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白い部屋で息をとめる私たちに

白い部屋で息をとめる私たちに からみつく
靜かな宣告 なんども数えあげる 再び増殖
する白い影は 私たちを覚悟と動揺に分かつ

 もう十分生きましたから
 いえ、ひ孫を抱くまではと約束しました
 夫も待ちくたびれたと言っていますから
 天國に時はなく心に憂いはないはずです

白いかどで 彼女はふりむき 身代みがわり御守をに
ぎる拳を小さくふった かどの陰でもふった

粉雪がかかる路面に 東京の靴は何度も滑り
黑い氷面にうつる曖昧なかお氷柱つららが垂れる
白い老人がしめしたのは 天命か新薬治験か
無言の彼女 同意書への署名 車輪鎖チェーン音が
バス停から遠ざかり 月よりも銀色に広がる
馬鈴薯ばれいしょ畑 囲いの防風林を越え流れこむ星河
が漣をうち 水の呻きがきれぎれに響きあ

不格好な大盛飯の湯氣が仏壇にくゆり廻る
寫真しゃしん立てのものたちの目は潤み からの花立
は 一刻でもながくそのままに花が地に
ことをのぞむ 隣家の救急車は聲もあげず
留まったままだ いのちの輝きを願いともす
灯明が消えいり身震いし 天へとたちのぼる

例年よりも雪は深くスコップが重い ひとり
暮らしの彼女には辛い重労働だ 放りあげた
雪片が灰の空に散り貌でとける 彼が造った
庭の手入を彼女は欠かさない 雪囲は竹とむしろ
で頑丈に編まれている 蝦夷えぞ山桜の根元には
福寿草の黄が透けている 氷晶が輝いている

 あら、咲いたわ!

手まねきする彼女の聲は 蒼天を翔けていく

 牡丹百合チューリップの芽も、こんなに!

防風林をぬけ 庭にとどくやわらかな東風
いつしか遠くの寺で夕に撞く 鐘の音が冴え
女は男と頷き俯き 祈りの言葉を呟いている

【改21S18AN】

【原注】本詩は、『闘病・介護・看取り・再生詩歌集―パンデミック時代の記憶を伝える』(コールサック社 、2022年9月29日刊行)に掲載頂きました。なお、掲載後に推敲のうえ、本詩の一部が変更されています。


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