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運命の恋(第7話)波涛館流空手

 マナの道場は波濤館流空手と言う。ジャンル分けすれば実戦空手になるそうだ。実戦空手と言えば極真空手が有名だけど、まったく別系統のものらしい。段級も変わっていて、

 初級 → 中級 → 上級 → 黒帯

 たったのこれだけ。この手の道場経営は段級の試験料とか、認可料が経営の大きな柱のはずだけど入門料や月謝も格安。よく経営出来てると思ったけど。

「併設のスポーツ・ジムが当たってね」

 これが目を剥くような代物で鉄筋十階建ての立派過ぎるビル。プールまである豪華設備だけど、風呂がとにかくゴージャス。風呂用に井戸を掘ったら温泉が出て来たそうで、風呂部分は健康ランドにもなっていて市内の名物施設だ。市外からの利用客も多く繁盛しているのは見ただけでわかる。スポーツ・ジムの経営はマナの叔父さんがやってるらしい。

 マナは道場の併設と言うが、どう見たってジムの附属の小屋が道場にしか見えない。道場の練習生はジムも使えるのだけど、まずここで地獄を見せられた。ずっと帰宅部のボクだから基礎体力作りから始まるのは理解したがとにかくスパルタ。

「波濤館流の基本は脚力」

 いきなりやらされたのが、クロストレーナーを一時間。クロストレーナーとはあえてたとえるとノルディック・スキーの距離のクラシカル似ている感じ。足を漕ぐのと同時にステックも使って走るマシーンだ。

 やってみると十分もすれば限界が来た。それぐらいシンドイ代物だけど、絶対に休ませてくれない。それどころか、少しでもペースが落ちると容赦なくケツに蹴りが入ったり、頭をぶん殴られた。それも軽く叩くなんてレベルじゃなく、まさしくぶん殴られる。

「根性ださんかい」

 マナは稽古となると鬼になる。遠慮会釈なく手が出る足が出る。なんか叩けば、いくらでも稽古は続けられると信じているようにしか思えなかった。死ぬ気で漕ぎ抜いたら、今度はウエイト・トレをビッチリ。

 それも少しでも余裕が出来ると情け容赦なく負荷が上げられた。最初の一か月は殺されると思ったよ。逃げ出したくとも、マナはメッセージの嵐を送って来るだけでなく、駅に着いたら待ち構えてやがる。

「今日も楽しい稽古が待ってるよ♪」

 マナが地獄の獄卒にしか見えなかった。稽古は平日はもちろんだけど、土曜も、日曜も、休日もすぐに無くなった。夜が明ける頃には、

「今日も一日、頑張るぞ♪」

 朝練が学校が始まるまでビッチリあり、学校が終われば夜まで延々とやらされた。休日となると早朝から夜までビッシリだぞ。朝はジムが使えないがマナがすべてついて回る。ランニングだってマナが後ろに付いていて、ペースが少しでも落ちると容赦なくぶん殴られる。腕立て伏せとか、腹筋・背筋も同様だ。

 それでも若さって怖いもので、一か月もするとムチャクチャとしか見えなかった基礎体力作りのトレーニングもなんとか、こなせるようになった。そこまでやって、やっと空手の練習になった。

 そこでもマナは鬼だった。筋トレでヘロヘロなものだから、正拳突きだってヘロヘロになるのだけど、ちょっとでもそんな素振りを感じさせたら、

『ドカン』

 下手すりゃ、羽目板まで吹っ飛ばされる。陰キャだから声だって小さかったんだけど、

「その女の腐ったような声じゃ聞こえん。腹の底から絞りださんかい」

 もちろんパンチと蹴り付き。おかげで大きな声も出せるようになった。型稽古がある程度サマになってくると組手に移った。最初は約束組手で、双方が決められた型を行うのだけど、

『ドッカーン』

 いきなり吹っ飛ばされた。とにかくマナは強すぎる。わかっていても防ぎようがないんだよ。こんな地獄の所業だけど、

「これは特別強化コースだよ」

 道場に通い始めて段々とわかってきた事だけど、波濤館流の特徴は力だけに頼らない空手で良さそう。格闘技も他のスポーツもそうだけど、年齢によって力が衰えてくるのは避けられない。師範である爺さんは、力の衰えをカバーする技術の研究に生涯をかけていたようだ。

 そこから精緻なトレーニング・プログラムを確立している。だからか波濤館流も入門時にいくつかコース分けされている。おおまかには、

 ・女性がシェープアップと護身術を身に着けるコース
 ・男性が運動不足の解消を目指すコース
 ・空手を学ぶと同時にジム・トレイナーを目指すコース
 ・ただ強くなりたいコース

 ちなみにジム・トレイナー・コースは、併設するジムへの就職が可能になるぐらいで人気も高いようだ。

「マナ、ボクがやらされてるのは強くなるコースか?」
「だから特別強化コースだって」

 聞くと強くなりたいコースの中でも、とくに見込みがあるとされた人のみに行われるコースだとか。

「内弟子の人ぐらいか?」
「あんな程度じゃ無理よ」

 四段階しかない波濤館流だけど、シェープアップや運動不足のコースは初級が目標で、トレーナー・コースが中級だそうだ。強くなるコースは上級が目標だそうだけど、これは中級を獲得してから、とくに見込まれた者が内弟子になって目指すシステムで良さそう。

 波濤館流では初級や中級は真面目に通えば取得は難しくないみたいだけど、上級になるのは大きな関門で他流派であれば初段以上の感覚かもしれない。その上の黒帯となると師範である爺さんとマナしか見たことないものな。

「ジュンちゃんみたいな初心者にするのは異例かな。幼馴染だから特別サービスにしてる」

 余計な事をするな。こっちは殺されそうなんだぞ、

「特別強化コースもプログラムはあるよな」
「そんなものないよ。他のコースは手頃な目標とか目的があるけど、特別強化コースの目標は黒帯ぐらいだもの。死なないように見切るぐらい」

 殺す気か。

「だからジュンちゃんを殺したりしないって。その証拠に体もだいぶ出来て来たし、空手の腕も上がってるじゃない」

 あれだけやらされれば、嫌でも上がるわい。そんなマナだけど、稽古が終わると陽キャの女の子に戻る。二重人格かと思うほどコロッと変わる。そうそう陽キャの定義だけど、性格が明るくて、人付き合いが良いのが基本かな。

 陽キャも色々タイプがいて、陰キャをイジメたり、イジったりするのもいるけど、そんな人ばかりではなく、陰キャにもごく普通に接してくれる人も多い。つまりはイイ奴も少なくないってことだ。

 それはともかく、陽キャの女の子になったマナとの会話は楽しいんだ。だから、なんだかんだと言いながら稽古が続いている部分は大きい。他にも稽古が続く理由もあり、現金だけどメシ狙い。

 波濤館の食事は栄養士でもあるマナの母親の指導で作られるのだけど、これが本当に美味しい。盛り付けは、食べる連中が連中だから豪快だけど、とにかくボリューム満点だ。さらに夕食が終わると、

「残り物で悪いけど、明日の朝食にしてね」

 休日ともなると昼食も出るから、家ではすっかりご飯を作る必要がなくなってる。それと食事に関しては、もう一つある。波濤館の夕食は、マナ一家と内弟子だけでなく、ボクのような他の弟子も加わることが多い。

「みんなでワイワイ食べた方が美味しいでしょ」

 これもボッチ飯だったボクにしたら最初は抵抗があったけど、今は一緒に食べるのが楽しくて仕方がないんだ。なんか、メシ目当てに稽古していると言うか、殴られている気がするけど、道場は居場所どころか、ボクの楽しい生活場所になっている。

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