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映画館とチキンの思い出

5年ほど前。名画座へ映画を見に行った時。

予告編を見ていたら、「ドタドタッ!」とギャルっぽい格好の女性とその彼氏が慌てて入ってきた。

その映画館は自由席で、その日客席はガラガラだった。
なのに、なぜか私の隣の席に座った。

予告が終わり、さぁいよいよ本編だ!と思ったところで、隣から「パカッ」と音が。そして、なんとも香ばしい匂いが漂った。

チラッと隣を見てみると、女性の膝にはタッパー、そして右手には小さめの骨付きチキンが。持ち手のところにアルミホイルを巻いており、真っ暗な映画館で時折キラキラと輝いている。

私が唖然としてチキンを見ているのに気づいた女性は、おもむろにもう1本チキンを取り出して「いります?」と聞いてきました。

まさかこっちに何か投げかけてくると思っていなかった私は、しどろもどろになりながらも、断った。
すると女性は残念そうに「美味しいのに…」と言ってチキンをかじりながら映画を見始めた。隣にいた彼氏は3本目のチキンに手を伸ばしていた。

結局映画を見ながらもチキンのことが気になってしょうがなかった。
ちなみにその時見ていた映画はミヒャエル・ハネケの『愛、アムール』だ。

”第65回カンヌ国際映画祭で、最高賞にあたるパルムドールに輝いたヒューマン・ドラマ。長年にわたって連れ添ってきた老夫婦が、妻の病を発端に次々と押し寄せる試練に向き合い、その果てにある決断をする姿を映し出す。”

全然チキンが似合う映画じゃない!

映画自体は心底意地が悪く、だけど嘘のないまっすぐな目線で作られた大変素晴らしい内容だった。
ずーんと重たい心のおみやげを受け取った帰り道、やはりふと思い出すのはあのチキンだ。
あのカップルはどんな気持ちでチキンを齧りながらあの老夫婦の顛末を見届けたのだろうか。チキンの味はしただろうか。そもそも映画のあらすじを知ってて来た人たちなのだろうか。

正直あの時は断ってしまったが、もしまた映画館で会えたら。

タッパーの「カパッ」と開く音と共にたちこめる香ばしい匂い。

映画館の闇で時折光るアルミホイル。

すごいスピードで3本目に齧り付く彼氏。

今度は即答で「食べます」と言うと思う。

また会えないかな。早く行きたいな。映画館。


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