アイドリッシュセブン モブ妄想 3_ファンの子

「最近和泉三月さ、出しゃばり過ぎじゃない?」

初めてその言葉を見た時、思わず携帯を床に投げつけてしまいそうなほど腹が立った。あの時そばに居た妹が「姉ちゃん何してんの?!」と止めてくれなければ、今頃あたしの携帯はお陀仏だっただろう。頭の上に真っ赤なツノの生えた母親の姿が思い浮かぶ。妹よ、ありがとう。
でもそれ程に、あたしにとってはありえない発言だったのだ。怒り、次に悲しみ、心臓を誰かにぎゅっと鷲掴みにされたような息苦しさが襲ってきて、足先から冷えていく感覚に身震いした。
これはあれだ、ピアノの発表会で、ミスをした時の、あの感覚に似てる。それを思い出した瞬間、彼のことを思った。彼には絶対に見て欲しくない言葉だと、そう思った。

IDOLiSH7の和泉三月という人物は、贔屓目に見ても目立たない存在だと思う。
りっくんみたいに歌が上手くてセンターを飾ってる訳じゃなければ、環くんみたいに女の子がキャーキャー言うようなセクシーさもない。やまさんみたいな大人の魅力もないし、そうちゃんみたいに魅惑的ななにかがある訳でもなくて、ナギくんみたいに心臓を撃ち抜かれるような顔面も、弟のいおりんみたいなスマートさもない。彼には、ないものだらけだと、あたしは思う。
男の人にしては背が小さくて、顔はそこら辺の女の子より可愛いけど、女の子受けはあまりよくないだろう。華奢だし、歌もダンスも特別うまいわけじゃないし、正直彼氏にしたいのは?って聞かれたらあたしだってやまさんって答える。そんな人。
でも、アイドル和泉三月は、誰よりもアイドルだ。
可愛い笑顔に、小柄な身体、でも見た目に反して男前な性格で、そのパワフルさに元気を貰える。元々上手かった司会の腕は番組に出る度に上達していて、歌もダンスも特別うまくはないけど、だからこそ頑張ってそこにいる事がわかる。強く夢見た、その場所に、彼は生半可じゃない努力を背負って立っている。すごいことだと思う。
それに何より、あたしにとって彼は、夢を諦めさせてくれた人だった。

「俺、ずっとずっとアイドルになりたかったんですよ」
あの時のことはよく覚えている。
その時あたしはまだ、IDOLiSH7、という存在をあまり知らなかった。それでも、テレビから聞こえた震える声にあたしは顔を上げた。

「昔ゼロを見てから、ずっとずっとずーっと、なりたくて。何度もいろんなオーディションを受けました。そして、落ちまくりました。ほんとに、落第通知で日本埋めちゃうんじゃないかなってくらい落ちたんです」

目を伏せて、口元だけに笑いを含ませて、彼は続けた。あはは、と笑う姿に観客はつられて笑ったけど、あたしは笑えなかった。あたしは、彼から目を離せずにいた。
IDOLiSH7がまだ売れる前の頃だ。メジャーデビューして、少しずつ番組に出させて貰えるようになった頃。彼は地上波の有名な朝の番組にゲストとして呼ばれ、そこで悩み相談に答えているようだった。
明日出さなければいけない課題を必死にやっていたあたしは、相談内容は聞いていなかった。でも彼の言葉だけは何故か耳に入ってきた。もしかしたら、ずっとずっとなりたかった。あたしもそうだったからかもしれない。その震える声が、あたしの声と重なったからかもしれない。
あたしは、小さい頃からピアノを習っていた。
それは兄2人の下に生まれたあたしがおてんば過ぎるから、少しでも女の子らしくなるようにと考えた親が通わせ始めたものだった。最初はいやいやだったけど、友達が同じ教室に通っていたのもあってあたしはすぐにピアノ教室が大好きになった。
軽やかでやわらかいピアノの音と、優しい先生に、親しい友達。日当たりのいいそこはいつも暖かい陽の光に包まれて、夕暮れ時にはオレンジに染まる光景がとても綺麗だった。幸運なことに少しの才能を神様からプレゼントされていたあたしは、ピアノ教室が好き、から、ピアノが好き、になるまでも早かった。
「ピアニストになる」
あたしがこれまでの人生でたったひとつだけ思い描いた夢だ。
初めてそれを口にした時、親はピアノが好きだものねぇと呑気に笑っていた。あたしが本気でそう思っていることを知った時、親は驚きながらもピアニストという職業がどんなものなのかを調べてくれた。聞き馴染みはあるけれど、どんなものかはよくわからない。そんな職業になりたいという娘を、大金を振り絞って音大にまで行かせてくれた親には感謝してもしきれない。本当に素晴らしい人達だと、胸を張って言える。
でも、あたしはそこで止まってしまった。
小さい頃からやり続けたピアノ、おてんばさは変わらずだったあたしがピアノをやってることを不自然に思った男子に馬鹿にされても、友達との誘いを断って感じが悪いと陰口を叩かれても、それでも続けたピアノ。経験と少しの才能で何度かコンクールで賞をとったことだってある。あの子はすごいと、大人に褒められたことだってある。それでもあたしには、ピアニストになる資格は与えられなかった。
音大に入って、気付いてしまったのだ。"天才"と呼ばれる、本当に舞台に立つべき人間と、立てない人間の差を。自分が、立てない側の人間であるという現実を。
それでもあたしは、もがき続けた。
そんなわけない、もしそうでも、やり続ければ、きっと、才能なんかねじ伏せて、努力でやってやる。努力は報われる、だって、報われなきゃ、あたしがこれまで生きてきた人生は、時間は、どうなってしまうんだ。
がむしゃらにやって、やって、やった結果は、最初から見えていた。
あたしは、完全に立ち止まってしまった。
そんな時だった。あの震える声が聞こえたのは。
男性にしては小さい身体、ぱっちりとした目のその人は見たことがなくて、誰だこいつ、売れないアイドル?と首を傾げたのを覚えている。
そんな彼は、伏せていた目をゆっくりとあげた。
「……だからね、IDOLiSH7も、これで最後にしようって思ってたんです」
あいどりっしゅせぶん、聞いた事のある名前だった。
これで最後にしようって思ってた。小さいくちびるで紡いだ言葉は、観客をザワめかせた。
その言葉を聞いた時、あたしは、あぁ、この人もなんだと思った。
この人も夢を見て、その夢を叶えるために必死に頑張って、頑張って、頑張って、頑張ったのに、息が切れて、止まってしまいそうになったんだ。呼吸が出来なくなって、目の前には分かれ道があって、どちらを選べばいいかなんてわからなくて、選びたい道は先が真っ暗闇で、でも、選ぶべき道は荒んでいる。その前で立ち止まって、そして彼は夢を掴んだんだ。
羨ましかった。羨ましくて、手の下の紙をぐしゃりと握り潰した。あたしも、そっちを選びたいよ。泣きそうだった。もう、画面なんて見れなかった。そんなあたしに、彼はさらに語りかける。
「でも、でもね、俺は、あの楽しいことばかりじゃなかった時も大切なんです」
涙がぽたりと落ちた。目をあげると、あの日の夕焼けみたいな、オレンジ色の瞳と目が合った。
「あれがあったから、今の俺がいるんだ、あの時の俺は無駄じゃなかったって、胸張って言える」
あの時の俺は無駄じゃなかった。
言葉がじわりと脳に染み込む。ピアノを演奏する為に、細部まで整えられた爪が目に入る。少しでも指に違和感があると鍵盤を触る力加減がわからなくなってしまうから、いつも手のケアだけは怠らなかった。疲れてお風呂に入ってすぐに寝たくても、髪の毛のケアはサボって指先にクリームを塗った。指先が荒れないようにビタミン剤を飲みタンパク質を摂った。ピアノを続ける為に、やってきたことは数え切れないほどある。それらが、無駄になるのが怖かった。あたしの人生を作りあげてきたものたちが、全て無に返ってしまうようで、こわかった。
だから、彼の言葉は、心にぶわりと風を起こしたようだった。
無駄じゃなかった。そうか、無駄じゃないのかもしれない。あたしがこれまでやってきたこと全ては、例え思った通りの未来にならなくても、無駄じゃないのかもしれない。
あたしはその日初めて、和泉三月という人物を知り、そして、彼に夢へのピリオドを打たれたのだった。

「あーーーーどうすればいいんだろ!!」
本日のAランチ、ハンバーグ定食をひっくり返す勢いで突っ伏したあたしに、ちょっと味噌汁かかったら危ないでしょ!と最もな忠告をする友人は、今日もサラダとおにぎりしか持ってきていない。ダイエットなどではなく、元々少食である彼女はそれで十分なのだ。食べても食べても足りないわたしとしては妬ましくて仕方ない。もっと食べて太りやがれ!と思いながら、奇跡的にこぼれずに済んだ味噌汁に手をかける。

「だって、だってさ、ひどいんだよ」

うちの学食の味噌汁は、少ししょっぱい。しょっぱさに眉をひそめながら、頬をふくらませて不満を表すと指で押されて口からぷし、と音が出た。

「なにがひどいのよ、またハゲタカに難しい課題でも出されたの?」
「それもそうだけどそうじゃなくて!!」

ハゲタカ、は先生のあだ名だ。いつも難しい課題ばかりだしてくるハゲで、生徒たちは密かにそう呼んでいる。けれど今のあたしの悩みはそんなものじゃない。いやそれもめっちゃ問題なんだけど、そうじゃない。
数日前にあのSNSへの投稿を見た時、あたしは絶対に彼の目には入らないで欲しいと願った。複数垢を使って通報し、そのアカウント自体を消してやろうかと思ったほどだ。さすがに無理があり過ぎるので、思い留まったけど。
でもあの時、それを無理してでもしていればよかったかもしれない。昨日はキミと愛なNight!の放送だった。キミと愛なNight!はIDOLiSH7の冠番組で、主に彼が司会進行を担当し盛り上げていく番組だ。
あたしも彼がその役割を務めるまでは知らなかったのだけど、司会ってものすごく大変な仕事だと思う。
出演者の顔ぶれを覚え、彼らがどんなエピソードを持ってるか考え、体調なんかを踏まえて会話が途切れないように回し続ける。収録中ずっと頭を回転させていないといけないし、周りをよく見れないと務まらない仕事だ。それを彼はいつも立派に務めあげていて、あたしはそんな彼を見るのが好きだった。
でも、昨日は違った。明らかに彼の調子が悪かった。体調が悪い、とかじゃない。いつものように進行のために何かを言おうとして、けど思い留まって口を閉ざすことが何度かあった。いつもはしないフリをメンバーにしたりしているのを見て、自分の喋る回数を減らしてるんだな、とあたしは直感的に感じ取った。そして、あの投稿を思い出していた。

「最近和泉三月さ、出しゃばり過ぎじゃない?」

IDOLiSH7が売れ始めて、こんな風に心無いSNSへの投稿が増えたように思う。彼へのものだけじゃない。あたしたちでさえ見ていてモヤモヤしたり悲しくなったりするような言葉を、もし彼らが見たら。そう考えてゾッとしたことが何度かある。もしかしたら、そのゾッとすることが、現実に起きたのかもしれない。イマイチ盛り上がりきらない番組を見ながら、あたしはそう思った。
あんなどこの誰かもわからない言葉、気にしないでよ。心の中で呟くが、でももしあたしが向けられた側の立場だったら、耐えられないだろうな、とも思う。昨夜、彼を傷つけたかもしれないSNSに彼を心配する言葉が増えた。同じくらい、彼らを馬鹿にする言葉も増えていた。
そんなもんだということは知ってる。アイドルという職業は良くも悪くもいろいろな人間に見られるもので、そこには当然彼らに好感を持たない人間だっている。あたしはそんな人達が使う言葉を、全てが誹謗中傷とまでは言わない。でも彼らには、あたしたちに元気や夢を与える為に頑張ってくれる彼らには、見て欲しくないと思ってしまう。
ファンはこんな時、どうしたらいいんだろう。
好きな人に元気がない時、きっと近くにいれば、いろいろなことが出来る。言葉をかけたり、そばに居たり、プレゼントを用意したり、美味しいご飯を食べたり、綺麗なものを見に行ったり。でも、ファンは、近くにはいられない。好きな人が辛い思いをしていても、声をかけることさえできない。それがファンとしての適切な距離で、ファンとアイドルの関係とは、そういうものだと思う。直接的な繋がりはなくて、でも想いは繋がってる。その関係が綺麗だと思うけど、こんな時にはもどかしく感じてしまう。
昨日の夜寝ずにずっと考えていたけど、どうしたらいいか、正解は出なかった。SNSで言葉を吐いても、それはネットの海に埋もれる。ライブに行っても、あたしの声はきっと届かない。ハンバーグを頬張りながら、ウンウン呻きながらそんなことを呟いていると、友人はきょとんという顔をした。
「ファンレター、書けばいいんじゃない?」
かたちのいい一重と目が合って数秒、ぱちくりとして、思わず声が出た。
「それだーーー!!」

思い立ったらすぐ行動、善は急げなあたしはその日講義が終わってすぐにショッピングモールへと向かった。
バリバリスマホ世代なあたしには、手紙を書くという習慣がない。小学生の頃とかは友達同士でやり取りしてたと思うけど、今はレターセットさえ持ってない人間だ。なのでまず、レターセットを手に入れることにした。
どうせなら気に入るものに書きたいので、ひとつのお店で見つからない場合も考えてショッピングモールにした。雑貨屋さんも文具の揃う書店もあって、割と充実の品揃えだ。しかし思ったよりも捜索は難航。あたしが小学生の時には見かけなかった可愛いものも綺麗なものもたくさんあるんだけど、彼に送る手紙、だと思うとなんだか違うなぁとなってしまう。雑貨屋さんと書店を3軒回って見つからず、少し休憩しようと吹き抜けのベンチなどが置いてある場所に行くと、素人の作ったものが販売されているハンドメイド店が開催されてるのが目に入った。
ハンドメイドのものは最近はお店などでも一角に置いてあるけど、あまりまじまじと見たこともないし買ったことも無い。どんなものがあるんだろう、とふらっと立ち寄ると、いろいろな人の作品が飾られていた。
可愛らしいデザインのマグカップなどの陶器から、シンプルなデザインのポーチ、アクセサリーやクッキーなどの食べ物まで置いてある。市販のものに比べてデザインが凝ってるものも多く、結構可愛いんだなぁといろいろと見ている中で、ふとそれを見つけた。
少しアイボリーがかった目に優しい白の中に、暗い青の夜空がかかっている。その下にはふわふわとしたうさぎが座っていて、小さな背中は懸命に月を見上げていた。それを見た瞬間、あたしはこれだ、と思った。デザインが幼稚かもしれないけど、色味や画風は凝っていて全然そんな風には思わない。紙も触ってみるとあたしの知ってるものとは少し違ってざらついていて、ペンのインクがよくのりそうだった。それに、月が、あたしは特に気に入った。
その月は、満月ではなく、三日月だったのだ。
普通こういうのに描かれる月は満月だと思うのだけど、そのレターセットにはちょこんと三日月が描かれていた。満月みたいに完璧でも、存在感がある訳でもない。けれど確かにあたしたちを照らしてくれて、暗闇の中であたたかく見守ってくれる三日月。それは彼みたいな三日月だった。
それに、彼のソロ曲は三日月のヴェールなのだ。
あたしは迷うことなくそれを手に取り、製作者だろうか。優しそうなお姉さんにお金を渡した。

帰宅してすぐ、うがいと手洗いを済ませたあたしは「お母さんがたい焼き買ってきてくれたってー」という妹の声にもろくに振り返らずに部屋に向かう。妹は具合でも悪いのー?と声をかけながらも「食べないんならもらっちゃうからね!」と言ってきた為、残しといてよね!!また太るよ!!と返すと姉ちゃんこそ!!と生意気な口が返ってきた。自分で言うのもなんだが、あたしたちは仲がいい。
通学用のトートバッグから先程買ったばかりのレターセットを取りだし、丁寧に紙を机の上に置く。筆箱からお気に入りの書きやすいペンを選びさぁ、書くぞ!という面になって、はたと気付いた。
あたしは、何を書けばいいんだろう。
もちろんそれは、彼を元気づける言葉だ。でも、彼が元気じゃない証拠はないし、それもSNSの言葉を見たかなんてわからない。昨日彼の調子が悪かったのは元気じゃないとかSNSの言葉を見たからとかじゃないのかもしれない。今更そんなことに気づいて、じゃああたしは何を書けばいいんだろう、と止まってしまった。
しかもあたしは、お世辞にも文章を書く才能はない。たまに曲は作るけれど、歌詞となると話は別だ。彼が読める手紙なんて、書けるだろうか。
ペンを持ったまま一旦停止して、あーだこーだと考える。拝啓和泉三月さま、お元気ですか、はたぶん違う。私はあなたさまのファンで、なぜあなたさまを好きになったかというと……違うか、あまりにも自分語り過ぎる。ありきたりな文面は書きたくないけど、ありきたりじゃないとただの変な人になってしまう。
なにより、いらない言葉を積み重ねたくない。いらない言葉は、大切な気持ちを埋もれさせてしまう。うーんうーんと唸っていると、コンココン、というような変わったノック音が聞こえてきた。この音は、扉の前にいるのが妹である印だ。

「はぁーい」

気の抜けた声に、かちゃりという音が続く。机に突っ伏したままでいると、隣に何かが置かれた。

「間抜けな声だすのやめなよ〜なにやってんの?勉強?」

たい焼きと濃いめにいれられた緑茶。妹は生意気な口に反して、とても優しく思いやりがある。

「違うの、ファンレターを書きたくてさ」
「は?ファンレターでそんな死にそうな顔してんの?なんで?」

怪訝な顔をする彼女に、1から説明をする。あたしとは正反対に可愛らしく今時の女の子らしい容貌で、アイドルなどには一切興味のない妹はそれでもいつだってあたしの話を聞いてくれる。ふたつあったたい焼きの内のひとつを食べながら真面目な顔で聞く妹。ってそれあたしのじゃないんかい。

「なるほどね、事情はわかったけど、そんなのうじうじするまでもないじゃん」

すっぱりと言いのけ、たい焼きを飲み込む。唇の端にあんこをつけ、彼女は微笑んだ。

「大好きです。それだけでいいんだよ、ラブレターなんてものはさ」

百戦錬磨の女かのように強く自信満々な言葉に、あたしは素直に頷くしか無かった。

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和泉三月くんへ

私はあなたのことが大好きです。
今までも、これからもきっと、ずっと大好きです。歌って踊るあなたが、MCとして軽やかに番組を回すあなたが、人をよく見て、気遣い、トークをするあなたが。
誰よりも、大好きです。

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この想いが、どうか彼に届きますように。
ポストの前でパン!パン!と手を叩いてお参りかのように強く願っていると、散歩をしていた近所の柴犬に、大きな声で吠えられた。風が吹き、その冷たさに思わず身震いする。
寒さを振り切るように、あたしは走り出す。その後を柴犬が追いかけてきて、引き摺られそうになる飼い主さんに笑ってしまった。あたしがこうやって笑えているのは、彼のおかげ。彼もこんな風に、小さなことで笑えてるといいな。
心から、そう思った。

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