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浦島夜想曲(第5話)出発

 当日は九時半にクレイエール・ビルの一階ロビーに集合。
 
「こっちよシオリちゃん」
 
 なにやら旗を持っていますが、
 
『明文館高校二年三組』
 
 校章まで入れた染め抜き。わざわざ作ったんだ。
 
「はい、これ」
 
 旅の栞じゃない。これもわざわざガリ版刷りで作ってある。当時はそうだったものね。まだワープロどころか、コピーさえ高かったし。それにしても、よくガリ版刷りの道具があったものね。
 
「まずは記念写真を撮るよ」
 
 玄関前に並んだんだけど、
 
「シオリちゃんが真ん中で左がユッキーとミサキちゃん、右がコトリとシノブちゃん」
 
 どうしてこの並び?
 
「マリー、世界の加納志織を撮るんだから気合入れてね」
「了解です」
 
 何枚か撮って、
 
「シオリちゃん、マリーの腕前はどう」
「イイんじゃないの」
「マリー、加納さんが褒めてるよ」
 
 あっ、思い出した。クルーズの時に出会ったマリーじゃない。ここに勤めてたんだ。挨拶もして聞いてみるとエレギオンの実質的なナンバー・ファイブでイイみたい。出世したものね。
 
「安心して行ってらっしゃいませ」
「じゃあ、頼んだわよマリー」
 
 そこからタクシーかと思えばポートライナーまで歩き。荷物が多いのでエレベーターでホームに。そこから三ノ宮駅で一〇時三七分発の新快速に。エレギオンHDの旅行にしたら質素だなぁ。
 
「これは・・・」
「ゴメンゴメン、リムジンでも期待しとったと思うけど、あんまりリッチするとミサキちゃんがウルサイから」
「そこまでウルサクありません」
「でもクルーズの時は乗船料を経費で落とすの渋りまくったやんか」
「当たり前です。どこの世界に九億円の出張旅費なんて存在するものですか」
 
 新大阪まで座れなかったのですが、
 
「シオリちゃん、代わってもらったら」
 
 指し示すのは優先座席、
 
「コトリちゃん!」
「コトリはまだ五十やけど、シオリちゃんは八十やから十分権利あるで」
 
 ま、バスの敬老乗車証はもらってますけど、あんなもの使いにくいったらありゃしない。敬老乗車証だけじゃなくて、この歳になればあれこれ優待パスはあるけど使った事がないわ。見栄もあるけど、使おうにも間違いなく不正使用扱いされるもの。そんなかんなで三十分足らずで新大阪に到着。
 
「下りるで、旗にちゃんと付いて来てね」
 
 旅の栞はもらったものの、読む時間がなくて行く先は未だに不明。それにしてもどこ行くんだろう。飛行機使うなら神戸空港じゃなければ大阪空港だけど、新大阪で下りるのなら違うだろうし、新幹線使うにしてもわざわざ新大阪まで来るのは変だし。連れて行かれたのは三番ホーム。
 
「じゃ~ん、特急くろしおだよ」
 
 ということは和歌山ね、白浜とか勝浦か。でもこの調子なら自由席だろうな。コトリちゃんはずんずん歩いて行って先頭車両の一号車に。やがて電車が到着すると、
 
「さあ乗って、乗って。パノラマ・グリーン車だよ」
 
 和歌山は仕事でもプライベートでも何度も行ってるけど、いっつもクルマだもんね。とくに仕事の時は荷物も多いからクルマ。電車で行くのは初めてだわ。それもグリーン車って、なんかワクワクする。
 
「五人だから席割はとりあえずこうするけど、後で変わろうね」
 
 シートは二列だからそうなるものね。一人になった香坂さんが、
 
「こっちは誰か来ますよね」
「来ないよ、そこも抑えといた」
「コトリ副社長!」
「それぐらいエエやんか」
 
 六席分が自由に使えるのでゆったりです。今度こそ旅の栞を読もうと思ったのですが、隣に座ったコトリちゃんがしゃべるしゃべる。わたしもテンションが高まってきて、しゃべるしゃべる。ウィーンの夜では近況報告的なものはあまり話さなかったし、ウィーンの夜からでも、もう十五年だもの。

 話題はどうしても高校時代に。とにかく大変な高校だったうえに、コトリちゃんは天使、わたしは女神様で追っかけが常にゾロゾロいて、連日の乱痴気騒ぎみたいな学校生活だったもの。
 
「一年の体育祭の時だけどさぁ、シオリちゃんも押し付けられたの」
「そうなのよ、いきなり満場一致で、
 
『異議なし』
 
これで逃げ場なくなっちゃったのよ」
「コトリなんて、もっとひどかった。だってさ、だってさ、誰を選ぶかをすっ飛ばして、いきなり天使のコスプレの検討だったもん」
 
 そこにユッキーが、
 
「同じようなものね」
「あれユッキーも」
 
 コトリちゃんの天使の衣裳も超ミニスカート、両肩剥きだしで、背中パックリで豪快だったけど。ユッキーの氷姫はもっと凄かった。着物ベースのアレンジだと思うけど、とにかく生地がスケスケで見えそうだったし、歩くと裾が翻るんだけど、いったいどこまで翻るんだって代物だった。
 
「コトリちゃんも相当だったけど、ユッキーは、よくあんなものをOKしたね」
 
 あの頃のユッキーは文字通りの氷姫。入学してから笑顔どころか、表情が変わったところを見たことが無いとまで言われてた。だから怖かったんだけど、不思議に人気はあったのよ。

 どう言えばイイんだろ。あれだけ無表情で、話せば不愛想な切り口上、さらにあの身の毛もよだつ睨みまであったのに、なぜか本当は心優しい人って評判があったのよねぇ。一年五組の友だちがユッキーのことを、
 
『あんなイイ人はいない』
 
 こう言うのを聞いても信じられなかったけど、ユッキーには確実にファンがいた。追っかけは例の睨みで追っ払っちゃったけど、そうしなかったらわたしやコトリちゃんに匹敵するぐらい来てたかもしれない。

 だからユッキーのファンはかえって熱かったかもしれないって思ってる。だってあれだけ怖い睨みを喰らってもファンを続けるぐらいだもの。そうなんだよ、あの時の一年五組は熱かった、それも火傷するぐらいに。今ならわかる。あの時の一年五組は男だけでなく女もユッキーの熱狂的なファンだったに違いない。

 電車の中でユッキーが笑いながら話してくれたんだけど、あの時の一年五組は誰も見たことがないユッキーの笑顔を見るために死に物狂いになったで良さそう。ユッキーはあの時に笑顔を見せなかったけど、もし見せていたら学年優勝は三組じゃなく、ユッキーの五組だったはずだよ。

 これも覚えている人は少なくなっちゃったけど、ユッキーはもう一度あの体育祭の氷姫をやったのよ。卒業式の日だったけど、わたしも見てた。その最後に笑顔を見せてくれた。あれほど素晴らしい笑顔は、あれから見たことがないぐらい、笑顔までの睨みをふんだんに使った怖すぎる演出と、最後に見せる笑顔のコントラストが最高だった。
 
「そういえば、ユッキーの満点伝説はいつまで続いたの」
 
 ユッキーは高校一年の一学期から卒業までずっと委員長。だから当時の明文館で『委員長』と呼べばユッキーのことを指したぐらい。それぐらいの優等生だから成績も抜群、いや圧倒的だったの。とにかく試験と言う試験はすべて満点。これも同窓生の間では伝説になっている二年の夏休みの宿題考査。あの、
 
『ジェノサイド』
 
 まで呼ばれた試験でさえ余裕で満点。試験時間の半分も経たないうちに教室から出て行ったもの。教師の方が呆れるぐらいだった。
 
「あれ? そうねぇ、とりあえず大学卒業までは続いてた」
 
 付け加えて、大学入試は面接試験の時に満点って教えてくれたそうで、医師国家試験と、認定医・専門医のペーパー試験は満点だったろうとしてた。
 
「司法試験も満点と思ってるけど、国試と一緒で結果はわからないし」
 
 ユッキーは木村由紀恵時代には医師になり、小山恵時代になってからも、会社の業務に必要だからって司法試験まで合格してるのよね。そもそもだけど、社長業の片手間で司法試験なんて合格する頭の構造が不思議だ。
 
「それも女神の能力」
「たぶんね。だって余りにも異常な記憶力と理解力だもの」
「コトリちゃんにはなかったの」
「あるよ。でも使いたがらないのよね。だから時々尻叩いてる」
 
 二時間ばかり懐かしい話に花を咲かせたり、車内販売で買ったお弁当食べたりしてるうちに紀伊田辺駅に到着。
 
「さあ、降りるよ」
 
 あれ、紀伊田辺で下りるんだ。次が白浜なのにどうしてだろう。
 
「じゃ~ん、次はバスの旅」
 
 行き先を見ると、
 
『龍神線・季楽里龍神行』
 
 そうなると、
 
「コトリちゃん。龍神温泉なの」
「そうだよ、旅の栞にも書いてあるよ」
 
 グリーン車から一転して、今度は路線バス。行き先が龍神温泉だから山道を抜けていくんだけど、車内の五人組は大騒ぎ。おっと、香坂さんが一人でたしなめて回ってるけど、ユッキーもコトリちゃんも、シノブちゃんまで、
 
「は~い」
 
 こういって三分もしないうちに大騒ぎ状態。なんかコント見てるみたい。路線バスの旅は大変だけどなぜか楽しい。そうなのよ心が弾んでいる気がする。いや、気じゃない弾んでるんだ。わたしの心は戻っている、あの懐かしい時代に戻ってる。それも老人の感傷旅行なんかじゃない。もっと瑞々しい感性で楽しんでるし、ワクワクしてる。

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