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移住先で事業を始めることの難しさ

以前いわゆる外資系のIT企業に勤めていたときに、社外のいろいろな人たちと付き合いがあった。取引先であったり、同じ業界の方々だったり、取材に来てくれる記者やカメラマンだったり、なんらかの営業に来た人たちだ。たとえ自分たちの商品やサービスをそれなりの料金を払ってくれる人たちであっても、見下した態度を取るような人は稀で、そんな人は所属先でもお荷物がられているように感じていた。営業担当に連れられて、障害でカンカンに怒っている顧客を訪問するという機会も何度かあったが、理不尽な扱いを受けたことはない。エンジニアであった私は、それをなんらかの技術を媒介にしてコミュニケーションしているからだと受け取っていた。顧客にとっては、障害に至った理由に納得いく説明が欲しかったわけで、それをなんとかするというのが私の役割だったということだ。

転職先はIT系スタートアップの日本支社だ。私も合わせてたった5人の会社だ。アメリカ、ヨーロッパでは知名度が上昇しており、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、そんな時期に中から見られたことは良い経験だ。ただ、国内ではその会社の製品は知られておらず、展示会や、顧客先を訪問しても冷たくあしらわれたり、することが多々あった。以前「あの会社の技術者と喋れる!」とチヤホヤされていたのが、「なんか知らない製品を必死で売ろうとしているな」にころっと変わり、落差にショックを受けたものだ。

自分たちでクラフトビールの会社を興してからは、さらにその傾向が強まった。泥だらけでぬかるんでいたブルワリーと自宅の周辺をなんとかしたいと思って地元の土建業者に電話をしても「そんな小さなところはうちはできません」と、無下に断られる。後にもっと小さな工事をやっているのを知るのだが、そんなものだ。醸造のための器材や、原料についても同様で、取引を断られることがある。実績など当然あるわけのない当社なので、まさしく門前払いだ。会社というそれぞれの後ろ盾の大小を比較して、私と取引するかどうか決めるのだ。

こんな小さな当社と取引してくれる方々もたくさんいる。何もわからず始めてしまったブルワリーに、適切なタイミングで原材料を納品してくれたり、遠いところわざわざ訪問してくれさえもする。それほど原材料を蓄えておくスペースがないので、需要を見ながら注文と納品日をコントロールするのは難しく、請求書払いを許してくれるのは大変助かる。また発酵タンクを修理したり、ケトルに改造を施してくれるようなステンレス加工業者さんは貴重だ。彼らの丁寧な仕事っぷりは私たちも見習うべきだ。ラベルや梱包資材も、小ロットのくせにこだわりが強い我々に対応してくれるのはありがたい。

私たちのクラフトビールの納品先も、北海道の一流企業というようなところから、地元の観光の目玉、オーナーと少人数のスタッフだけで運営するような飲食店まで様々だ。バブルだと揶揄されるニセコだが、ありがたいことに「単なる納入業者」として扱う飲食店のオーナーに会ったことがない。私たち夫婦のことを理解しようと試みてくれるし、彼らの顧客や従業員も含めて、みんなが幸せな気持ちでいられるよう気遣う人たちばかりだ。

私たちも困っている人がいれば、助けられるようになろう。ニセコでこれからビジネスを始めようとするのであれば、尚更だ。私たちだって定期的に沢山買ってくれる取引先は喉から手が出るほど欲しいが、それで態度を変えるようなことはなく、人と人のお付き合いをしよう。