東北一周自転車旅(21)青森県鯵ヶ沢町〜深浦町
東北一周自転車旅
第21ステージ
青森県鯵ヶ沢町〜青森県深浦町(59km)
「中村さ〜ん、朝ごはんだよ〜」という女将さんの声で朝8時に起床。朝食後、昨日の日記を部屋で書き、10時にチェックアウト。
明治時代から営業しているというこの老舗の「尾野旅館」は、昨年の豪雨で被災し、テレビや新聞でも取り上げられたそうだ。壁には1階部分がすべて浸水したことや、ボランティアの助けで修復したことなどが写真とともに記録されていた。1階の畳60枚はすべて取り外したらしい。
去り際、「大変だったんですね」と言って、女将さんにちょっとお話を伺った。
「ボランティアの子たちが一生懸命働いてくれてね。週に1回、2〜3ヶ月通ってくれて。これだけの作業、大工さんに頼めば100万円以上はかかったと思うよ。だけど、ボランティアさんたちが来ると、こちらも気を張るでしょう。ごはんだって出さなきゃいけないし、疲れちゃうのよ」
なるほど、ボランティアを受ける側には、表には見えづらいリアルな心情もあるのだな。それでもやっぱり彼らの助けがあって、2ヶ月以内に営業再開することができた。この辺りは発電所関係の従事者が長期滞在することも多いのだそうだ。被災後、最初に来たお客さんも風力発電の方で、「3ヶ月間、食事なしで寝るとこだけでいいんでここに泊まらせてください」と言われたそうだ。女将さん曰く「良い人そうだったし泊めてあげた」とのこと。ぼくも来てみてわかったが、鯵ヶ沢をはじめ青森県の日本海側には、出張中のビジネスマンやぼくのような旅人が気軽に泊まれる宿が少ないから、「尾野旅館」のような民宿は非常に貴重なのだ。こういうのも実際に訪れてみないとなかなかわからない。
ボランティアの協力だけでなく、常連のお客さんからお金が送られてきたりと、いろんな人に支えられたそうだ。この女将さんのことを忘れたくなかったので、最後に記念写真も撮らせていただいた。親切にしていただきありがとうございました。
幸い今日は晴れているのだけれども、出発してすぐに悩まされたのが、海から吹いてくる強烈な向かい風。周りを見れば、風力発電がたくさん動いている。ここに設置したのは納得ですよ。
鯵ヶ沢は、イカでも知られた町。海の近くでイカを干している光景が有名らしいので、それを探しながら海沿いを走った。しばらく走っていくと、イカの漁船があった。初めて生で見た。船にたくさんの電球がついていて、その灯りにイカが反応するのを利用して漁をするようだ。
道の駅的な「海の駅」では、秋田犬の「わさお」がいかにこの町のシンボルだったかがよくわかった。3年ほど前に死んでしまったそうだが、お土産物は今もわさおが描かれたパッケージのものが多いし、木彫りの立派な像まで建っていた。一匹の犬がもたらした経済効果は計り知れない。
「焼きイカ通り」という道には、その名の通り、焼きイカを販売する店が立ち並んでいた。なかでも目についたのは「NHK全国放送の店 いかやの由利」という看板。
なかなか大胆な名前をつけたな。ちょっと大袈裟だからこの店には行きたくないかなと思って素通りした。そもそも別にイカを食べなくてもいいかなとさえ思ったんだけど、念のためGoogle マップで調べてみると、まさに敬遠しかけたその「いかやの由利」の口コミに「イカ焼きを食べるためだけに福島からここまで来ました」というコメントがあって、心を動かされた。これは食べておかなければいけない。福島からここまでどれだけ遠いか、ぼくはこの身体を持って知っているのだから。
「いかやの由利」を訪問すると、ここは吉永小百合さんもJRの広告の仕事で数年前に訪れたお店だとわかった。そして普段であれば、このお店の裏側にイカを干している光景が見られるそうだ。しかし今日のように風が強い日は外には出さないのだと。残念だが仕方ない。
焼きイカを800円で購入し、その店の中で食べた。感動するほどの味ではないけど、普通においしい。名物だし試してみて良かった。これも経験だ。タイミングによってはきっともっとおいしいのだろう。
今日の目的地は、55kmくらい先の十二湖駅近くの民宿。なのだけど、いちばんの楽しみは、途中にある「黄金崎不老ふ死温泉」だった。まだ40kmほど先だが、ここには日経新聞主催の「日本の絶景温泉ランキング」で1位になったことのある露天風呂があり、日本海側で最も楽しみにしていた場所と言ってもいい。もう何年も前からいつか行ってみたいと切望していたのだ。
大きな登りはないし、本来であれば2時間くらいで着くはずのコース。しかし、最大の敵は風だった。あまりの向かい風の強さに、自転車が全然進まない。心が折れそうだ。
それでも、ゆっくりとではあるが国道101号線を前進し、ところどころで写真撮影をした。
岩木山は昨日とは反対側から綺麗に見えた。
「日本一大きなイチョウ」が、深浦町にあった。樹齢1000年以上で、高さは31m。居合わせた外国人女性も「amazing」と驚いていた。
有名な景勝地である「千畳敷海岸」も通った。日本海の荒波が形成した奇岩がたくさんある海岸で、すごい光景だった。
「いか焼き村」という道の駅みたいなところにも立ち寄った。バス停の名前も「いか焼き村」で、なかなか現実とは思えない。
施設に入った瞬間、大雨が降ってきた。また雨雲レーダーを見たら、線状降水帯なんだよな。2日連続。もうやだよ。風速7メートルの向かい風のうえに、土砂降り。多分20分くらい待てば雨雲が通り抜けそうだったから、腹ごしらえにこしあんのおやきを買って食べた。
そして20分後、見事に雨が止んだ。そして風も少し弱くなった。今がチャンスとばかりに再出発。温泉まで残り20km。全力で走った。
やがて「黄金崎不老ふ死温泉」に到着。念願の露天風呂だ〜!とワクワクしながら館内に入ったら、
「本日の露天風呂の受付は終了しました」
えー!!!? ってズッコケそうになった。
「最終受付は15時30分まで」と書いてある。時計を見た。15時36分。
え、ちょっと待ってよ。たった6分じゃん。この温泉が楽しみで必死に漕いできたのに・・・。
受付のお姉さんに泣きそうな声と表情で必死の懇願。
「すみません、時間過ぎちゃいましたが、どうしてもこの露天風呂に入りたくてここまで来たんですが・・・」
「受付時間を過ぎておりますので、本日は内湯のみのご案内となっております」
「自転車で東京から来たんです〜(泣)」
「受付時間を過ぎておりますので」
ひいいん(泣)
規則は規則だから仕方がない。しかし、これほどまでに悔しい思いをしたのは、いつぶりだろうか。わずか6分に泣いた。
とはいえ、ぼくの確認ミスだった。数日前にサイトで入浴時間もチェックしていたのに、最終受付が15時30分までという情報がスッポリ抜け落ちていた。この時間のことさえ頭にあれば、もっと必死に走っていただろう。6分くらいなら、なんとか削り出せたはずだ。それだけに悔やまれる。
残念だけど、せっかくここまで来たので、内湯だけでも入っておくことにした。内湯も、露天風呂と同じ赤褐色の温泉である。風呂場の大きな窓からは、海岸に突き出た露天風呂の「囲い」だけが見えた。肝心の露天風呂の様子はもちろん見えない。窓際に呆然と立って、しばらく放心状態で「囲い」を眺めていた。露天風呂から上がった客が、浴衣姿でこちらに歩いてくる。羨ましい。海と一体になった露天風呂。入りたかった。。。
内湯も気持ち良かったから、これはこれで入っておいて正解だった。休憩室でスマホを開き、公式サイトの露天風呂の画像を眺める。その景色と、今自分が窓から目にしている、海岸と露天風呂の囲いの風景を頭の中で合成した。「露天風呂に入ったら、きっとこんな感じなのだろう」と想像した。
お風呂を出てから、「民宿 汐ヶ島」までは11km。ゆっくり走った。そのときの夕日がすごく綺麗で、感動した。太平洋側は朝日、日本海側は荒波と夕日。これが魅力なんだよね。つくづく日本って素晴らしい国だと思う。
民宿に到着して、部屋に入って30分くらいしたら、「ごはんだよ〜」と呼び出された。1階の食堂に入ると、テーブルの上に並ぶ品数の多さに圧倒された。
「え、これでひとり分ですか?」と思わず聞いてしまった。
「一汁一菜」でいいよねと言われる時代に、「一汁十五菜」くらいないですか? しかも一汁の「汁」がタンシチューなんですけど。
お刺身にはノドグロや大トロ、そのほか、サメのぬた、エイの煮付け、聞きなれない山菜など、贅沢な料理だった。
1時間くらいかけて、ゆっくりと、しかし確実に完食した。エイの骨は軟骨だから、骨まで食べられると知った。いや〜、日本の民宿はすごい。普通のレストランならこれでいくらするだろう。電話でしか予約できない民宿も多いから、まだまだ全国各地に穴場が眠っているのだろう。奥深い。
それにしても、今日のハイライトはやっぱりあの露天風呂に入れなかったことだ。「入れたこと」ではなく「入れなかったこと」が思い出になってしまった。でも、これもまた人生。こういう悔しさが文章を生むし、強い感情を味わえるのは悪くない。無難な日々を送っていたら、決して味わえない類の悔しさだ。
また残りの人生で、いつか必ず「不老ふ死温泉」の露天風呂に入るよ。まあ、次回は車でいいかな。
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