いえ、落石は最近は無かったのですがね。遅れてしまって本当に申し訳ないです。お連れ様もきっと疲れて怒っていらっしゃるのでは・・・」
私は「大丈夫」と少し笑って首を振った。

旅館に着くと女将と支配人が送迎バスから降りる私たちをにこやかに出迎えてくれた。

駅に降り立った時からイライラと別人のような様子だったアヤとユカも、いつの間にか普段の二人に戻っている。

「どうぞこちらへ。お部屋へご案内いたします。本日はキャンセル待ちからのご予約だったため、申し訳ありませんが古いタイプの本館のお部屋となっておりますが、緑豊かな景観になっております。どうぞごゆっくり御くつろぎください。温泉大浴場は館内、露天風呂は本館裏手にございます。」

仲居さんに従って新館の玄関から入った私たちは、長い廊下を通って本館へ入った。
本館へ入ると、エアコンが効いていた新館とは別のヒンヤリした空気。
少しカビ臭い気もしたが、評判の有名旅館でもあるし、きっと私の気のせいだと自分に言い聞かせた。

「こちらです。」

畳10畳ほどの部屋に上がって仲居さんが障子を明け放し、お茶を入れてくれた。
私は開け放した障子から風景を観てビックリした。

「ここは山側の建物なのですね?」
私が仲居さんに聞くと、

「そうです。元々山側に露天風呂もある本館だけでしたが、送迎バスが横づけしやすい新館を増設いたしました。何かございましたら、お電話でフロントにも繋がりますのでお呼びください」
と、部屋を出て行った。

「さーて、お風呂いこう!」

私が気を取り直すようにそう言ってアヤとユカを振り向くと、二人はお風呂グッズを手に、音もなく無表情にスーッと部屋を出ていってしまった。

私は自分のお風呂グッズと浴衣を手に後を追いかけた。
新館と本館をつなぐ長い廊下は窓もなく薄暗い。

確か仲居さんは本館が山側にあると言っていた。お祖母ちゃんの言っていた「山側の部屋」とはこれではないのか。
部屋を替えてもらえたらとも思ったが、おそらくキャンセル待ちで今の部屋なら、他の部屋は満室で部屋替えは無理だろう。

私は廊下から部屋へ取って返した。

アヤとユカの様子も変だし、この本館の空気も普通じゃない。
部屋へ入って自分の荷物からお祖母ちゃんのお守りと塩を取り出した。
私はお守りを首からかけると、塩を部屋の四隅に置き、入口にも盛った。

一瞬、部屋が震えたようだった。

「背中にゾクゾクくる。これは気を抜けないかも」
私は胸のお祖母ちゃんのお守りをぎゅっと握って部屋を出て、アヤとユカの後を追いお風呂へ向かった。

(3話目に続く)

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