恵梨香の幸せ(第33話)お見舞い
加島さんがクルマで迎えに来てくれたんだけど、
「修、ベンツやないか」
「経費や」
恵梨香は初めて乗ったからワクワクした。康太のアルトも嫌いじゃないけど、やっぱベンツは広い。阪神高速の湾岸線から環状線に合流して、南大阪線に。阪神高速から降りてしばらく市内を走って病院の駐車場に。
「この病院なの」
これは立派だ。まさに白い巨塔って感じ。これだけの大病院なら婿養子を取っても継がせたい気持ちが良くわかる。康太も理恵先生と結婚して婿養子になっていたら、ここの院長だったかもしれなかったのよね。
玄関を入ると広々としたロビーじゃなかった、待合室かな。病院って暗いイメージがあるけど、明るくてホテルのロビーみたいだよ。ここで恵梨香は待つことになって康太と加島さんは小百合さんの病室にお見舞いに行ったんだ。
でもいくら綺麗と言っても病院だね。当たり前だけど病人ばっかり。それも高齢者が殆ど。ドラマとかだったら、もう少し若い患者が多いけど、現実はこうだろうな。そう言えば康太は医療ドラマがあんまり好きじゃないのよね。
康太は本職だから、どうしてもアラが気になるみたい。そりゃ、テレビにしろ映画にしろ作り話だよ。でも、それを言えば刑事ドラマだって、弁護士ドラマだって同じじゃないかと言ったんだけど、
「それはそうなんだけど、医療はどうしてもね。ボクだって知らない分野の世界ならフィクションを素直に楽しめるんだけどね」
もっとも最近は殆どテレビなんて見てないのよね。と言うのも康太が帰って来るのは八時頃で、そこからお風呂に入って夕食は八時半ぐらい。その間に恵梨香は食事の準備をしてる。
康太がお風呂からあがると食事だけど、ご飯食べながら康太はテレビを見るのが好きじゃないのよね。それより恵梨香と少しでも話がしたいのよ。もちろん恵梨香も。この時間が楽しいの。
九時頃に食事が終わると康太は後片付け、恵梨香はお風呂。これもちょっと前までは一緒に後片付けしてたんだけど、今はそうなってる。
九時半ごろには恵梨香もパジャマに着替え終わってるんだけど、そこから二人のハッピー・タイムが始まっちゃうの。避妊のためにピル使ってるから毎晩なのよ。とにかく日増しに激しくなってるだけじゃなく、長くなってるから、これぐらいから始めないと翌日に堪えるのよね。
だから恵梨香もテレビを見れるのは帰ってから康太の食事が始まるぐらいの間しかないし、康太なんて見る間もほとんど無いぐらい。せいぜい食事の後片付けが終わり、恵梨香のお風呂上りを待ってる間ぐらいかな。
こうなってるから前に恵梨香はバスローブにしようかって提案したこともあるのよ。だってお風呂あがったらハッピータイムが始まるから、パジャマなんて意味ないもの。ついでに言うと下着もね。
でも康太はパジャマも下着もあった方が嬉しいらしい。どうも恵梨香のパジャマを脱がすのが好きみたい。康太が好きなものをわざわざ変えることはないけど、パジャマ・フェチでもあるのかと聞いたら、
『パジャマ・フェチはないけど、恵梨香フェチならあるよ』
こんな事をサラッと言うから参っちゃうもの。恵梨香の触れたものならなんでも愛おしいとも言ってくれた。もちろん恵梨香もそうだよ。別に変態と思われても構わないもの。もっとも他人には絶対言わないけど。
待合室は患者さんや、その付き添いの人も通るけど、医者や看護婦さん、技師さんみたいな人も忙し気に行き来してるのよね。だいたいで言うと、もっさり歩いているのが男の医者で、女医さんはキリっとしている感じの人が多いかな。
まあキリっとしている男の医者もいるけど、ボサボサの女医さんはいないよね。さすがにそこまで女を捨てられないんだろうね。そしたら、女医さんの中でも格段にキリッとした人が向こうから歩いてくるのが見えた。
ほぉ、まだ若そうだけど、年配の男の医者が頭下げてるのに、軽く会釈して返してるじゃない、たぶん病院でもエライさんだろうな。歩く姿もまさに颯爽。ドラマのシーンみたいじゃない。恵梨香の横まで来た時に急に立ち止り。
「あら恵梨香さんじゃないの」
誰だと思ってよくよく見たら理恵先生。白衣だからわかんなかった。仕事場ではこんなに格好イイんだ。女でも惚れ惚れしそうなぐらい。名札を見ると副院長ってなってるけど、たぶんお父さんが院長なんだろうな。
「まさか受診」
康太の後輩の入院のお見舞いで、今は帰って来るのを待ってるところだと返事した。そしたら、
「折角だから、ちょっとお話しない」
理恵先生の部屋に招いてくれた。仕事はって思ったんだけど、
「もう病棟の患者は見て来たから、午前中は空いてるよ。ちょっと外来の様子を見とこうと思っただけ」
部屋は立派だった。豪華なソファに腰掛けたら、理恵先生がコーヒー淹れてくれた。あれっ、このコーヒーはグアテマラ。康太はコーヒーもちょっとこだわりがあって、必ずグアテマラのリベルタッド・レゼルバなんだけど、
「なんだ今でもそうなの。変わってないね」
そんな昔から同じコーヒー飲んでたなんて初めて知った。理恵先生の専門は血液腫瘍らしいけど、
「手術もするのですか?」
「時々勘違いされるけど、あれは外科医の仕事。わたしは化学療法の方だよ」
恵梨香は医者の妻だけど、医学に関しては素人同然なのよね。それにしても何を話するために呼んだのだろ、
「あの時は康太もいたから、あれぐらいしか話せなかったけど、恵梨香さんなら知りたいと思ってね」
知りたい、知りたい。
「坂崎先生はうちにもバイトに来るから札幌の話は聞いたのよ。キーコのことは、別に知らなくても恵梨香さんに影響はないけど、あそこまで聞かされたら気になるよね」
気になる、気になる。
「恵梨香さんならキーコの話を聞いても、それで康太への愛が深まるはずよ」
妙に買い被られてる気がするけど、
「そりゃ、康太が選んでるからね」
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