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ポメラ日記 2020年5月18日(月) 新しく言葉が通じる瞬間

ささださんが、子どもたちが寝る時間がずれ込んでいて、その後起きて家事や仕事をするとどうしても午前五時とかになってしまうのだ、と言う。
じゃあ子どもたちの寝かしつけは付き合わなくて良いよ、と言ったのだが、それでも朝三時に起きたらまだ起きていた。
ささださんのWebDBの記事のレビューを頼まれていたのでそれをやり、じゃあ寝るねと布団に戻ってもまだ起きていた。
まあ明日の授業準備というから仕方ないのだが、釈然としない。
寝かしつけに付き合っていたら間に合わなかったのではないか、あれは。

その後布団に戻ったもののよんださんの寝かしつけなどで七時過ぎにようやく眠れる。
七時半にぱんださんが、寝ぼけ顔で「あさだよー」と来たのを、ついもう一度寝かしつけてしまった。
生活リズムを立て直す千載一遇のチャンスだったのかもしれない。
でもその時寝ないで、わたしが一日保つと思えなかったのだ…。
ぱんださんはすぐにその後寝入ってしまって、九時半くらいまで起きなかった。
やっぱりぱんださんも睡眠時間は足りてなかったのだと思う。

ということで九時頃に、宅配便のインターフォン音で起動する。
そこにおいておいてください、と言ったものの、チルド便だ。すぐに回収にいかねばならない。
ちょうど起きたよんださんを抱えて下に降りる途中、最後の三段で足を滑らせた。
よんださんはしっかりホールドして滑り落ちたため被害はなかったが、足の裏とおしりが痛かった。
そして、チルド便を回収してお野菜を冷蔵庫に入れた途端、もう一度インターフォンが鳴る。冷凍便だ。
こんなことってある?

その騒動で起きたぱんださんと朝ご飯を食べ、午後から雨が降るというので今のうちに散歩に誘う。よんださんも抱えて外へ出た。
今日はささださんが一時からオンライン授業なので、その前にお昼をどうにかしなければならない。作っている暇はない。
ぱんださんと、駅前の路面店にいってテイクアウトでも探そうかと歩き始める。
が、駅は結構遠いし、ぱんださんは興味があることに一つずつ寄り道するので、どうも間に合いそうにない。
行き先を変えて近くで調達しようとして、ぱんださんの激しい抵抗に会う。
「えきにいきたいのーぼうけんしたいー」
と必死に泣かれて弱り果てる。ささださんをお腹減らして授業に向かわせる訳にもいかない、しかしやはり以前より制限された行動範囲に対するぱんださんの鬱屈も感じることができる。
出来もしないことを言って悪かった、と思いながら、なだめすかして近くのカフェでテイクアウトしてきた。
カフェではぱんださんは、お店の方にかわいいかわいいとチヤホヤされて、それなりに気分転換できたようだった。
なだめすかしの一環だったアイスも買って、帰る。

食卓の子供用の椅子ではなく、大人用の椅子に隙あらば座りたがるぱんださん、大人用に座ると高さが足りないので、自然と正座をすることになる。
そして、今日初めて、
「あしがちくちくするー」
と言って降りた。わたしは感動して、
「それだよ、それが、”足がしびれる”ってことだよ!!」
と指摘した。
「しびれる、って、おかーさんが、いつもなるやつ?」
「そう、それ!!」
それまで、わたしが「足がしびれて動けない…」と言ってるときに、ぱんださんに何言ってるんだこの人?? みたいな顔をされていて辛かったのだ。
今日は一つ、世界への共通理解を確立することが出来た記念日だ。

しかし、親の説明力不足で、まだ伝えられないこともある。
お気に入りの地球動物系TV番組を見ながら、ぱんださんが
「しんべいざめはちじょうさいだいのさかなだけど、てれびは、じんべいざめより、おおきいんだよね?」
見ると、確かに画面の中にジンベイザメが収まっている。
縮尺…という概念をどのように伝えれば良いのか。
たぶんぱんださんは、ジンベイザメがとても大きいことは知っているのだ。
一緒に人間も映っていて、人間より大きいことも分かっている(確認した)。
テレビには人間が小さく映るよね、ジンベイザメもほんとうより小さく映る。だからテレビはジンベイザメより大きくはない。
という解説をしているうちにぱんださんの注意が逸れて別の話が始まってしまった。
縮尺…いやほっといてもいつか獲得する概念なんだろうが、ううーん。

大きな段ボールが手に入ったので、ぱんださんと、段ボールハウスを作る。
絵本の『クリスティーナとおおきなはこ』で読んで、是非ともやってみたいとぱんださんと企画していたのだ。
とてもインスタには載せられないようなボロボロのものができあがったが、ぱんださんはすごく喜んだ。暗い中に入って、壁面に絵を描き始める。ラスコーの洞窟画と同じパッションだ。
いろんなフルーツ(とぱんださんの呼ぶ線)を描いて、「あまいものやさん」を開店していた。
よんださんも喜んで暗く狭い場所に突入しており、こちらにも原始の衝動を感じる。
安全そうな気がするんだろうな。

ぱんださんが夕ご飯のときに、なんでだか「いつかお父さんもお母さんも、生きてる人はみんな死ぬんだよ」という話になる。
ぱんださんが
「でも、おとーさんとおかーさんは、ぱんちゃんと、よんだちゃんを、まもらないといけないよ」
「そう、でもいつかは死なないといけないからね」
「どうして?」
ささださんが「それは難しい問題だ…」と考え込み始める。
「そういうことになってるんだよ」とわたしは答える。
「でも、ぱんちゃんと、よんだちゃんを、まもらないといけないでしょ?」
「そう、だからできるだけ長生きするね。ぱんちゃんとよんだちゃんが大人になるまでは」
「ぱんちゃんと、よんだちゃんが、おとなになったら、おとーさんと、おかーさんは、しんでもいい」
「まあそうだ。でもずっと君たちのことをみていたいよ」
「ずっといっしょにいようねぇ」
などと話をした。
ずっと一緒になんていってくれるのは、いつまでかなぁ。



寝かしつけの本は
『まよなかのくつやさん』
『すいぞくかんのおいしゃさん』
『すてきなボタン・シャツ』
でした。

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