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運命の恋(第32話)再生

 辛すぎる日々だった。それでも美香との失恋だけで自分の人生を捨て去ってしまうのも惜しい気がしてきた。こう言えば格好良さそうそうだけど、未練と思い切りの間で振り子のように心は激しく揺れ動き、段々に思い切りに傾いていったぐらいだよ。今だって狂おしくなる夜はある。そんなに簡単に思い切れるなら誰も苦労しないものな。

 大学は進学することにした。そのための勉強はかなりじゃないぐらい辛かった。あれも拷問のようなものだった。そうなんだよ、ボクにとっての勉強は美香との思い出に彩られすぎている。どれだけのフラッシュ・バックに襲われた事か。

 そんなボクを脅し続けた、もとい励まし続けてくれたのが今泉であり、諏訪さんであり、仲間たちだった。そしてなによりマナだ。あんにゃろ、ボクの背後に付いて、少しでもサボろうとすると踵落としを炸裂させようと睨んでやがった。

「気が散るから出て行ってくれ」
「これしきで気が散るようなら大学なんか合格するか」

 受験に関しては美香の遺産は正直大きかった。あのショックで落ち込んだ分を差し引いても、辛うじて合格できた。素直に嬉しかったよ。合格が決まった時には道場を挙げて祝ってくれた。

 高校合格の日の事を思い出していた。あの日は両親の離婚成立日だったものな。離婚調停会場から帰って来た母親は、ルンルンでまとめてあった荷物を持ってサッサと出て行ったし、親権を押し付けられた父親は、家にも立ち寄らず単身赴任先の愛の巣に御帰還。

 ボクの高校合格の報告なんて誰も祝うどころか聞く気も、興味すらなかった。そんな状況に慰めの言葉の一つでもかけてくれる友達も、ボッチのボクには無縁の存在だったもの。合格はしたものも本当に入学できるかとか、それよりこれからどうやって生活するかの不安で押し潰されそうになった日だったよ。

 あれから三年間、今はどうだ。ボクの合格のためにこれだけの人が集まってくれてるんだ。道場仲間たちだけじゃなく、今泉や諏訪さん、歴研の会員や、クラスメイトもたくさん駆けつけてくれている。

「やったな氷室」
「氷室さんなら必ず合格すると信じていました」
「自分が合格するより嬉しいかも」

 みんなあの失恋で落ち込んだボクを支え続けた人たち、いやボクの仲間たちだ。この仲間がいなかったらボクは立ち直れなかった。促されて挨拶に立ったけど、涙のこらえようがなかった。

「みんな、こんなボクのために・・・」

 後は言葉にならず男泣きになってしまったものな。美香との別れは本当に辛かったが、その代わりにもっと大切なものを手にした気がする。もうボッチじゃない。これだけの仲間がボクにはいるんだ。

 祝賀会は和やかに進んだ。ボク以外にも進学先が決まった者もいて、一緒に祝っていた。宴もたけなわの頃に堪え切れない想いがボクの胸を込み上げてきた。そう、ボクは大切なものを見つけた、もっともっと大切なものを見つけたんだ。

 ずっと見えてたし、とっくに気が付いてた。ボクの人生を変え、どんなに苦しい時でも笑顔で支え続け、何の見返りも求めない愛情を捧げてくれた人だ。これ以上の人がこの世にいるものか。誰を相手にしても渡す気はない。

「皆さん聞いてください。重大発表をします」

 みんな何事かと振り向いてくれた。

「マナ、ちょっと出て来てくれないか」

 今日のマナはお世話係で、食べ物や飲み物を台所から運んだり、食器を下げたりしていた。急に呼ばれて怪訝そうにボクの前に立ったマナに、

「氷室淳司は山吹真夏を心から愛しています。どうか付き合ってください」

 道場が水を打ったかのように鎮まり、みんながマナに注目している。マナの顔は見る見るうちに真っ赤になり、いきなりボクの胸に飛び込んできた。こんな時に鳩尾に喰らったら困ると思っていたら、もう半泣き状態で、

「マナツも愛してる・・・」

 一呼吸おいてから、道場内は拍手喝采の大騒ぎになった。ボクの大学合格祝賀会が、そのままボクとマナのカップル誕生記念パーティになったようなものだった。マナは本当にボクのために良くしてくれた。これからはマナを幸せにするのがボクの生きがいだ。祝賀会が終わった後に、

「ジュンちゃんたら、あんな時に」
「嫌だった?」

 マナは首を横に振り抱き付いてきた。

「もう離さないよ」
「ボクだって」

 マナの唇はひたすら甘かった。最後にケーキを食べたからかな。でもキスって、こんなに気持ちが良いものなんだ。あれだけ小説でドラマチックに描写する理由がやっとわかった。それにマナの体の柔らかさ。

 鬼のように強いから、筋肉でゴチゴチかと思ってたら、なんて柔らかくてさわり心地が良い事。それにマナから漂ってくるウットリするような香り。マナは本当に良い女だとまた惚れ直した。

「もうジュンと呼ぶよ」
「ちゃんが取れたか」
「やっとね」

 その頃に高校に入って初めて父親から手紙があり、

『家は売却した。淳司が大学に進学したなら学費に使い、そうでなければ自立資金にしろ。これですべて終わりだ』

 手切れ金ってことのようだ。冷たいものだけどカネをくれるだけマシか。おかげで大学入学準備も一人でやることになった。いや一人じゃない、マナもいる、マナのお母さんも、爺さんもいる。他の仲間たちもいる。

 とりあえず家が無くなったので下宿が必要になった。また引っ越しだ。荷物をまとめていたら、

「たく、なんちゅう親だよ」

 マナが門人たちを引き連れて引っ越しの手伝いに来てくれた、

「段ボールとトラックは任せといてくれるか」

 今泉が調達してくれた。さすがは今泉産業の御曹司だ。ドタバタと家を引き払い。

「ジュン、この家ともサヨナラね」
「まあ、ボクにしたら長かった方の家だよ」

 ふと思ったのだけど、転勤族だったからずっと賃貸だったのだけど、どうして父親は買ったんだろう。離婚は必至状態のはずなのにだ。あれかな自分の新家庭の新居にするつもりだったのに、なにか計算違いでも起こったのだろうか。

 それとも離婚後の息子のために買ったのか。それも、もうどうでも良い事だ。この家で過ごした四年間でボクは変わった。ボッチの陰キャで高校に入学したけど、卒業する時にはクラスの人気者になり、

「マナと出会えて、恋人に出来た記念の家かな」

 マナは大学には進まなかった。

「ジュンみたいに頭が良くなかったからね」

 卒業後は就職するようだ。離れ離れになってしまうけど、

「会いに行くね」
「もちろん会いに来る」

 そんな事で二人の仲を引き裂けるものか。マナは誰にも渡さない。

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