恵梨香の幸せ(第28話)札幌の夜
そう言えば、プロポーズの時に不倫の過去はさすがの康太も考えこんだけど、恵梨香がビッチにされてることへの反応は薄かったのよね。恵梨香にしたら大きな負い目だったんだよ。
やっぱり男は処女が好きじゃない。まだ誰も手を付けてない女を自分の物にしたいのが理想のところがあるもの。女だって、そういう面はあって、一人の男に捧げたいってのもあるのはある。あくまでも理想だけど。
処女は一回限りでなくなるから、男も女もこだわって拒否するところまでいかないにしても、とくに女は人数の経験を重ねすぎると確実に評価が下がる。淫乱だとかヤリマンだとかね。
もっとも男だって手を出し過ぎるとヤリチンとされるけど、ヤリマンよりマシかな。そこは男より厳しいかもね。不平等だと思うけど、誰彼無しに股を広げて回る女は恵梨香でもあんまりよく思わないところはある。
『恵梨香はたった二人じゃないか。綺麗なものだよ』
二人しかいなかったとも言えるけど、最初のクソ元夫はともかく、二人目の不倫上司との関係は明らかな黒歴史。女は処女は尊ばれるけど、熟女ももてはやされる。バツイチならそれが武器になる。要は男を喜ばせるだけの経験を積んでる点かな。ただなんにでも限度がある。
『それだけ恵梨香が経験があるってだけじゃないか』
『でも・・・』
『じゃあ、一つだけ聞く。恵梨香はアレが好きか、嫌いか』
ストレート過ぎて返答に困ったけど、
『好きだけど・・・』
『じゃあ、問題はない』
嬉しかったな。嬉しかったけど、これも康太の不思議なところ。康太はアレが好きだし、プレイとして純粋に楽しむことが出来る男だ。再婚の条件にアレの相性を重視していたのも良く知っている。
モロの話だけどプロポーズされた夜に結ばれたじゃない。あそこで恵梨香も喜ばされたけど、康太も同じぐらい恵梨香を楽しんでくれたはずなんだ。康太の満足度は信じられないけど翌朝のマッハ婚に至るぐらいだったとしか思えないもの。
だけど康太のプレイは激しくはあるけど、あくまでもノーマルなんだよね。そう変態プレイを出す素振りも無いんだよ。ここも誤解しないでね、変態プレイが無いから物足りないって意味じゃないよ。
ノーマルが好きな男は変態プレイを教え込まれた女は基本的に好まないはずなんだよ。それどころか淫乱ビッチとして軽蔑されて捨てられてもなんの不思議もないぐらい。それぐらいの烙印が変態プレイ経験女には付くぐらいは恵梨香も知っている。
さすがにこの歳の恵梨香に処女を求めていないと言うか、この歳で処女なんて逆に気色悪いぐらいかもしれないけど、恵梨香が変態プレイの熟練者のビッチであると聞いても気にもしないんだよね。どう聞いても経験の一つぐらいにしか扱ってないんだよ。
「お~い、恵梨香。最近、考えごとが多いぞ」
「ゴメン、ゴメン。今夜の事を考えたらドキドキしちゃって」
「恵梨香は可愛いよ」
そこに突然だったけど、
「おい、神保じゃないか!」
「坂崎か」
話を聞くと康太の同級生。麻酔科らしいけど、学会があって来てるんだって。坂崎先生は恵梨香の顔を見て、
「神保はやっぱり結婚したのか」
なんかおかしい。康太は結婚はしたけど離婚して今は再婚だよ。それよりに何より恵梨香とは初対面じゃないの。
「坂崎、それは違うよ。妻の恵梨香だ」
坂崎先生は、ポカンって表情になり、
「恵梨香って、まさかお姉さんとか」
「だから違うって。ぼくの奥さんの浜崎恵梨香だよ」
恵梨香がお姉さんってなによ。そこからしばらく話が弾んだのだけど
「坂崎、お前が来てるってことは」
「そうや、迫田も石神井も一緒や」
久しぶりだから、もう一軒飲みに行こうって話になったんだ。康太は迫田先生と石神井先生のテーブルに挨拶に行ったけど坂崎先生は隣に残ってくれて話をしてたのだけど、
「いやぁ、悪かった。あんまり似てたんで間違ってもた」
坂崎先生が知ってるのなら、康太の最後の恋人よね。
「よく知ってられるのですか」
「一回会っただけや」
聞くと医学生ではなかったらしい。それと康太の下宿は大学からかなり離れていたらしく、友だちもそれほど遊びに来たわけじゃなさそう。それと最後の恋人は恵梨香がお姉さんと間違われるぐらいだから、かなり年下みたい。
ここから先が難しいな。あんまり根掘り葉掘り聞いたらヤキモチ妬いてるみたいに思われちゃうし。どうしようかな、少し遠回しに聞いてみようか、
「夫の同級生と言えば、先日上浦先生に神戸でお会いしました」
「へぇ、上浦さんに会ったのか。ここだけの話やけど・・・」
やっぱり康太と理恵先生の仲は深い物なんてものじゃなさそう。坂崎先生も康太がそのまま理恵先生と結婚すると思ってたぐらいみたい。だろうな、今だって美人だけど学生時代ならなおさらだろうし。
「上浦さんは美人やけど冷たい感じもあってんよ。それが神保と付き合い始めて温かいと言うか、女らしいと言うか・・・・・・」
やっぱりやったんだ。そらやるよね。やってない方がおかしいよ。理恵先生を見てやりたくない男なんていないだろ。康太は無暗やたらに女に手を出すタイプじゃないけど、彼女にまでなったら、やるしかないだろ。手を出さない方が逆におかしいよ。
「ホンマにいつも二人でベッタリで、彼女がおらんかったオレなんか、羨ましくて、羨ましくて」
坂崎先生もマフラーは覚えてて、赤い毛糸で編んだ一・五メートル以上あったものだって。手編みじゃないかとも言ってたよ。でも別れたんだよね、
「そうやねんよ。男と女の仲やから出会いもあれば別れもあるとは言うけど、神保と上浦さんが別れるとは夢にも思わんかった」
「その次の恋人って素敵な人だったのでしょうね」
坂崎先生も一度しか会ってないからとしてたけど、どちらが美人かと言われると、考える余地もなく理恵先生だって。それは、なんとなくわかる。理恵先生より綺麗な人なんてそうそうはいないと思うもの。
「でもな、神保とピタッと呼吸が合ってたわ。あの呼吸と言うか、空気は恋人同士というより夫婦みたいに感じたものな」
同棲してたかと聞いたら、たぶんそうだとしてた。康太の部屋に女物としか思えないものが、当たり前のように転がっていたそう。ぶっちゃけ、並んで下着が干してあったのも見えたそう。
坂崎先生が言うには、康太は幸せそうだったって。理恵先生と付き合いってる時よりも、なにかリラックスしてるというか、寛いでる雰囲気があったぐらいかな。だから、
「そうやねん。あのまま行くとしかオレも思えんかってんよ。それによく見ると奥さんとはちょっと違うけど、雰囲気はホンマにそっくりやってん。あれからもう二十年ぐらいになるから、これぐらいは変わってもおかしないやんか」
そこに康太が加わって来て、
「坂崎、あの頃の話はそれぐらいにしてくれよ」
「そやけど、キーコは・・・・・・」
「頼むわ、坂崎」
康太の顔が今まで見たことがないぐらい悲しい顔になってる。
「坂崎、誰にだって語りたくない過去はあるんや。理恵さんのこともそうや」
とりあえず最後の恋人がキーコと呼ばれていたのはわかった。関係は同棲まで進んでる。そのキーコさんが恵梨香によく似ているのもわかった。ポッチャリ狸だったんだろうな。坂崎先生が見間違えたのは、十年以上の歳月はポッチャリ狸をビヤ樽狸に変えたと思ったんだろ。
この夜はこの辺でお開き。坂崎先生も明日の午後に発表があるからってさ。ホテルに帰った恵梨香は康太にいつも以上にトロトロにされちゃった。やっぱり旅行になると普段より燃えちゃうのよね。
翌日は予定通りにバスで市内観光。いつもの康太に戻っていて、恵梨香もはしゃいで楽しかったよ。お土産もいっぱい買えたし、昼は札幌ラーメン、夜はビール園のジンギスカンも堪能した。天気も良かったし最高だった。
「札幌時計台って、こんなところにあるんだね」
「そうなんや。写真で見るとポツンと建ってるように思うけど、実際はビルの谷間なんだよね」
本当にビルの谷間で恵梨香も逆に驚いたぐらい。きっとかつては、このあたり一帯に札幌農学校の校舎が並んでたんだろうけど、時計台だけが取り残されたんだよね。出来た頃にはそうなってしまうなんて誰も思いもしなかったろうな。時計台はそれをずっと見てたんだろうね。
時計台を見ている恵梨香も康太も、時計台から見ればほんの通りすがり。さっと見て通り過ぎていく時の旅人の一人かな。恵梨香は前世とかあまり信じないけど、康太と出会ってから、あるのかもしれない気がしてる。
恵梨香の思い過ごしかもしれないけど、康太とは初めて会った気がしないところがあるんだよね。ずっとずっと昔にも会って、恋をして、結ばれてラブラブやってたんじゃないかって。
いやラブラブじゃなかったかもしれない。もっと苦しい恋だったかもしれない。苦しい恋だったから、今は康太も恵梨香を幸せにしようとしてくれるし、恵梨香も康太を幸せにするのが生きがいになってるかも。
「生々流転かな」
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