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ポメラ日記 平成32年3月6日(金) とてもかわいい



朝の食パンがいつもより小さかったので、大きなパンを焼く話をした。
「でも、オーブンより大きなパンは焼けないよ?」
「ふうせんの、オーブンにしたらいいんじゃないかな。ふうせんのオーブンで、おっきくおっきくふわふわにして、あなをあけて、やいたらいいんじゃないかな」
ぱんださんのいちごパン屋さん計画は着々と進行している。

今日はよんださんが生まれて半年になる。
よんださんはすごくすごく生きている、ありがとう。
毎日ハフハフと何かに興奮し、少しずつ離乳食の食べられる量を増やし、一生懸命おもちゃをつかんでは舐め、刺激が少ないことが徐々に感情になり、その感情は名付けるならさみしいというやつで、でもまだ不快感に近いものとしてうなってこちらに両手を広げる。それに応えて抱き上げると服を舐めたり、顔をわたしの胸に擦り付けたりする。
機嫌が良いとよく笑い、ささださんが構うと笑い、それでわたしたちは幸福だ。ぱんださんのことがとても好きで、ぱんださんが構うと泣き止んだりする。明け方は一時間おきに起きてうなり、わたしは少し寝不足だけど、膝に乗せて乳を飲ませるのは、満たすことで満たされる特別な時間だ。
少し口の周りがカサカサしている。食べ始めは、肌が弱いから仕方ない。
足の力が強くて、膝に乗せてると時々足でぐっと蹴って飛び出してしまうので、「ロケットよんださん」と呼んでいる。
生まれたときから逆立っている髪の毛が、最近は湿度によってはぺったり寝ていて、ささださんと「若手ITベンチャー社長っぽい」と評判だ。
泣いても抱き上げたらすぐに泣き止む。目の下に小さな涙の粒が残っていることがある。
とてもかわいい。
とてもかわいい。


それはそれとして、昼食後、わたしはついにささださんに、深刻な悩みを相談した。とうとう言語化してしまったと言ってもいい。
「散歩にあきた……!」
そう。毎日毎日よんださんを抱え、今日はあっちのルート、昨日はこちらのルートと目先を変えてみても、やることなんて行った先でちょっと茶を飲むくらい。そりゃあ今だけしか見られない小さな季節の変化を見つけるのも、光をはらんで空になびく柳の葉をぼーっと見上げるのも、ひいきの本屋を冷やかすのも楽しいし今しか出来ないが、そうしてよんださんと二人きりの時間はかけがえがないが、それにしても毎日目的もなく歩くの、飽きる。
天気は曇りから晴れ間に変わってきたところだ。散歩に行くなら今だ。
行きたくないようとごろんごろんしていたら、見かねたささださんが提案した。
「ケーキでも買ってくる?今日はよんださんのハーフバースデーだし」
即、行く気になった。

ぐるりと遠回りして、いくつかの候補の店の前を通ってみるが、改装中だったりして買えない。結局、このあたりで一番の有名店で買った。
一番の有名店であるだけあって店内は混んでおり、上品な店員さんにオーダーを伝えてもそれなりに待ち時間がある。飽き始めたよんださんを揺らしながら待つ。前に並んでいる女性が、微笑んでよんださんを見ていた。
アルコールを使っていないケーキを三つと、シュークリームを二つ買う。シュークリームは、ぱんださんが帰ってこない間に、大人が秘密に食べるのだ。
帰り道、どなたかの庭先の梅があんまりきれいで見上げていたら、通りがかりの女性がよんださんを見て笑みを深くしてから、この木は早くにさくらんぼが生るのよ、と教えてくれる。梅の木のお宅の方だったのだろうか。
カーブミラーが反射して、アスファルトに光の輪を作っている。
帰宅してささださんに、共犯者の笑みでシュークリームを出し、半年おつかれさま、がんばったね、と健闘をたたえ合った。

ぱんださんを保育園に迎えに行くと、ちょうどクラスの移動の時間だったらしく、よんださん(を抱えたわたし)があっというまに園児たちに取り囲まれる。子どもは多くの場合、赤ちゃんが好きだ。皆がぐいぐいとよんださんに迫る中で、ぱんださんが「よんだちゃん、さわってもいいよ」と我が物顔で許可を出していた。
園児の一人が、わたしに、「かぜ、ひかないように、きをつけてね」と言ってくれた。
このご時世だもの、たくさんそんな風に言われているんだろうな。

家に帰ってアイスを食べたがるぱんださんに、「きょうは、特別なおやつがあるよ。夕ご飯の後に食べようね」とささやく。なに、なに? と聞かれるので、さらにひそめた声で「ケーキ」と教えると、やったー、とぱんださんはその場でくるりと回った。

苺のロールケーキと、チョコレートケーキと、栗のクリームケーキをみんなで分け合って食べた。祝われているはずのよんださんだけ置いてけぼりをくらっていた。
ごめんな。


寝かしつけに読んだ本は、
『ウシバス』
『はっぱのうえには』
『11ぴきのねこ』
でした。

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