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恵梨香の幸せ(第7話)マンションのボスママ

 康太のマンションは十二階建てだけど、ワン・フロアに二部屋ずつのこじんまりしたもの。一階はエレベーター・ホールとか、郵便受けとか、宅配ボックスがあるので二十二部屋と言いたいけど、最上階は一部屋になってるから二十一部屋。

 周囲は閑静な住宅街。マンションも元は一軒の家が売られてそこに建ったらしい。それぐらいの家が並ぶようなところなんだよね。阪急の駅にも近いから恵梨香の通勤にも便利だけど、

「ここはとにかく治安が良いので有名なんだよ」

 それは恵梨香も聞いたことがある。日本でも有数のヤの付く自由業の総本家があるそうで、チンピラみたいなものが一切いないそう。さすがはあの手の職業の方でも総本家で、そりゃ近所への挨拶とか気配りは凄いとか。

 この辺は警察が目の仇にしているから、少しでも問題を起こせば踏み込んで来るのもあるだろうけど、とにかく総本家があるからヤバそうな人は誰も近づかないから治安は良いそうなんだ。

 恵梨香も野次馬根性で総本家を見に行ったけど、そりゃ豪邸らしいことだけはわかった。らしいというのは高い石垣の上にこれまた高くて頑丈そうなコンクリート塀が巡らされて、家はさっぱり見えなかったのよね。

 それにこれ見よがしの監視カメラもあって、ウロウロできない雰囲気があったのよね。そうそう大人しいと言っても抗争事件があると過去には銃撃騒ぎもあったそうだから、記念に一度見ただけで近づかないようにしてる。巻き添え食っても嫌だものね。それはともかく、

「どうしてもっとクリニックに近いところにしなかったの?」

 康太が言うにはあまりに職場に近いと気分転換しにくいからとしてた。長い通勤時間は誰でも嫌だけど、歩いて五分とかじゃ、仕事の気分のままに帰ってしまうぐらいかな。もう一つ理由もあって、

「スクーターのバッテリーの充電も必要だし」

 医者だからクルマで通えと思ったけど、康太はクルマほどではないけどバイクも好きらしく、

「いつかは乗り換えたい」

 乗り換えたいならトットと乗り換えれば良さそうなものだけど、バイクって荷物が乗らないのよね。だからスクーターの方が実用性が高くて手放せないと言ってた。そこはわかるところもあって、クルマで市内に出かけたら駐車場に困るのよ。困るって程じゃないけど、ひょいとどこでも駐められるメリットは確実にありそう。というか、電車やバスを使えばだいたい済んじゃうのよ。

 康太はもう少し大きなバイクが欲しそうだし、バイクぐらい二台持っても贅沢とは言えないと思うけど、やっぱりバイクは事故とか転倒とか怖いじゃない。だから恵梨香もこの辺についてはあまり言わない事にしてる。やめて欲しい気持ちもあるけど康太の趣味みたいなものだろうし、そこに口出しするのは良くないと思うから。

 バイクの件はともかく駅のそばにはスーパーとかもあって買い物にも便利だし、三宮に飲みに行くにしても、遅くなってタクシーを使っても二千円ぐらいで悪くないところぐらいかな。たいがいは終電までには帰るけど、遅くなる時もあるものね。

 マンションって、上の階に行くほど値段が高いのよね。とくに最上階は二倍の広さがあるから飛び抜けてるのだけどうちは二階。別に景色にこだわる訳じゃないけど、

「ああそれか。下の階を気にしなくてイイから」

 マンションって、音は下から上より、上から下の方が伝わりやすい感じがする。足音なんかでもめるパターンは多い物ね。ちなみにお隣さんとの間も階段とエレベーターだから物音はまず伝わらない。

 お隣さんには恵梨香が引っ越した挨拶ぐらいはしておいた。それがキッカケって程じゃないけど、お隣さんとはそれなりに仲良くしてもらってる。話を聞いていると基本は3LDKだから子育て家庭が多いみたい。

 そのせいかマンション内ではいわゆるママ友の交流があるみたい。恵梨香も根が田舎者だから、御近所さんと仲良くしておいた方が良いぐらいと思って、少しだけ付き合ってる感じかな。まあ、恵梨香だってフルタイムで働いてるから昼間はいないから、あくまでもそれなり。

 それでも住んでるとあれこれわかってくる。ママ友の中で問題なのは最上階の家の奥さんで、いわゆるボスママらしい。これは女だけじゃないけどマウンティングしたがる人種で良さそう。

 マウンティングするって言っても、ボスママは専業主婦だから、旦那の稼ぎで住んでるだけと思うのだけど、下の階に住んでる家を見下している感じかな。どこの階、いやどの住居を選ぼうがその家の勝手だけど、ボスママの部屋が一番高いのに優越感を持ってるのよね。

 広い、高いと言っても二十一軒の中の話に過ぎないとしか思えないけど、そこでの優劣を気にするタイプみたい。さらにがあって、

 専業主婦 〉 共働き

 今どき共働きなんか普通と思うけど、旦那の稼ぎじゃ家計が成り立たないから妻もやむなく働いてるぐらいの考え方かな。そこから導かれるのは、

『こんなマンションに無理して住むから』

 こうなるみたい。どう思おうが他人の勝手だけど、その価値観を押し付けようとするのがウザイぐらい。恵梨香の隣の奥さんも昼間はパートに出てるのだけど、それだけであれこれ言われるんだって。ボスママからすれば、二階の共働きの恵梨香のところは最底辺になってるで良さそう。

 それと子どもの有無もウルサイ。これも理由は不明だけど、子どもがいるだけで勝ち組みたいな感覚なのよね。恵梨香の田舎ならともかく神戸で、

『夫婦は子どもを作って一人前』

 こんなこと言われるとは思わなかったもの。康太はともかく恵梨香は子どもを産むにもエエ歳になってるから、

『急がないと手遅れになりなすよ。オホホホ』

 ほっとけと思うけど、顔合わすたびにチクチクやられるのは鬱陶しい。このボスママだけど旦那は会社のエライさんらしい。どんな会社か知らないけど稼ぎが良さそうな事だけはわかる。

 そりゃ、最上階の広い部屋に住んでるし、バッグとか服とかはヴィトンとかエルメスだし、アクセサリーもブルガリとかカルチェだよ。なんで知ってるかってか。そんなもの顔を会わせるたびに、頼みもしないのに自慢しまくるからだよ。決め台詞のように、

『旦那が甲斐性なしなのは可哀想』

 ウルサイわ。そうそうクルマだってベンツ。これも自慢らしくて、うちのアルトを鼻で嗤ってたもの。恵梨香は免許こそもってるけどペーパーだから康太の趣味に口を挟む気はないけど、あの奥さんだって運転できないはずだけどな。

 ただ不思議と言うか、変わっているのがとにかくケチなこと。本当の金持ちが案外ケチと言うか、倹約家と言うか、無駄な贅沢をしないのは知ってるけど、ボスママの場合はケチというよりセコイに入ると思う。

 休日はたいがいは康太と遊んでるのだけど、康太も急病診療所の出務があったり、学会に参加したりがあっていない日があるのよね。そんな時にボスママ参加の昼食会に誘われたことがあったのだけど、行ったらウンザリした。

 近くのファミレスだったのだけど、まず店を貶すのよね。そう、こんな程度の低い店に合わせてやってると口に出す。どこも子育て家庭だから余裕がないし、ちょっとした息抜きに高い店なんか行けないじゃない。それなのに、わざわざ口に出す神経を疑うよ。

 そこからやらかしたのはグルメ自慢。いかに自分が高い店に行ってるかを話してくる。そこでも恵梨香に振ってくる。

『あなたもそういう店に行ける日があれば良いのにね』

 悪いけど恵梨香も知ってるよ。ただ趣味は悪いね。だいたいが高いばっかりで、恵梨香の合格点をもらえなかったところばっかり。言っても仕方がないからハイハイって感じで聞き流してる。

 まあそれはケチにもセコイにも入らないのだけど、問題はお勘定。ママ友会だから子連れになるのだけど、これを割り勘にするのよね。それも家単位でやるんだよ。たとえば五家族あつまって五千円なら一家族千円みたいな計算。

 それって変じゃない。だって恵梨香のところには子どもがいないから、他の家の子どもの分まで払うことになるもの。別にそれぐらいは払っても構わないけど、この家単位での割り勘を決めたのがボスママなんだって聞いたんだ。

 注文だって他の家はサービス定食にドリンク・バーを付ける程度なんだけど、ボスママはステーキとかの高いものを食べるし、子どもだって四人いて同じようにガツガツ食べて、デザートにケーキも取りまくるんだよね。

 ファミレスだから知れていると言えばそれまでだけど、二言目には「割り勘よ♪」ってほざくのがムカツク。あんまりだからやんわり意見したこともあるのだけど、

『こんな店の料理に付き合ってあげてるのよ』

 だったら食うな! 二度と行くものかと思ったよ。恵梨香はママじゃないからね。あんだけ他の家の人を貧乏だなんだと小バカにしてマウントを取りたがるのに、とにかくおカネを払いたがらないのよね。隣の奥さんに聞いたんだけど、

『三回に一回ぐらいは財布を忘れたとか、細かいのがないとか言って・・・』

 借りたまま踏み倒すんだって。返すように頼んでも、

『払わせてあげてるから感謝しないさい』

 お前は何様だ! マウント取りたいなら、自宅に招いて食事でも振舞ってみろよ。でも、これも一度もやったことがないそう。なんなんだと腹が立ってしかたがないのんだよね。

 それと恵梨香の実家は農家だから、野菜とかを送ってくれることもあるんだ。お隣さんにはお裾分けするのだけど、どこから聞きつけたのかやって来るんだよ。結構な量を送って来るからお裾分けしても良いようなものだけど、

『なに、この野菜』

 実家から送られて来るのは規格外の商品にならなかったものが中心なんだ。だから大小マチマチだし、傷がついたりしてるものばかり。食べる分には問題ないけど、スーパーとかで売ってる小綺麗なものじゃない。

『こんなもの食べられるの!』

 そこまで言うならもらわなきゃイイのに、ケチをつけまくった上で、

『我慢してもらってあげる』

 それもゴッソリ持って行こうとするんだよ。困るって言っても、

『うちは子どもが多いから食べる権利がある』

 そんな権利はないはずだけど、シャーシャーと言うからムカツク。これだけでも大概のものだけど、お裾分けしたら、普通はお返しもセットだよ。セットっておかしいかもしれないけど、自分のところにもあればお裾分けをするぐらい。

 別にやらなくても良いけど、そうやって近所づきあいって深まる面はあると思ってる。お隣さんも、

『これは旅行のお土産』

 こんな感じで返してくれる。でもボスママは一切なし。別に欲しいわけじゃないけど、聞きつけてまで押しかけてくる神経と裏表のセコさの気しかしないもの。

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