「いつか必ず会いに行きます」日比谷の中華で隣に座っていたフランス人と、10年越しの再会
あれは、社会人3年目の春のことだった。
ランチを食べに職場近くの中華に入ると、隣に外国人ファミリーが座っていた。『TOKYO』と書かれたガイドブックを持っていたから、明らかに観光客だ。どこの国の人だろう? 英語に不安はあったが、勇気を出して話しかけてみた。
「Where are you from?」
「France」
「フランスの、どこですか?」
「ランス(Reims)という街だよ」
「世界遺産の大聖堂がある街ですね!」
「そうだよ。来たことがあるのかい?」
「ないですが、旅行雑誌の編集をしているから知っているんです。いつか行ってみたい街です」
彼らは一週間東京に滞在し、一日だけ鎌倉へ行く予定だという。ぼくは片言の英語で、「寿司は食べましたか?」「今朝築地で食べたよ。うまかったよ」みたいな会話をした。これから行く予定だという銀座のおもちゃ屋さんやユニクロへの行き方を教えたり、「この近くにある日比谷公園もおすすめですよ」と伝えたりもした。ご主人のティエリさんとは、その場でFacebookで友達になった。
その日の夜、 ティエリさんからメッセージが届いた。
「やあヨータ。君のアドバイスで、日比谷公園に行ってきたよ。ありがとう」
(本当に行ってくれたんだ)
嬉しくなったぼくは、彼をもっと喜ばせたいと思った。
(そういえば、鎌倉に行くと言っていたよな・・・)
会社からの帰り道、一本の電話をかけた。相手は、大学の友人であるいとちゃん(伊東達也くん)。
「実は今日、フランス人とのこんな出会いがあってさ。すごく良い人たちだから、何かしてあげたくて。海外旅行って、その国で何を見たか以上に、その国の人とのふれあいとか、何気ないやりとりのほうが印象に残ると思うんだよね」
「あーわかる。俺もこういう経験があってさ~。・・・」
「さすがいとちゃん。それで、本題なんだけど」
ティエリさんたちに鎌倉を案内してあげてもらえないかとお願いした。いとちゃんは鎌倉市役所の職員で、英語が堪能。おまけに鎌倉の世界遺産登録を推進する部署にいたから、鎌倉を案内してもらうならうってつけの人物だと思ったのだ。
いとちゃんは快諾してくれ、いよいよティエリさんたちが鎌倉を訪ねる日になった。ぼくは会社から、「無事に観光を楽しんでほしい」と祈ってほしい。
だが、ここで思わぬハプニングが起きた。
いとちゃんが待ち合わせ場所に行くと、そこにティエリさんらしき、フランス人家族の姿はなかったという。実はティエリさん、ホテルを出る前に「予定より早く駅に着くから、先に大仏を見に行くよ。そこで会おう」というメールをいとちゃんに送っていた。 しかしいとちゃんが、そのメールを見逃してしまっていた。
いとちゃんは観光客が行きそうな場所を探し回った。そして自転車で大仏方面に向かっていると、外国人の4人組と道で遭遇。追い越して振り返ってみると、ぼくのFacebookの写真で見た人たちだったから、「ティエリさんですか?」と声をかけて、無事会えたそうなのだ。そんな奇跡もあって、いとちゃんの案内のもと、ティエリさん一家には鎌倉を満喫してもらえた。
フランスへと帰国する日には、「日本での滞在は素晴らしいものだったけど、ヨータと出会えたことがいちばんの思い出だ」とメッセージを送ってくれた。
たまたま隣に座っていた外国人観光客だったけど、勇気を出して話しかけて良かったなあと思った。
*****
この出会いから2年後。 突然またティエリさんからメッセージが届いた。
「Hi, Yota. 日本の写真集を出版したよ」
実はティエリさん、カメラが趣味で、自費で写真集を出版したという。ちゃんとAmazonにも掲載されていた。
『トーキョーマシーンズ』と名付けられた写真集で、自動販売機やポストといった日本人にとっては当たり前の街角にあるものを収めた一冊だった。種類が豊富な日本の自動販売機は、フランス人にとってとてもユニークでおもしろいものなのだという。送られてきた写真集の画像を見ながら、
(へ〜、こんな写真集をなあ)
と微笑んでいると、最初のページを見て、雷に打たれたような衝撃があった。
そこには謝辞として、「日本の友人、Yota Nakamuraと、Tatsuya Itoに捧げる」と書いてあったのだ。
(こんな大切な本に、ぼくらの名前を・・・)
じわじわと感動が込み上げてきた。
「Where are you from?」から始まった、フランス人との美しい絆。ぼくは彼と出会ってから、ランスという、それまで馴染みの薄かったフランスの街が、急に身近に感じた。
「本当にありがとう。いつかランスで、また会いたいです」
「大歓迎だよ。もし来ることがあれば必ず連絡してくれ。私が案内するよ」
*****
今月11日、プライベートでは2010年以来に渡仏したぼくは、パリから高速鉄道でランスを訪ね、駅から30分ほど歩いたところにある家のブザーを鳴らした。
やがてドアが開いた。
「ようこそ、ヨータ。10年ぶりだね」
「ティエリさん、会えて嬉しいです」
この記事が参加している募集
お読みいただきありがとうございます! 記事のシェアやサポートをしていただけたら嬉しいです! 執筆時のスタバ代に使わせていただきます。