すべてのSNSを退会したら
本を読みながら、「集中力が落ちたな」と感じることが増えた。数ページ読むとすぐに気が散ってしまったり、読むなかで感じたことをツイートすると、その流れでスマホをいじってしまったりで、全然読み進められない。
大学時代の通学時間を思い出す。ぼくは横須賀から高田馬場に通っていたから、片道1時間20分ほど電車に乗っていた。それは絶好の読書時間になった。もし大学の近くに下宿していたら、今ほど本を読む人間にはなっていなかったかもしれない。当時は村上春樹や司馬遼太郎の小説を夢中で読んでいた。
ガラケーだった頃は、携帯でネットに接続することはほとんどなかった。まだLINEもなかったし、家族や限られた友人とのショートメールくらいのものだった。だから電車内では本を読むのが当たり前で、高い集中力を保てていた。
だが、大学3年の途中で携帯がiPhoneに変わってから、生活がガラリと変わった。アプリのゲームをやったり、Twitterをやったり、色々なことを調べたりした。そのあたりから、徐々に集中力が途切れ途切れになっていったのではないかと思う。
「今から1時間本を読む」と決めたら、ずっと読み続けられる集中力がほしい。そのためにはどうしたらいいのだろうか。
今年1月、世界的なベストセラーになっている『スマホ脳』を読んだ。
人々がスマホを日常的に使うようになってから、
・睡眠障害
・うつ病
・集中力の低下
・依存症
・不安やストレスの増大
・イライラしやすい
などの問題が深刻化してきているという。
そしてスマホやアプリの開発者や、IT企業のトップたちが、こぞって子どものスマホ使用に制限をかけているという事実も知った。ある研究によれば、スマホをテーブルに置いておくだけで集中力が下がるらしい。「スマホを無視すること」に知能の処理能力が使われてしまうためだそうだ。
本を読み終えたとき、自分のスマホとの向き合い方も、真剣に考えねばなと思った。その後数日間は、あまりスマホを触らないよう心がけていたのだが、それもすぐに元通りになってしまった。もう一度『スマホ脳』を読み返して、意識を高めたい。
先日、六本木の蔦屋書店を訪れたとき、安藤美冬さんの『つながらない練習』という本がふと目に止まった。
何年も前、「ノマドワーカー」の先駆者として情熱大陸でも取り上げられていた方だが、「そういえば最近メディアで見かけないな」と思っていた。
そしてこの本を読んで知ったのだが、安藤さんは2018年にすべてのSNSを退会していたらしい。SNSを駆使することで活躍していた方なだけに、その大胆な決断には驚いた。
この数日間、安藤さんの「SNS断ち」の話がやけに頭に残っていて、漠然とした憧れがあった。ぼくはSNSのおかげで様々な人たちと繋がれたし、フリーランスになってからの仕事のほとんどもSNS経由で生まれている。コンサルの生徒さんも、ほぼ全員がTwitter経由だ。
だからこそ、もし「すべてのSNSを退会したら」と想像すると、ぼくの生活はどうなってしまうのか、不安は非常に大きい。安藤さんも「SNSをやめるときに最も怖れていたのは、チャンスやつながりを失うことだった」と話している。
しかし同時に、未知への期待も膨らむ。SNSをやらなくなったら、確実に一日が長く感じられるようになると思うし、余計なことに気を取られなくなり、集中力も増すだろう。新しい人生を歩める気もする。
興味のある方は、先週出たこの記事を読んでみてほしい。SNSを削除した背景や過程、そしてそのことによるメリットについて書かれている。
この記事の中に、『「本当のつながりとは何だろう」と、考えさせられた』という安藤さんの言葉がある。
その言葉から連想したのは、星野道夫さんの妻・直子さんのエピソードだ。
アラスカに生きた写真家・星野道夫さんと結婚した直子さんは、1993年に初めてアラスカの土地を踏んだ。これから始まる新しい生活に少なからず不安を持っていた彼女は、結婚パーティーの最中、現地のカメラマンにこう言われたのだそうだ。
「いいか、ナオコ、これがぼくの短いアドバイスだよ。寒いことが、人の気持ちを温めるんだ。離れていることが、人と人とを近づけるんだ」
インターネット、そしてSNSの発達によって、世界との距離はさほど感じなくなったが、人と人との心の距離は、もしかしたら遠くなりつつあるのかもしれない。
ぼくがアラスカで訪れた北極圏のコールドフットという土地では、電波も入らず、ロッジにはWi-Fiもなかったから、数日間、情報の海から久しぶりに離れることができた。どうあがいてもネットにはつながらない。
マイナス20度の極寒のなかで、ぼくはロッジに入った。コーヒーで身体を温めながら、店のオヤジと大型タンカーのドライバーが談笑するのを眺めていた。
そのときの解放感や温かさは、なかなか味わえないものだった。今この瞬間、目の前のことだけを考えていればよく、とても心地良かった。これこそが、スマホやSNSによって、ぼくが忘れかけていたものなのだろう。
人とのつながりとは何なのか。幸せとは何なのか。アラスカの大自然のなかで、切実に考えさせられた。
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