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呉服屋で囲み営業を受けてきた話

申し訳ないが、ネガティブな話になるかもしれないことを前置きする。

高校を卒業するくらいの頃だったかと思うが、祖母が浴衣を縫ってくれた。グリーンにオリエンタルな柄で、とても私好みの良い柄のものだ。
祖母は洋裁が得意で、実家の離れ(通称・仕事場と呼ばれていた)の一角は祖母のアトリエみたいになっていた。祖父が亡くなったあとはすっかり弱ってしまったのと、認知症も発症して仕事場は母の本で埋め尽くされるようになっていた。

その着物を着て出かけたのはよいが、お手入れをどうすべきか?

実家にいた頃は母がうまくクリーニングに出してくれていたようなので良かったが、実家を出るとどこに出せば良いのだろう、と悩む。家で洗えるのは知っているが、迂闊なことをして駄目にしてしまうのは嫌だった。
呉服屋で洗いに出す方が安心だな、と思ったので近所のショッピングモールに入っているチェーン店の呉服屋で聞いてみることにした。
これが囲み営業を受けた発端である。

ショッピングモールの呉服屋チェーン店

まぁ分かってた。
正直いうと、9割くらいは信用できない店だろうなと思っていた。
なぜなら経験がある。

まだ学生の頃、実家にいた頃だ。母と行ったユーストア(当時)で買い物をした帰り、呉服屋で100円の浴衣が売っている、と足を止めたことがあった。気さくな店員はいいカモが寄ってきたと思ったのだろう。我ら親子に声を掛けてきた。浴衣をエサにして着席させた後は帯、小物、将来の振袖、果ては着物メーカーの見学まで勧めてきた。
母は色々と勧められるものをすべて見事にかわして、100円の浴衣一枚を手に帰宅した。

釣られた理由

見に来ただけですよ、とあらかじめ伝えていたことは前置きしておく。
どうぞどうぞと言われて反物を見せられた。濃い色の反物がとても美しく、いいですね、と言ったあとは気がついたら鏡の前で着せられていた。あの手腕は見事だな、と思う。
それから、実に私好みかつ私に合う色柄を持ってきたのは流石にプロだなぁと思った。感心している場合ではないのだが。

釣られるだろうな、と思いながら言ったのでまぁ勧められるままに買ってしまった、みたいなことにはならないのだが、釣られてみた理由もある。

一つは浴衣の洗いを相談したい。
もう一つはあわよくば良い反物を眺めて、目の保養がしたかった。


囲んで褒めて、勢いで買わせる

担当さんに店長、それからメーカーの社長と卸のひとの合計四人、担当さん以外は男性だった。男性多めに囲まれたのだが、気の弱い方だったら圧に負けて買ってしまうんだろうな、と痛感した。

羽織まで合わせられて、椅子を勧められた頃にはすっかり囲まれていた。なるほど~~~~うまいな、こうやって囲むんだな、と思った。
なお着物が単衣で100万円、帯が西陣織の袋帯で60万円、それに羽織を加えると200万円を超える金額、と言われた。笑っちゃった。ごめん。
それをポンと即決できる人間、いるか?

いやぁ、買わないですね。
そう言っていると、店長が電卓を持ってこのくらいまでなら落とします、と言い始めた。これも進研ゼミで見たやつ~~~となった。

いやぁ無理ですねbotと化していた。
言いながら、着物と帯だけでも!から、着物だけでも!に変化していき、最終的には100万の着物を50万で、と言っていた。いや、買わんよ。

かっこいいだの似合うだのおしゃれだの持ち上げてくるのは結構だが、もうちょっと客の気持ちになってほしい。
思い切って、とか頑張って、とか言うのは何なんだ。

買わなくても見せてほしい気持ちはどうしたら

担当さんに「汗がついて申し訳ないので」と声を掛けたら意外にもあっさり脱がせてくれたので、時計を見てこのあと待ち合わせがあるので、と伝えて脱出したが、なるほど、圧に弱い方は押し負けるだろうな、と思った。

私自身、布や反物を見るのはとても好きで、いずれはお仕立てもしてみたい気持ちはある。呉服屋の前を通りかかると足を止めて好みの柄があればいいな、と思う。しかしこんな圧を掛けられて迫られて、もう正直面倒くさいの気持ちしかない。

もし「買うつもりもないのに来ないでくれ」と言うことだったらそれは申し訳ない、じゃあもう行かないです、となる。
だが、洋服屋でそんなこと言う店あるか?ウインドウショッピングもするし、素敵な洋服を見たら心がぴょんぴょんする。それくらいは許されたいと思うが、こんなに囲まれて圧を掛けられたらもういいや、ってなるのは致し方ないだろう。

着物業界これでいいんですかね

とはいえ、昨今の着物業界をTwitter(いまはXと表記するのがいいのだろうか)で見ていると、そういった押し売り同然の状況に憤りを感じている着物愛好家はたくさんいるし、憂いている呉服屋もたくさんいらっしゃる。

職業を聞かれたのでざっくりとIT系です、と言ってみたら「すごいですね、僕らずっとアナログなんで」と言っていた。着物業界がどういう目で見られているのか、もう少し情報収集したほうがいいぞ、と思った。
まぁとはいえ店員や店長さんは雇われなので、会社の方針が古いままなのだろうと思うが。

着物の着方についても、自由な着方をご理解いただけないようであった。中にスカートを履くとか、洋服に着物を合わせるとか、そういったことについてはピンと来ていないようだった。
まぁそれは別にいい。我々が着るときに好きに着るだけなのだし、TPOは弁えるつもりはある。とはいえ、昨今様々な着方を楽しんで若い世代がまた着物文化を楽しんでいるのを、情報収集もしないままなんてもったいない。
そりゃあ衰退するはずだ、と思ってしまった。

有楽町にある呉服屋の話

都内で暮らしていた頃、有楽町の呉服屋にふらっと入ったことがあった。
店内は従来あるような呉服屋とは違って、普通に洋服を売っているアパレルの売り場に近く、入りやすい店だった。帯留めなどの小物も可愛らしいものが多く、見ているだけでも楽しかった。

店員が若い女性で、着物にレースの羽織を合わせていた。
可愛い洋服を着るかのように着物を着こなしていてとても素敵だったし、洋服店の店員が「これ可愛いですよね~私もこれ買っちゃったんですよ~」とよく言うが、まさにそういう感じの接客だった。

もうひとつその呉服屋の好きなところは、訪問着などのフォーマルも扱っているが、同時に洗える着物として安価な着物の取り扱いがあるところだ。
着物は好きだが、100万の着物をぽんぽん買えるわけがない。
もちろん良いものを長く着る、ということは価値があるし、作家が作るものを高い!安くしろ!というつもりは毛頭ない。

高価なものほど、よい気持ちで購入したい

出せる金額も限られているし、そうそうローンを組めるわけもない。
質のいいものはもちろん相応の値段であるべきなので、否定しない。
一方で、質を落として手に取りやすい価格帯のものを扱う、というのは着物文化の間口を広げることにも貢献していると思う。
有楽町のその店では4、5万の化繊の着物を勧められたが、当時一人暮らしでかつかつだったので断ったときはさっと引いてくれた。今考えると、あの店でならやはり仕立ててもいいな、と思える。

どうせ高価で良いものを購入するとなったら、気持ちよく買いたい。
これは初めて車を購入したときに思ったことなのだが、着物も同じだ。
気持ちのよい接客は、褒めそやして圧をかけることではないし、ましてや無理ですと言っている人に対して「頑張りましょ」と言うことではないのだ。

結局浴衣の洗いをどうしようか、となったが、大事な着物を預けたい店ではなかったことがわかったので、結局大伯母の店にお願いすることにした。
つまり、今日行った店は浴衣のクリーニング代4,000円すら逃したのである。

こういう接客、そろそろやめたほうが良いと心底思う。


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