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運命の恋(第6話)出来心

 同じクラスにいるから聞こえてしまったのだけど、誰かが五十鈴さんに、

「美香さんも男は強い方がイイと思うよね」
「ええ、男は強くあるべきかと。でもその強さは必ずしも・・・」

 後の方は聞き取れなかったけど、五十鈴さんも強い男がやはり好きなんだとわかってしまったぐらい。でも男なら強くあるべきだとは思った。せめて自分の彼女ぐらいは守れる強さはあった方が良いに決まってる。

 強くなったからと言って五十鈴さんとなんとかなるものではないにしろ、五十鈴さん以外の女の子に振り向いてもらうために強くなって損はないとつい思ってしまったぐらいだ。強くなるためにどうしたら良いかだけど、当たり前だけど体を鍛えないと始まらない。

 それも単に体を鍛えるだけではなく、同時になんらかの技があった方が良いと考えた。たいした話ではないのだが、武術を身に着けるのが手っ取り早い気がした。だったら学校の柔道部とか空手部に入部すれば良いようなものだけど、今さら過ぎて考えもしなかった。

 だいたいこの手の妄想は頭の中で考えただけで終わるのだけど、運が良いと言うか、悪いのかわからないが、街角のポスターが目に入ってしまった。

『あなたも強くなれる! 見学・体験生歓迎』

 明要寺の近くに空手道場があるのは知っていた。見学するだけならタダだし、嫌なら入らなければ良いぐらいに考えての出来心が起こってしまい、普段の後ろ向き姿勢からは信じられなかったけど道場を訪ねてしまったのだ。

 見学希望の旨を告げると道場に案内されて隅っこの方に座らされた。さすがに迫力はあった。これぐらい強くなれば嬉しいぐらいは一瞬ぐらいは思ったけど、すぐにこんなもの出来るはずがないと結論するまですぐだった。もう帰ろうかと思い、玄関に向かいかけた時に、

「ジュンちゃんじゃないの」

 いきなり声をかけられた。そこには見知らぬ少女。誰かと勘違いしたか、『ジュンちゃん』なる人物がその辺にいるのだろうと無視していたら、

「無視するなマナツだよ」

 誰だよそいつ。そんな知り合いはいないぞ。つうか友だちなんかボクにはいないし、ましてや女性なんかいるはずもない。諏訪さんは例外だ。

「悪いけど覚えていません。誰かと間違えていませんか」

 そうしたら悪戯っぽく笑って、

「悲しいな。あんだけ良く遊んでいたのに」
「いつのお話ですか?」
「幼稚園だよ」

 えらい前の話だな。だが幼稚園時代ならなおさら違うはず。幼稚園があったのはこの街じゃないし。

「一緒に火遊びして怒られた仲じゃない」

 えっ、聞いているとあの放火未遂事件じゃないか。改めてしげしげと顔を見たけど、どこかに見覚えが。十年以上も前の話だから自信なんてなかったけど、

「も、もしかしてマナじゃないよな」
「そうよ、やっと思い出してくれたんだ」

 つうかマナのフルネームがマナツだって初めて知ったよ。それでもどうしてここに、

「マナツも引っ越して来たんだ」

 なるほど。それにしても変われば変わるもんだ。ボクの覚えてるマナはどちらかと言うとズングリムックリで色黒の子どもだったけど、目の前にいるマナはすらっとした色白の少女。ここまで変わっているマナを見ただけで思い出せと言う方が無理あるよ。まあ面影はないとは言えないけど。

 マナの家は近所だったし、よく一緒に遊んだだけでなく、色んな悪さをしてまわった仲間だった。火遊びもそうだし、家の壁に釘で落書きして回ったり、ピンポン・ダッシュもよくやっていた。

「そうそう今は西田真夏じゃなく山吹真夏だからね」

 へぇ、苗字は西田だったんだ。ちょっと思い出したぞ、あの頃のマナはまだ舌の回りが悪くて、

『マナチュ』

 こう自分の事を呼んでたんだ。ボクはマナチュがマナに聞こえたんだと思う。そんなマナの苗字が西田から山吹に変わったのは両親の離婚だ。マナは母親に引き取られ、復姓した母親の姓に変わったらしい。

 母親は離婚後に実家でもあるこの道場に戻り、マナもこの街に引っ越して来たのだそうだ。道場は爺さんと母親とマナの三人暮らしらしい。そうなると婆さんは亡くなってるのかな。逃げられたのかもしれないけどな。そんなマナの爺さんが道場主でもあり、師範でもある。

 それにしても高校は違うが、同じ街に幼馴染のマナが住んでいるとは奇遇だよ。素直に再会を喜んだのだが、それでは済まない事になってしまう。マナは強引だった。帰ろうとするボクを再び道場に連れ戻してしまったんだ。それだけでなく師範に向かって、

「氷室淳司君は入門を熱望しています」

 待てよ、ボクは帰ろうとしてたんだと喉まで出かかったけど、

「ほら、頭を下げなさい」

 そしたら道場内に拍手が起こって引っ込みがつかなくなってしまった。あれよあれよという間に申込書にサインさせられた。なんとか逃げようと思ったけどマナがピッチリ横について睨んでいてどうしようもなかったんだよな。その後がさらに驚かされたのだけど、

「ご飯食べて行ってね。入門祝いだよ」

 道場には住み込みの内弟子みたいな人もいて、その人たちと夕食を取ることになってしまい目をシロクロ。いよいよ逃げられないと覚悟せざるを得なくなったぐらい。強くなって五十鈴さんの気を引きたいの出来心がトンデモない事態になってしまったと茫然とした。

 マナとは連絡先を交換したのだけど、すぐにメッセージが入り日を改めて外で会うことにした。会ったのは駅前のカフェ。もちろんデートじゃない。デートじゃないけど、かなり緊張した。女の子との会話は諏訪さんとしているけど、マナみたいな陽キャの女の子とするのは初めてじゃないか。

 少し早く着いて待っていたらマナが来た。マナは美人じゃない。たとえば顔のパーツの一つ一つは五十鈴さんと較べると明らかに落ちる。五十鈴さんと較べるのがそもそも無理があるのだが、ブスじゃないぐらいだ。だが陽キャらしく、それを補うような快活さがあるぐらいはしておこう。

 二人きりの会話もどうなることかと心配していたけど、思いのほかに弾んだ。というかマナが次々に話題を振ってくるので、それに乗っかったぐらい。もっとも幼稚園時代の幼馴染の消息となると顔も覚えていないから困ったけど。

「ジュンちゃんが入門してくれるなんて意外だった」

 違うだろうが、入門をやめようとしてたボクをマナが強引に引きずり込んだのだろうが、

「お爺さんにもよく頼んどいたから」

 どうも孫には甘いタイプらしくて、張り切ってボクを鍛え上げるとかなんとか。それは堪忍してほしいと思ったけど、

「ジュンちゃんなら出来るよ」

 根拠の無い励ましはするな。そこからボクの家庭事情を話すとマナは同情してくれた。マナのところだって離婚しているから似たようなものと言ったんだけど、

「稽古の日は晩御飯を食べて行ってね」

 そこまではと断ろうとしたけど、一人分ぐらい食費が増えても変わらないと言われ、

「体を作るためには食事も稽古の一環よ」

 そうやって了承させられてしまった。この程度の決心で続くか疑問だった。というかマナに強引に引き釣り込まれはしたが、辞めるのも簡単じゃないか。ところがそうは行かなかった。マナの怖ろしさを思い知ることになる。

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