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浦島夜想曲(第9話)三日目

 朝風呂に入って朝食。
 
「へぇ、お粥さんなんだ」
「そうや、温泉粥やで」
「これは美味しいね」
 
 上手に炊いてあるじゃない。お粥さんってお米を柔らかく炊き上げるものだけど、ヘタクソが作ると御飯が潰れてノリみたいになっちゃうのよ。ここのはさすがで全然崩れてなくて、お粥さんなのに御飯の一粒一粒まで味わえる感じ。
 
「コトリちゃん、今日も熊野古道を堪能するってなってるけど」
「そうや、昨日のは入門コースやし、あれじゃ歴女のコトリの名が廃る」
 
 朝食が終わるとコトリちゃんはまたもやリュックを出して来ましたが、それだけでなく山ガールの用意一式も。
 
「靴も用意してもらってるからね」
 
 これは旅行前に、
 
『ちゃんと履き慣らしといてや』
 
 こういって渡されたもの。履き慣らしてコトリちゃんに渡したんだけど、結局持って来てなかったので企画の変更でもあったのかと思ったけど、予め宿まで運ばせてたんだ。
 
「かなり本格的だけど」
「そうや、これぐらいの用意はいる」
 
 リュックも重い。
 
「ペットボトルも四本つっこんである」
 
 こりゃ昨日どころのコースじゃなさそう。
 
「コトリ、どこ歩くの?」
「小雲取越」
 
 これは那智と本宮を結ぶルートで、本宮側からなら小雲取越、大雲取越と越えて行くらしい。ユッキーが、
 
「距離は」
「十三キロで、六時間ぐらいで行く予定や」
「楽しそうね」
「そりゃ、もうバッチリ」
 
 あのねぇ、八十のババアを殺す気。昨日だって七キロなのに今日は倍じゃないの。
 
「他の荷物はどうするの」
「もうすぐ来る」
 
 なにが来るかと思ってたら宅配便。そしたらコトリちゃんは、
 
「三時までによろしくね」
「かしこまりました。責任をもってお届けさせて頂きます」
 
 どうにも違和感が。宅配便のトラックだし、宅配便のユニフォームだけど、指定時刻に宿まで取りに来るって変じゃない。宿から送るにしても、普通はフロントなりに預けといて集配にくるのものよ。

 もっと変なのがどうして三人なのよ。それも若くないし、えらい恰幅。客に頭下げるのはわかるけど、あの平身低頭振りも度が過ぎてるとしか思えないわ。コトリちゃんに対する態度も異常に腰が低いけど、遅れたユッキーが荷物を持って出てきたら、いきなり上がり込んで走って荷物を受け取ってた。
 
「コトリちゃん、あれは」
「宅配便」
「それは見ればわかるけど。どうして三人も」
「そやねん。あそこまでせんでもと思うけど、東京から社長と副社長が来とった」
 
 そっかエレギオン・グループか。そりゃ、HDの副社長からの直々の依頼だし、トップ・フォーの旅行だものね。社長ぐらい飛んできて当然か。そうよね、コトリちゃんエライんだよ、ユッキーだってそう。いやシノブちゃんや香坂さんだって、エレギオン・グループの社員からしたら雲の上の人だものね。

 
 今日はどうやって移動するかと思ってたら、あっさりタクシー呼んでた。
 
「熊野古道の時間がかかるから・・・」
 
 九時には小口に到着。この道はさすがに初めて。昨日のコースはメジャーだったけど、こっちはかなりディープな感じがする。他人のことは言えないけど、みんなタフ。昨日の疲れなんてどこへやらのハイキング気分がバリバリ。
 
「高校の時の宿泊訓練は遊びみたいなもんやったけど、中学のは厳しかったん覚えてる」
「コトリちゃんとこもそうだったの。うちもそうだった。なにか軍事教練みたいな」
「軍事教練は言いすぎかもしれへんけど、昔流行った新人研修みたいかな」
「そうだった、そうだった」
「私のところは・・・」
「ミサキのところも・・・」
 
 中学の時の宿泊訓練話で大盛り上がり。桜茶屋跡を過ぎ桜峠に着くころには一時間半ぐらい経ってます。
 
「この辺でちょっと休憩」
 
 そうしたら若い男が少し遅れて到着し、やっぱり休憩する様子。それを目ざとく見つけたのか、
 
「ユッキー、コトリが先に目を付けたで」
「なに言ってるのよ、わたしが先よ」
 
 おいおいと思ってたら、二人そろって声をかけに、
 
「こんにちは」
「今日はどこから」
 
 男の方も嬉しそう。そりゃ、そうだろうな。実年齢さえ知らなければ、これほどの美人から声をかけてもらって喜ばない方が不思議だもの。しばらく話をしてたけどコトリちゃんが、
 
「じゃあ、集合写真を撮るから配置について」
「それはイイけど、この並びになんか意味があるの」
「あるよ、正式の並び方なんよ」
「正式って・・・」
 
 古代エレギオン時代の祭祀などの公式行事の時の立ち位置みたいで、主女神を中心に四人の女神が立つ位置は決まっていたみたい。そんなもんかと思ったけど、わたしが三脚を持って来ていなかったから、全員の集合写真を撮るとなると、誰かに頼まなきゃならないよね。
 
「じゃあ、星野君よろしく」
 
 なるほど、さっきの男に頼んだのか。
 
『ハイ、チーズ』
 
 ほぉ、サマになってるじゃない。カメラの構え方一つで腕の差はわかるけど、ありゃ、素人じゃないね。プロかどうかはわからないけど、かなりの写真好きと見た。星野君はわたしに借りていたカメラを返しながら、
 
「良いカメラをお持ちですね」
 
 仕事の時はデジイチなんだけど、今回はリラックスして撮りたかったからライカMP。カメラ好きなら見たらわかるか。
 
「あなたも写真好きなんじゃない」
「ええ、今日もそのために」
「カメラ見せてくれる」
 
 やっぱりデジイチ持ってるわ。
 
「ニコンのH7800は良いカメラよ」
「やっと中古で手に入れたのです」
 
 カメラを愛おしそうにする様子が可愛い。気持ちはわかるわ。カメラ好きが欲しいカメラを手に入れた喜びはなんとも言えないものね。
 
「ホントはHfが欲しかったのですが、中古でも高くて手が出ませんでした」
「そんなに差はないわよ。このレベルになるとカメラより腕だから」
「写真に詳しいのですね」
 
 ま、まずい、つい本業の地が。ここは誤魔化しておいた方がイイよね。
 
「理屈だけはね。カメラ女子だから」
 
 そこからあれこれカメラ談義もあったんだけどコトリちゃんが、
 
「星野君も請川まで行くんでしょ」
「はい、そうですが」
「この道は初めてなの」
「いえ、何度か来てます」
「だったらさ、ガイド役してくれたら嬉しいのだけど」
「イイのですか。ボクで良ければ喜んで」
 
 そうなるよね。ついでだから頼んじゃおうか。
 
「星野君って言うんだね。ついでで悪いけどカメラ係もやってくれたら助かるんだけど」
「ホントにイイのですか。でも、それをするにはライカを借りなければいけませんが」
「イイよ、つかって見て」
 
 星野君は目を輝かしてライカを触ってる。こういう目って好きだよ。ま、ライカMPなんて普通じゃ手に出来ないからね。ちょっと頑張ってごらん。
カメラの腕はともかくガイド役を頼んで正解だったかも。さすがに良く知ってはる。こりゃ、楽しいしタメにもなるもんね。桜峠からはダラダラ下って石堂茶屋跡まで三十分ぐらい。桜峠で時間潰しちゃったし、星野君のガイドも力が入りまくりで、もう十一時半ぐらいになってる。
 
「星野君、ここを登ったら百閒蔵だけど、お昼は上でする、それともここで早めに済ます?」
「そうですね、ここから一時間ぐらいかかりますから、お昼を先に済ませましょう」
 
 五人は宿特製のお弁当、星野君はコンビニお握り。そしたらユッキーが、
 
「星野君、変えっこしよう」
「変えっこって言っても・・・」
「コトリのとも変えっこして」
 
 そこまでやるかと思ってたら、
 
「ほら、ア~ンして」
「コトリのもよ、ほら、ア~ン」
 
 あちゃ、見てられないわ。香坂さんに、
 
「ちょっと、あれは・・・」
 
 そしたら、
 
「あれぐらい大人しいものです。あんなものでイチイチ驚いていたら、お二人のお供なんてできません」
 
 だ、そうです。でも、楽しそう。あんな事が楽しい時代もあったものね。えへへへ、カズ君ともさんざんやったもの。そう言えばカズ君は結婚して何年しても嬉々として乗ってくれたし、
 
『ほらシオも、ア~ンして』
 
 人前なんて気にせずにやってたものね。でもね、ユッキーやコトリちゃんと同じにしないでね、カズ君とは夫婦だからね。

 それにしても、昨日もそうだったけど、ピクニックで食べるお弁当って、なんでこんなに美味しいのかな。そりゃ、このお弁当は宿特製だから美味しいはずだけど、別にコンビニお握りでも別物と思うほど美味しくなるのよね。食事も終り、写真も、
 
「撮って、撮って」
 
 で大騒ぎ。クールそうに決めてる香坂さんまでポーズ取ってるじゃない。やっと出発したのが十二時ぐらい。一時間ぐらいって聞いてたけど、途中で、
 
「撮って、撮って」
 
 これと解説が入るものだから、百閒蔵に着いた頃には午後一時をだいぶ回ってた。
 
「これはエエで!」
「ホント、ホント、大パノラマよ。熊野三十六峰が一望じゃない」
「ユッキー、ここは東山やないで」
「だから、く ま のって言ってるじゃない」
 
 同じ景色でもクルマとかで上がって見るのと、自分で歩いて登ったんじゃ違うのよね。なんていうか、感動が加わってるって感じかな。これを写真にするのは難しいんだけど、どう撮ってるのかな。そういう意味で楽しみになってきた

 百閒蔵から三十分ほどで松畑茶屋跡。そこからはダラダラと下って行き一時間余りで請川に到着。予定の午後三時をだいぶ上回って、午後四時に近いぐらいだったけど、歩いた、歩いた、気持ちイイ。ここでユッキーが、
 
「星野君はここからどうするの」
「泊りにして、明日は大雲取越を目指します」
「さすが。じゃあ、どこ泊るの?」
「百福ですけど」
「やったぁ、今夜は一緒だ」
 
 熊野古道にほど近いところに宿はありましたが、なんと民宿。
 
「こんなんも楽しいで。ホンマは四人までやってんけど、コトリが頼み込んで五人でもOKにしてもろた」
 
 宿に着くと客はわたしたちと星野君の二組だけ。もっとも二組しかとらないそうだから満室ってこと。星野君は何度か来たことがあるみたいで大将や女将さんと親しげに挨拶してる。ユッキーは、
 
「お風呂は一緒ってわけにはいかないけど、晩御飯は一緒に食べようね」
「イイのですか」
「もちろんよ、女だけで食べるよりイイ男が入ってる方が美味しくなるに決まってるじゃない」
 
 宿が一緒ならそうなるよね。ゆったりお風呂に使ったら夕食。星野君は、
 
「お邪魔させてもらいます」
「待ってた、待ってた、まずはカンパイよ」
 
 今日の宿が民宿なのはちょっとビックリしたけど、どこか懐かしい感じがしてる。料理だって、昨日や一昨日の凝った料理に較べると素朴だけど、どこかホッとする感じ。こういう宿も昔は良く使ってた。いやあの頃だったらむしろ贅沢だったぐらい。

 駆け出しのころはとにかくカネがなかったし、依頼料も格安。仕事も選ぶどころじゃなかったものね。オフィス加納って格好良く付けてたけど、安アパートの一室が住居兼事務所。スタッフと言っても、物好きにも弟子入りしてきたのにアシスタントやってもらってたんだ。

 でもこういう仕事じゃない。どうしたってクルマがいるから、中古のオンボロ軽ワゴンを無理算段して買って撮影に出かけてた。仕事も可能な限り日帰りにしたけど、どうしてもがあったものね。豪華なホテルを横目で見ながらコンビニで買ったお握り持ち込みで素泊まり。夜になると二人で、
 
『いつか仕事を選べるようになりたいね』
『先生なら成れます。その時は大撮影隊を組んで豪華ホテルに泊まりましょう』
 
 あの頃が一番熱かったかもしれないわ。夢を語って、翌日の撮影スケジュールを検討して張り切って出かけたものね。依頼料以上のイイ仕事をしてクライアントをギャフンと言わせてやるんだって。

 やっと朝夕の食事が付いている宿に泊れたときは、なにか凄く贅沢してる気分になったものよ。あの頃のスタッフは本当に同志って感じだったもの。なんとかオフィス加納を大きくするんだって、そのためにはイイ写真を撮るんだって。

 幸いブレークしてくれて、わりと早いうちにちゃんとした事務所も構えられ、スタッフも増えてくれたんだ。宿のランクも上がって行ったけど、それでも素泊まりから二食付きになった感動に較べる小さかったよ。

 この仲間意識を持ちたいは形だけは最後まで続いてた。取材旅行では同じランクの部屋に泊り、同じ食事にしてた。なんか美談みたいに取り上げられたこともあったけど、そうじゃないんだ、あれは一緒に熱くなりたいだけだったんだ。

 そういえば、初めて食事付で泊った宿も、こんな感じの民宿だった気がする。今でも覚えてるけど、貧乏写真家って知ったら励ましてくれて、
 
『サービス、サービス』
 
 こういってあれこれしてくれて感動したものね。オマケに朝出る時にさ、
 
『お弁当だよ、立派になったらお返ししてね』
 
 こうやって持たせてくれた弁当をアシさんと感謝しながら食べたのは良く覚えてる。あんなに美味しかったお弁当はなかったと思ってるぐらい。あの民宿は良く使わせてもらって、名が売れてからお返ししようとしたけど、
 
『うちは商売。施しは受けない』
 
 じゃあ、最初のサービスはどうなのよって言い返したんだけど、
 
『あれは上客を取り込むのための商法で施しやあらへん』
 
 頑固なところはあったけどイイ人だったしお世話にもなったわ。でも大将も女将さんも亡くなちゃって、今は跡形もなくなってた。わたしも八十歳だものね。

 
 食事をしながら星野君の撮った写真をチラチラ見てた。へぇ、結構やるじゃん。ちょっと地味だけど基本はしっかりしてると思うわ。地味なのは個性ってしてもイイわ。そうねぇ、ホッとするというか、温かみが出てるって感じがするもの。こういう写真は嫌いじゃないわ。

 最近の写真はロー画像からあれこれ細工が出来過ぎるから、そっちの方の加工技術に走っちゃうのが多いのよね。でもそういう連中はやっぱり大成しないよ。カメラはシャッターを押す瞬間が勝負なのよ。

 そういう意味でやたらと連写に頼る連中もどうかと思ってる。ま、この辺はわたしがフィルム時代上がりだから一概には言えないとは思うけど、星野君の写真はイイ味出てると思うわ。
 
「星野君は写真が好きそうね」
「ええ、いちおうプロ目指してます」
「どこかのスタジオに勤めてるの」
 
 聞くと勤めていた時期もあったようだけど、
 
「生活が厳しくて」
 
 だろうね。全部がそうだとは言わないけど、スタジオ勤務って徒弟制度みたいなところが多いのよね。下手すりゃほとんど無給でコキ使って、なんにも教えないところも珍しいとは言えないもの。
 
「今はどうしてるの」
「実家の手伝いしながら、コツコツと独学でやってます」
 
 とにかく写真の世界は厳しいのよね。だってさ、今どきのカメラはシャッターさえ押せばピント・バッチリのが撮れるし、デジタルだから撮ったその場で確認出来ちゃうし、それこそ何度でも撮り直しが出来ちゃうのよ。枚数制限だって無いようなものだし。

 さらにだよ、撮って来た写真はバリバリに加工できちゃうのよねぇ。フィルム時代からすると夢みたいだし、それだけ時代が変わったんだけど、それだけ競争もまた激しいってこと。インスタなんて見てごらんよ、テンコモリ出てるじゃない。

 そんな世界で成功するには個性なのよ。自分しか撮れない世界を撮れるのが成功の秘訣。でもこれが大変なのよね。わたしもいっぱい弟子がいたけど、それなりに成功してメシを食えてるのはほんの一握り。技術は教えられてもプラス・アルファは自分で身に付けないといけなんだよ。

 でも、星野君には何かあるかもしれない。もっともだけど、何かありそうな弟子はたくさんいたけど、それを物にするのが最大の難関。ここを突破できるかどうかは本人の努力と運次第。
 
「こんどコンクールに応募するのです」
「へぇ、今日はそのための撮影だったの?」
「いえ、作品は既に送ってあります」
「なんていうコンクール」
 
 ここで星野君は胸を張って、
 
「加納賞に応募しました」
 
 あちゃ、わたしが作ったやつじゃない。
 
「でもあそこは厳しいって聞くけど」
「だからこそ入選でも出来れば道が開けると思ってます」
 
 まあ、そうなんだけど。狙いとしては新人の登竜門って位置づけ。審査は厳しくて、これも自分でやってたんだけど、入選レベルは一流の技術とプラス・アルファの可能性を持ってる者だけにしてた。審査が厳しいかわりに、入選すればそれだけで独立できるぐらいの評価はされたし、有名スタジオからもたくさん声がかかるのよ。
 
「でも残念なことが一つ」
「どうしたの」
「審査委員長の加納志織先生が御高齢のためか欠席されてるみたいで・・・」
 
 そうなのよ。カズ君が再発してからはずっと欠席。審査委員長もやめたかったんだけど、慰留されて名前だけ残してる状態。運営からは手を引いてる。
 
「そのせいか、加納賞の評価が・・・」
 
 ありゃ、どうなってるんだろう。ずっと引きこもり状態で知らないんだけど。
 
「ところであなたは加納先生によく似てますね」
 
 まあ本人だから、
 
「でも加納志織も八十ぐらいだったはずよ」
「それは知っていますが、若いころはきっとこんな感じだったんじゃないかって」
「それは、ありがとう」
 
 そこから、
 
「撮って、撮って」
 
 の嵐が殺到。星野君とのツーショットが欲しいっていうものだから、カメラ係も復活。ええい、ヤケクソじゃ、なんぼでも撮ってやる。やっとこさ一段落し、星野君も部屋に戻ってから香坂さんが真面目くさった顔で、
 
「社長も、副社長も夜這いは構いませんが」
「しないわよ、失礼な。夜這いは男がするもので、女がやったらはしたないわよ」
「そうやでミサキちゃん、今日あったばっかりやで。いきなり行ったら、そんな女って見られてまうやんか。コトリは淫乱ちゃうからな」
 
 なんちゅう会話よ。これがエレギオンのトップ同士がする会話かよ。
 
「くれぐれも夜這いをされても応じませんように」
「それは無理よ。夜這いに応じるのはマナーでしょうが」
 
 マナーじゃないと思うけど。コトリちゃんまで、
 
「そうやそうや、独身者の自由恋愛を止める権利はミサキちゃんにもないはずよ」
 
 そしたら香坂さんは、
 
「こんな狭いところに五人で寝るのですよ。夜這いで燃えられたら安眠妨害です」
 
 たしかにそうだ。お隣で燃えられたら迷惑なだけだものね。お布団も敷かれて、
 
「シオリ、星野君の腕はどう」
「悪くないよ。でも加納賞はハードル高いよ」
「ああ、クレイエール記念ホールでやるやつね」
 
 ユッキーはなにか考えてるようだったけど、いきなり言いだしたのが、
 
「そうだシオリ、抜け駆けは許さないから」
「なによ抜け駆けって」
「だってミサキちゃんの注意はわたしとコトリだけで、シオリは入っていないじゃないの」
「当たり前でしょ。夜這いなんかするわけないじゃないの」
 
 そしたらコトリちゃんが、
 
「そう言って、いっつも最後にさらっていくやんか」
「いっつもじゃないよ、あの時だけじゃない」
「あの時だけでも十分やんか」
「そうよそうよ」
 
 ユッキーが尻馬に乗った瞬間にコトリちゃんは強烈な切り返し、
 
「ユッキー、なにが『そうよそうよ』やねん。コトリとシオリちゃんが火花散らしてる真っ最中に、トンビみたいに飛んできて油揚げさらったんは、どこの誰やねん」
「それは油断していたコトリとシオリが悪い」
「なにを」
 
 そしたら香坂さんが、
 
「シャラップ。ミサキもシノブ専務もそろそろ寝たいのです。そんな行きたきゃ、三人で襲ってきてください。では朝までごゆっくり」
 
 香坂さんはいつもの事だけど立場強いよな。それと『なるほど』だけど、これぐらいのことがしょっちゅう起るから少々の事では気にもならないのかも。それでも、さすがに夜はぐっすり寝ました。やっぱ疲れた。それにしてもあの二人、夜這いやってるのかな。わたしは行ってないよ、誘われたけど。

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