写真展「星野道夫 悠久の時を旅する」が素晴らしかった
東京都写真美術館(恵比寿)で開催中の「星野道夫 悠久の時を旅する」を観てきた。
これが、ただただ素晴らしかった。彼がなぜアラスカへ渡ったのか、そしてアラスカで何を撮り、何を考えたのかが、映像と150点の作品を通してわかる展示になっていた。彼は世界的な写真家だが、優れたエッセイストでもある。
だが、彼の本を読んだことがない人、星野道夫さんがどんな方なのか知らないという人でも十分楽しめるし、むしろそういう人こそ、行ってみてほしい。きっと何かを感じるのではないかと思う。
アラスカは、ぼくにとっても思い入れの強い土地である。「今まででいちばん良かった旅先は?」という質問に、いつもアラスカと答えている。
ぼくが初めてアラスカを訪れたのは、2014年9月だった。世界最大のグリズリーベアの禁猟区である「カトマイ国立公園」を訪問した。
森の中をひとりで歩いていたとき、4頭のグリズリーベアと鉢合わせした。30メートル先で、じっとぼくを見つめている。そして少しずつ、近づいてきた。「もしぼくが逃げて、彼らが走って追いかけてきたら・・・」この公園内で襲われることはない、と言われてはいたが、何が起こるかわからない。あのとき、一瞬で死を意識した。
しかし、こわばる身体は無意識にカメラを向けていた。ぼくは震える手でシャッターを切った。しばらくして熊たちは去っていった。ぼくはそのとき、強烈な「生」を感じた。生きていることの強烈な実感。あのときの不思議な体験を超えるものはなかなかないだろうと思う。
旅から帰ってきて、星野道夫さんのエッセイ集『旅をする木』は愛読書になった。エッセイのお手本である。こんな文章に憧れるが、なかなか追いつけない。彼の素直な言葉には、特別な空気がまとっている。人生で大きな影響を受けた一冊だ。
2015年2月、再びアラスカを訪れた。今度は真冬で、気温は氷点下40度近かった。セスナで北極圏に入り、どこまでも続く真っ白な大地を眺め、夜にはオーロラを見上げた。
本で読んだアラスカの冬の世界をこの目で見て、身体で感じて、こみ上げてくるものがあった。「何があった?」と聞かれても困る。何もなかった。だけどあんな寒い土地で、人々が暮らしているという事実を目の当たりにすると、無性に興奮した。暖かくはないが、温かさがあった。あんなに幸福な時間はない。それは実際に経験しないことにはわからない類の感覚だと思う。
再びアラスカから戻ってくると、行きつけだった二子玉川のスターバックスの店長さんが、「このお店で中村さんが旅先で撮った写真を展示しませんか?」と提案してくれた。そしてカメラマンでもあった元上司に協力してもらい、アラスカの写真を額に入れて、展示した。小さいけど、夢が詰まった写真展だった。
その後、自己満足で小さな写真集も作った。紙の感触が嬉しかった。
しかし、改めて星野さんの撮った写真を大きなプリントで生で観ると、もう何もかもスケールが違う。アラスカの大自然と、動物たちの躍動感、命の輝きが伝わってくる。エッセイストとしての存在感が強かったが、やっぱり彼は「写真家」だなと思った。偉大な写真家だ。すべてに愛情が込められていた。展示は1月22日まで。ぜひとも観に行ってほしい。
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